18 / 166
第十七話:陽だまりの家と、未来への種
しおりを挟む
ゲルトとの静かな決闘から一夜が明けた。
俺は、まだ夜の名残が空気に溶けている早朝、一人で家の裏手へと向かった。昨夜の激闘(というよりは一方的な蹂躙だったが)の痕跡を確認するためだ。
俺が仕掛けた落とし穴は、もぬけの殻だった。穴の壁には、彼が必死でよじ登ったであろう無数の爪痕が、痛々しく残されている。その執念に少しだけ感心しながらも、俺は安堵のため息をついた。これで、俺の計画を物理的に妨害する者は、もう現れないだろう。
「さて、と」
俺は、気持ちを切り替えるようにひとつ伸びをすると、母屋へと戻った。暖炉のそばでは、すでに母さんが朝食の準備を始めており、豆のスープの優しい匂いが部屋を満たしている。
「おはよう、ルークス。早いのね」
「おはよう、母さん」
俺がテーブルにつくと、足元に温かい感触がした。見れば、いつの間にか起きていたフェンが、俺の足に体をすり寄せ、尻尾をぱたぱたと振っている。その姿は、もはやただの預かりものではなく、完全に家族の一員としての風格を漂わせていた。
「にいちゃん、おはよー!」
眠い目をこすりながら、マキナが寝室から出てくる。彼女は、俺の隣に座るよりも先に、フェンのもとへ駆け寄ると、その漆黒の毛皮に小さな顔をうずめた。
「フェン、もふもふー」
「クゥン……」
フェンも、満更でもないといった様子で、マキナの顔をぺろりと舐める。その光景を、スープをかき混ぜていた母さんが、呆れたような、しかし慈愛に満ちた眼差しで見つめていた。
やがて、畑仕事の準備を終えた父さんが食卓につき、いつもの、しかし、かけがえのない温かい朝食が始まった。硬い黒パン、滋味深い豆のスープ、そして家族の笑顔。俺が、この異世界で何よりも守りたいと願う、日常の光景だ。
この陽だまりのような食卓を、冬の間も、もっと豊かにする。そのための革命が、今日から本格的に始まるのだ。
◇
朝食を終えた俺は、早速スライムレザーの本格的な生産に取り掛かった。
まずは、素材の確保からだ。俺はフェンを連れて、ゲルトの縄張りを避けるように、森の奥深くへと分け入っていく。
「フェン、お願いできるかい?」
俺がそう声をかけると、フェンは心得たというように鼻をひくつかせ、地面の匂いを嗅ぎ始めた。クリスタルスライムは微弱な魔力を帯びている。フェンは、その魔力の匂いを、まるで猟犬のように正確に嗅ぎ分けることができるのだ。
数分後、フェンが「ワン!」と短く吠えた先には、案の定、苔むした岩陰でぷるぷると震えるクリスタルスライムが数匹、固まって生息していた。
「よし、よくやった、フェン!」
俺はフェンの頭を撫でてやると、手際よくスライムを仕留め、その粘液を麻袋に詰めた水筒へと回収していく。フェンという最高の相棒のおげで、以前とは比較にならないほどの効率で、素材を集めることができた。
家に帰ると、俺は家の裏手に、父さんが作ってくれた作業台の上に、粘液を加工するための平たい木の板を何枚も並べた。
粘液を水筒から板の上に流し出す。ゼリー状のそれは、太陽の光を受けて、内側から淡い虹色の光を放っているようだった。俺は、木のヘラを使い、その粘液を、息を止めるほどの集中力で、均一な厚さになるように薄く、薄く伸ばしていく。
気泡が入らないように。厚みにムラができないように。前世で、深夜残業の果てに精密なデータを入力し続けた、あの病的ともいえる集中力が、今、この異世界で遺憾なく発揮されていた。
伸ばし終えた板を、日当たりの良い軒下に立てかけて、数日間乾燥させる。その地道な作業を、俺は来る日も来る日も繰り返した。
「ルークス。それは、本当に壁になるのか?」
作業の途中、父さんが、不思議そうな顔で声をかけてきた。その目には、疑いではなく、純粋な好奇心が浮かんでいる。
「うん、父さん。太陽の光だけを通して、冷たい風は通さない、不思議な壁になるんだ。この中でなら、きっと冬でも野菜が元気に育つよ」
俺の言葉に、父さんは何も言わず、ただ深く頷いた。そして、俺が作業しやすいようにと、黙って新しい木の板を削り、何枚も用意してくれるのだった。その節くれだった大きな背中が、何よりも雄弁に、俺への信頼を物語っていた。
◇
俺が家の裏手で始めた奇妙な作業は、あっという間に村中の噂となった。
「聞いたかい?救世主様が、今度はぷるぷるしたもので、キラキラ光るお家を作っているそうだよ」
井戸の周りに集まる女たちの井戸端会議は、今や俺の新しいプロジェクトの話題で持ちきりだった。
「お兄ちゃん、これなあに?ゼリーみたい!食べられるの?」
一番弟子のリサが、目を輝かせながら作業場にやってきて、乾燥途中のスライムレザーをつんつんと突いている。
「まあ、不思議なものだねぇ。太陽の光に透かすと、虹色に光るようじゃ。まるで宝石みたいだ」
マーサさんも、腰をかがめて、感心したようにその半透明の膜を眺めていた。
最初は遠巻きに様子を窺っていた他の村人たちも、井戸の一件で俺に絶大な信頼を寄せている。彼らは、俺がまた何か「とんでもない奇跡」を起こそうとしているのだと察し、一人、また一人と、興味津々で集まってきた。
やがて、見ているだけでは飽き足らなくなったのか、村の男たちが、次々と手伝いを申し出てくれたのだ。
「ルークス様、何か手伝えることはあるかい?」
「俺は力仕事なら任せてくれ!」
俺は、彼らの申し出を、笑顔で受け入れた。その輪の中に、一番弟子のリサも混じっていることに気づき、俺は彼女に優しく声をかけた。
「リサも、手伝ってくれるのかい?」
「うん!私、ルークスお兄ちゃんの一番弟子だもん!」
彼女は、小さなこぶしを握りしめ、やる気に満ちた顔で頷いた。その真剣な眼差しに応えるように、俺はただやみくもに作業をさせるのではなく、前世のブラック企業で培った「業務プロセスの最適化」の知識を、この小さな村の生産ラインに導入した。
「Aさんは粘液を板に出す係、Bさんはそれを大まかに伸ばす係…。そして、最後の仕上げ。一番重要で、一番手先の器用さが求められるこの作業は――リサ、君にお願いできるかい?」
俺がそう言うと、リサだけでなく、周りの大人たちも「えっ」と驚きの声を上げた。だが、俺は彼女の純粋な集中力と、何よりその熱意を信じていた。
「任せて!」
リサは、期待に応えようと、目を輝かせた。彼女は、俺が作った小さな木のヘラを手に取ると、大人たちが大まかに伸ばしたスライムレザーの表面を、驚くほどの集中力で、均一な厚さになるように丁寧に、丁寧に仕上げていく。その姿は、まるで小さな職人のようだった。
この流れ作業でやれば、きっと今の三倍は速くなるはずだ。
俺の指示と、そして一番弟子の予想外の活躍に、村人たちは最初こそ戸惑っていたが、実際にその効率の良さと、リサが生み出す美しい仕上がりを目の当たりにすると、「すげえ!」「リサちゃん、筋がいいじゃないか!」「さすがは救世主様の一番弟子だ!」と歓声を上げ、生き生きとした表情で作業に没頭し始めた。
村中を巻き込んだ一大プロジェクト。それは、俺が夢見たスローライフとは少し違う、賑やかで、活気に満ちた光景だった。だが、皆が同じ目標に向かって、笑顔で汗を流すこの時間も、悪くない。俺は、そう思った。
そして、あの日から二週間後。ついに、その瞬間は訪れた。
村人たちの協力のおかげで、ハウスの壁を覆うのに十分な量のスライムレザーが、ついに完成したのだ。それは、琥珀のような色合いをした、ガラスとも違う、しなやかで美しい半透明のシートだった。
「よし、みんな!一気に仕上げるぞ!」
父さんの号令一下、男たちが、完成した木の骨組みに、スライムレザーを一枚一枚、丁寧に貼り付けていく。
トン、トン、と木釘を打つリズミカルな音。村人たちの期待に満ちた声。その全てが、新しい時代の到来を告げるファンファーレのように、村の澄んだ空に響き渡った。
そして、最後の壁がはめ込まれた、その時。
「「「おお……!」」」
そこにいた誰もが、息をのむ。
目の前に現れたのは、家、というよりも、まるで巨大な宝石細工のような、美しい建造物だった。太陽の光が、半透明のスライムレザーの壁を通り抜け、ハウスの内部を、暖かな黄金色の光で満たしている。外の肌寒い風は完全に遮断され、一歩足を踏み入れれば、そこはまるで春の『陽だまりの温もり』そのものに満ちた、穏やかな別世界だった。
「すごい……本当に、光の家だわ……」
母さんが、うっとりと呟く。子供たちは、その幻想的な光景に、ただただ歓声を上げていた。
俺たちの、いや、リーフ村の夢と希望が詰まった『陽だまりの家(サニー・ハウス)』が、完成した瞬間だった。
俺は、その暖かい光の中で、早速、持ってきた鍬で畝を作ると、懐から取り出した、冬野菜の種を蒔き始めた。霜が降り始めたこの季節に種を蒔くという、常識外れの行動。だが、もうそれを笑う者は、この村には誰もいなかった。村人たちは、固唾を飲んで、俺のその一挙手一投足を見守っている。
その、希望に満ちた光景を。
少し離れた、樫の木の陰から、じっと見つめる一対の瞳があった。
ゲルトだ。
彼は、村人たちの歓声の輪に加わることもなく、ただ一人、完成した光の家と、その中で種を蒔く俺の姿を、複雑な表情で見つめていた。その瞳に宿るのは、もはや憎しみや嫉妬の色だけではなかった。敗北感、戸惑い、そして、自分が決して手の届かない場所で起きている奇跡に対する、ほんのかすかな、憧れにも似た光。
やがて、彼は誰に気づかれることもなく、静かに踵を返し、森の奥へとその姿を消した。彼の、長い冬が、終わろうとしているのかもしれない。俺は、そう感じた。
---
【読者へのメッセージ】
第十七話、お読みいただきありがとうございました!
ついに完成した『陽だまりの家(サニー・ハウス)』!村人たちとの協力で作り上げた光の家、そして未来への種まきに、ワクワクしていただけましたでしょうか?
「ハウス、綺麗そう!」「ゲルトの今後が気になる!」など、皆さんの感想や応援が、ハウスの中で育つ野菜たちの栄養になります!下の評価(☆)やブックマークも、どうぞよろしくお願いいたします!
ついに冬の農業革命への舞台は整った!果たして、ハウスの中ではどんな奇跡が起きるのか?次回、ご期待ください!
俺は、まだ夜の名残が空気に溶けている早朝、一人で家の裏手へと向かった。昨夜の激闘(というよりは一方的な蹂躙だったが)の痕跡を確認するためだ。
俺が仕掛けた落とし穴は、もぬけの殻だった。穴の壁には、彼が必死でよじ登ったであろう無数の爪痕が、痛々しく残されている。その執念に少しだけ感心しながらも、俺は安堵のため息をついた。これで、俺の計画を物理的に妨害する者は、もう現れないだろう。
「さて、と」
俺は、気持ちを切り替えるようにひとつ伸びをすると、母屋へと戻った。暖炉のそばでは、すでに母さんが朝食の準備を始めており、豆のスープの優しい匂いが部屋を満たしている。
「おはよう、ルークス。早いのね」
「おはよう、母さん」
俺がテーブルにつくと、足元に温かい感触がした。見れば、いつの間にか起きていたフェンが、俺の足に体をすり寄せ、尻尾をぱたぱたと振っている。その姿は、もはやただの預かりものではなく、完全に家族の一員としての風格を漂わせていた。
「にいちゃん、おはよー!」
眠い目をこすりながら、マキナが寝室から出てくる。彼女は、俺の隣に座るよりも先に、フェンのもとへ駆け寄ると、その漆黒の毛皮に小さな顔をうずめた。
「フェン、もふもふー」
「クゥン……」
フェンも、満更でもないといった様子で、マキナの顔をぺろりと舐める。その光景を、スープをかき混ぜていた母さんが、呆れたような、しかし慈愛に満ちた眼差しで見つめていた。
やがて、畑仕事の準備を終えた父さんが食卓につき、いつもの、しかし、かけがえのない温かい朝食が始まった。硬い黒パン、滋味深い豆のスープ、そして家族の笑顔。俺が、この異世界で何よりも守りたいと願う、日常の光景だ。
この陽だまりのような食卓を、冬の間も、もっと豊かにする。そのための革命が、今日から本格的に始まるのだ。
◇
朝食を終えた俺は、早速スライムレザーの本格的な生産に取り掛かった。
まずは、素材の確保からだ。俺はフェンを連れて、ゲルトの縄張りを避けるように、森の奥深くへと分け入っていく。
「フェン、お願いできるかい?」
俺がそう声をかけると、フェンは心得たというように鼻をひくつかせ、地面の匂いを嗅ぎ始めた。クリスタルスライムは微弱な魔力を帯びている。フェンは、その魔力の匂いを、まるで猟犬のように正確に嗅ぎ分けることができるのだ。
数分後、フェンが「ワン!」と短く吠えた先には、案の定、苔むした岩陰でぷるぷると震えるクリスタルスライムが数匹、固まって生息していた。
「よし、よくやった、フェン!」
俺はフェンの頭を撫でてやると、手際よくスライムを仕留め、その粘液を麻袋に詰めた水筒へと回収していく。フェンという最高の相棒のおげで、以前とは比較にならないほどの効率で、素材を集めることができた。
家に帰ると、俺は家の裏手に、父さんが作ってくれた作業台の上に、粘液を加工するための平たい木の板を何枚も並べた。
粘液を水筒から板の上に流し出す。ゼリー状のそれは、太陽の光を受けて、内側から淡い虹色の光を放っているようだった。俺は、木のヘラを使い、その粘液を、息を止めるほどの集中力で、均一な厚さになるように薄く、薄く伸ばしていく。
気泡が入らないように。厚みにムラができないように。前世で、深夜残業の果てに精密なデータを入力し続けた、あの病的ともいえる集中力が、今、この異世界で遺憾なく発揮されていた。
伸ばし終えた板を、日当たりの良い軒下に立てかけて、数日間乾燥させる。その地道な作業を、俺は来る日も来る日も繰り返した。
「ルークス。それは、本当に壁になるのか?」
作業の途中、父さんが、不思議そうな顔で声をかけてきた。その目には、疑いではなく、純粋な好奇心が浮かんでいる。
「うん、父さん。太陽の光だけを通して、冷たい風は通さない、不思議な壁になるんだ。この中でなら、きっと冬でも野菜が元気に育つよ」
俺の言葉に、父さんは何も言わず、ただ深く頷いた。そして、俺が作業しやすいようにと、黙って新しい木の板を削り、何枚も用意してくれるのだった。その節くれだった大きな背中が、何よりも雄弁に、俺への信頼を物語っていた。
◇
俺が家の裏手で始めた奇妙な作業は、あっという間に村中の噂となった。
「聞いたかい?救世主様が、今度はぷるぷるしたもので、キラキラ光るお家を作っているそうだよ」
井戸の周りに集まる女たちの井戸端会議は、今や俺の新しいプロジェクトの話題で持ちきりだった。
「お兄ちゃん、これなあに?ゼリーみたい!食べられるの?」
一番弟子のリサが、目を輝かせながら作業場にやってきて、乾燥途中のスライムレザーをつんつんと突いている。
「まあ、不思議なものだねぇ。太陽の光に透かすと、虹色に光るようじゃ。まるで宝石みたいだ」
マーサさんも、腰をかがめて、感心したようにその半透明の膜を眺めていた。
最初は遠巻きに様子を窺っていた他の村人たちも、井戸の一件で俺に絶大な信頼を寄せている。彼らは、俺がまた何か「とんでもない奇跡」を起こそうとしているのだと察し、一人、また一人と、興味津々で集まってきた。
やがて、見ているだけでは飽き足らなくなったのか、村の男たちが、次々と手伝いを申し出てくれたのだ。
「ルークス様、何か手伝えることはあるかい?」
「俺は力仕事なら任せてくれ!」
俺は、彼らの申し出を、笑顔で受け入れた。その輪の中に、一番弟子のリサも混じっていることに気づき、俺は彼女に優しく声をかけた。
「リサも、手伝ってくれるのかい?」
「うん!私、ルークスお兄ちゃんの一番弟子だもん!」
彼女は、小さなこぶしを握りしめ、やる気に満ちた顔で頷いた。その真剣な眼差しに応えるように、俺はただやみくもに作業をさせるのではなく、前世のブラック企業で培った「業務プロセスの最適化」の知識を、この小さな村の生産ラインに導入した。
「Aさんは粘液を板に出す係、Bさんはそれを大まかに伸ばす係…。そして、最後の仕上げ。一番重要で、一番手先の器用さが求められるこの作業は――リサ、君にお願いできるかい?」
俺がそう言うと、リサだけでなく、周りの大人たちも「えっ」と驚きの声を上げた。だが、俺は彼女の純粋な集中力と、何よりその熱意を信じていた。
「任せて!」
リサは、期待に応えようと、目を輝かせた。彼女は、俺が作った小さな木のヘラを手に取ると、大人たちが大まかに伸ばしたスライムレザーの表面を、驚くほどの集中力で、均一な厚さになるように丁寧に、丁寧に仕上げていく。その姿は、まるで小さな職人のようだった。
この流れ作業でやれば、きっと今の三倍は速くなるはずだ。
俺の指示と、そして一番弟子の予想外の活躍に、村人たちは最初こそ戸惑っていたが、実際にその効率の良さと、リサが生み出す美しい仕上がりを目の当たりにすると、「すげえ!」「リサちゃん、筋がいいじゃないか!」「さすがは救世主様の一番弟子だ!」と歓声を上げ、生き生きとした表情で作業に没頭し始めた。
村中を巻き込んだ一大プロジェクト。それは、俺が夢見たスローライフとは少し違う、賑やかで、活気に満ちた光景だった。だが、皆が同じ目標に向かって、笑顔で汗を流すこの時間も、悪くない。俺は、そう思った。
そして、あの日から二週間後。ついに、その瞬間は訪れた。
村人たちの協力のおかげで、ハウスの壁を覆うのに十分な量のスライムレザーが、ついに完成したのだ。それは、琥珀のような色合いをした、ガラスとも違う、しなやかで美しい半透明のシートだった。
「よし、みんな!一気に仕上げるぞ!」
父さんの号令一下、男たちが、完成した木の骨組みに、スライムレザーを一枚一枚、丁寧に貼り付けていく。
トン、トン、と木釘を打つリズミカルな音。村人たちの期待に満ちた声。その全てが、新しい時代の到来を告げるファンファーレのように、村の澄んだ空に響き渡った。
そして、最後の壁がはめ込まれた、その時。
「「「おお……!」」」
そこにいた誰もが、息をのむ。
目の前に現れたのは、家、というよりも、まるで巨大な宝石細工のような、美しい建造物だった。太陽の光が、半透明のスライムレザーの壁を通り抜け、ハウスの内部を、暖かな黄金色の光で満たしている。外の肌寒い風は完全に遮断され、一歩足を踏み入れれば、そこはまるで春の『陽だまりの温もり』そのものに満ちた、穏やかな別世界だった。
「すごい……本当に、光の家だわ……」
母さんが、うっとりと呟く。子供たちは、その幻想的な光景に、ただただ歓声を上げていた。
俺たちの、いや、リーフ村の夢と希望が詰まった『陽だまりの家(サニー・ハウス)』が、完成した瞬間だった。
俺は、その暖かい光の中で、早速、持ってきた鍬で畝を作ると、懐から取り出した、冬野菜の種を蒔き始めた。霜が降り始めたこの季節に種を蒔くという、常識外れの行動。だが、もうそれを笑う者は、この村には誰もいなかった。村人たちは、固唾を飲んで、俺のその一挙手一投足を見守っている。
その、希望に満ちた光景を。
少し離れた、樫の木の陰から、じっと見つめる一対の瞳があった。
ゲルトだ。
彼は、村人たちの歓声の輪に加わることもなく、ただ一人、完成した光の家と、その中で種を蒔く俺の姿を、複雑な表情で見つめていた。その瞳に宿るのは、もはや憎しみや嫉妬の色だけではなかった。敗北感、戸惑い、そして、自分が決して手の届かない場所で起きている奇跡に対する、ほんのかすかな、憧れにも似た光。
やがて、彼は誰に気づかれることもなく、静かに踵を返し、森の奥へとその姿を消した。彼の、長い冬が、終わろうとしているのかもしれない。俺は、そう感じた。
---
【読者へのメッセージ】
第十七話、お読みいただきありがとうございました!
ついに完成した『陽だまりの家(サニー・ハウス)』!村人たちとの協力で作り上げた光の家、そして未来への種まきに、ワクワクしていただけましたでしょうか?
「ハウス、綺麗そう!」「ゲルトの今後が気になる!」など、皆さんの感想や応援が、ハウスの中で育つ野菜たちの栄養になります!下の評価(☆)やブックマークも、どうぞよろしくお願いいたします!
ついに冬の農業革命への舞台は整った!果たして、ハウスの中ではどんな奇跡が起きるのか?次回、ご期待ください!
148
あなたにおすすめの小説
元侯爵令嬢の異世界薬膳料理~転生先はみんな食事に興味が無い世界だったので、美味しいご飯で人の身も心も癒します~
向原 行人
ファンタジー
異世界へ転生して数日。十七歳の侯爵令嬢、アリスとして目覚めた私は、早くも限界を迎えていた。
というのも、この世界……みんな食事に興味が無くて、毎食パンとハムだけとか、ハムがチーズに変わるとか、せいぜいその程度だ。
料理というより、食材を並べているだけって感じがする。
元日本人の私としては温かいご飯がたべたいので、自分で食事を作るというと、「貴族が料理など下賤なことをするのは恥だ!」と、意味不明な怒られ方をした。
わかった……だったら、私は貴族を辞める!
家には兄が二人もいるし、姉だっているから問題無いでしょ。
宛てもなく屋敷を飛び出した私は、小さな村で更に酷い食事事情を目の当たりにする。
育ち盛りの子供たちや、身体を使う冒険者たちが、それだけしか食べないなんて……よし、美味しいご飯でみんなも私も幸せになろう!
医食同源! 大食いモフモフ聖獣に、胃袋を掴んでしまった騎士隊長と一緒に、異世界で美味しくて身体に良い食材探しだ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立
黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」
「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」
ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。
しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。
「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。
だが、彼らは知らなかった。
ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを!
伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。
これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!
侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】
のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。
そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。
幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、
“とっておき”のチートで人生を再起動。
剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。
そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。
これは、理想を形にするために動き出した少年の、
少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。
【なろう掲載】
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
転生したら『塔』の主になった。ポイントでガチャ回してフロア増やしたら、いつの間にか世界最強のダンジョンになってた
季未
ファンタジー
【書き溜めがなくなるまで高頻度更新!♡٩( 'ω' )و】
気がつくとダンジョンコア(石)になっていた。
手持ちの資源はわずか。迫りくる野生の魔物やコアを狙う冒険者たち。 頼れるのは怪しげな「魔物ガチャ」だけ!?
傷ついた少女・リナを保護したことをきっかけにダンジョンは急速に進化を始める。
罠を張り巡らせた塔を建築し、資源を集め、強力な魔物をガチャで召喚!
人間と魔族、どこの勢力にも属さない独立した「最強のダンジョン」が今、産声を上げる!
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる