ブラック企業でポイントを極めた俺、異世界で最強の農民になります

はぶさん

文字の大きさ
80 / 164

第七十九話:黄金の価値と、ギルドの壁

しおりを挟む

ゴードンとゲルトが、魂のリレーを始めてから、ひと月が過ぎた。
ランドールの街には、もう疑いようのない春が訪れていた。雪解け水でぬかるんでいた道は乾き、市場には冬を越した根菜に加え、瑞々しい若葉をつけた野菜が並び始め、人々の服装も心も、軽やかさを増している。

その変化は、城壁の外縁部に広がる農村地帯で、より劇的に起こっていた。

「見たかよ、マルコの畑!鋤(すき)一本で、たった半日で、あの石ころだらけの土地が、まるで別の畑みてえになっちまった!」
「ああ!それに、救世主様の教え通りに灰を混ぜたら、土の色まで変わってきやがった!今年は、豊作間違いねえぞ!」

井戸端で、酒場で、畑のあぜ道で交わされる会話は、もはや天候への不満や将来への不安ではない。『疾風(ゲイル)』がもたらした奇跡への驚嘆と、自らの手で未来を変えられるのだという、熱っぽい興奮に満
ち溢れていた。

ゴードンと、その不器用な一番弟子ゲルトが引く荷馬車は、今や、村々を巡回する英雄の凱旋(がいせん)パレードのようだった。彼らが現れると、農夫たちは仕事の手を止め、子供たちはその後を追いかけ、女たちは道端に立って感謝の言葉と共に、なけなしの保存食や手作りの品々を差し出した。

「……うるせえ。俺は、施(ほどこ)しに来たんじゃねえ。魂を、届けに来ただけだ」

ゴードンは、相変わらずぶっきらぼうだったが、その顔には、自らが打った魂が、人々の希望へと変わっていく様を目の当たりにする、職人としての深い満足感が浮かんでいた。

その隣で、ゲルトは複雑な表情を浮かべていた。農夫たちの、剥(む)き出しの感謝と期待。それは、彼が今まで経験したことのない、温かく、そしてあまりにも重いものだった。彼は、師匠の隣で、ただ黙々とリストの名前を呼び上げ、魂の欠片(かけら)を手渡していく。その行為を通じて、彼が探し求めていた『本当の炎』の意味を、ほんの少しだけ、理解し始めているのかもしれない。彼の、捻(ひね)くれていた目が、ほんの少しだけ、真っ直ぐ前を向く時間が増えていたことに、ゴードンだけが気づいていた。

革命の波紋は、確かに、人々の心に希望の光を灯していた。



だが、光が差せば、必ず影もまた濃くなる。その影は、俺たちの予想よりも早く、そして陰湿な形で、俺たちの足元に忍び寄ってきていた。

「先生……!どうなってやがるんで……!」

その日、実験農場に血相を変えて飛び込んできたのは、トーマスさんだった。彼の顔は、怒りと、それ以上に深い困惑に歪(ゆが)んでいた。

「昨日、うちの畑で穫(と)れた、初めてのカブだ!先生に教わった通り、堆肥をたっぷりやったおかげで、こんなに立派に育った!これを市場に持って行ったらよ……!」

彼が、麻袋から取り出したカブは、俺が知るどんなカブよりも大きく、艶(つや)やかで、生命力に満
ち溢れていた。まさに、革命の最初の果実と呼ぶにふさわしい出来栄えだ。

「……市場の奴ら、なんて言いやがったと思う?『こんなに育ちすぎたカブは、味が大味に決まってる』『見た目だけだな、中身はスカスカだろう』って……!挙句(あげく)の果てには、『最近出回ってる、どこの馬の骨とも知れねえ肥料を使った作物は、品質が保証できねえから、買い取りはできねえ』だとよ!」

彼の声は、怒りに震えていた。

「馬鹿にしやがる!このカブが、どれだけ美味いか!俺の汗と、先生の知恵が、どれだけ詰まってるか!あいつらには、分かりゃしねえんだ!」

それは、単なる買い叩きではなかった。俺たちが生み出した『価値』そのものを、根拠なく否定し、貶(おとし)める、悪意に満ちた攻撃だった。

「……商業ギルド、ですね」

俺は、静かに呟(つぶや)いた。やはり来たか。バルザックの、次なる一手だ。

このランドールの市場は、『商業ギルド』と呼ばれる巨大な組織によって、完全に支配されている。商品の価格決定、流通ルート、そして何より、誰が市場で商売をする権利を持つか。その全てを、ギルドが握っているのだ。

バルザックは、役所の権力だけでは俺たちの革命を止められないと悟り、今度は『経済』という、より強力な武器を使ってきた。ギルドに圧力をかけ、俺たちの生み出す新しい価値(作物)が、市場で正当に評価されないように、裏で手を回したのだ。

どんなに素晴らしい作物を作っても、それが適正な価格で売れなければ、農民たちの生活は豊かにならない。それどころか、『疾風』の対価である秋の収穫物すら、価値のないものとして扱われかねない。そうなれば、俺が築き上げた『約束』の循環は、根底から崩壊してしまう。

「……許せねえ……!」

トーマスさんが、悔しそうに拳を握りしめる。だが、俺は冷静だった。怒りに任せてギルドに乗り込んでも、状況が悪化するだけだ。彼らは、法と規則という名の、難攻不落の城壁に守られている。

(敵の土俵で戦っては、勝てない。バルザックの息がかかった組織…前世のブラック企業で散々見てきた構図だ。彼らはルールを作る側。正面からぶつかっても、理屈をこねられ潰されるだけ。それに、今の俺には『鑑定』や『識別』で相手の手の内を探るポイントすらない。情報不足で直接対決はあまりにも分が悪い)

俺は、思考を切り替えた。

(ならば、彼らの土俵の外で勝負するしかない。彼らがまだ価値を認識していない、新しい『市場』を創り出すんだ)

俺の視線は、小屋の隅に置かれた、黄金色の液体が満たされたガラス瓶へと注がれた。

ひまわり油。
この辺境には存在しなかった、全く新しい価値。

「トーマスさん」

俺は、顔を上げた。その目には、新たな戦略への、確かな光が宿っていた。

「……怒りは、分かります。ですが、今は耐えてください。俺に、考えがあります。彼らが無視できない、『切り札』が」

俺は、すぐさまクラウスさんの元へと向かった。彼ならば、ギルドの内情と、そして俺の『切り札』の価値を、誰よりも正確に理解してくれるはずだ。



「……なるほど。バルザック様も、いよいよ本気で潰しにかかってきた、というわけか」

『風と街道亭』の奥の個室で、俺の話を聞いたクラウスさんは、愉快そうに、しかしその目の奥には鋭い光を宿して、腕を組んだ。

「商業ギルドを敵に回すのは、正直、得策じゃない。あそこは、一枚岩じゃないように見えて、いざとなれば王国中の商人を敵に回しかねない、巨大な組織だ。……だが、君の言う通り、真正面からぶつかる必要はない。彼らが喉(のど)から手が出るほど欲しがる『何か』をチラつかせれば、交渉のテーブルにつかせることはできるかもしれん」

彼は、俺が持参した、黄金色のひまわり油が入った小瓶を手に取り、光にかざした。

「……美しい。まるで、溶けた金貨のようだ。……味も、香りも、一級品だということは、俺が保証しよう」

彼は、指先に油を少量つけ、それを舌の上で転がした。

「……問題は、これをどう『売る』か、だ。ただの食用油として市場に出しても、既存のラードやバターに比べて高価すぎる。農民が日常的に使えるものではないし、貴族の食卓に上るには、まだ『物語』が足りない」

さすがは、百戦錬磨の商人だ。俺が考えもしなかった、本質的な問題を、一瞬で見抜いている。

「……物語、ですか?」
「ああ。例えばだ」

クラウスさんは、悪戯(いたずら)っぽく笑った。

「この油が、ただ美味しいだけでなく、『若返りの秘薬』だとか、『不老長寿の効果がある』だなんて噂を流したら、どうなると思う?」
「……まさか!」

「もちろん、そんな嘘はすぐにバレる。だが、『辺境伯夫人が、この油を使った料理を食べてから、肌の艶(つや)が見違えるように良くなった』とか、『エレナ様が、この油で髪を洗ったら、陽光のように輝き始めた』だなんて、真実味のある、しかし魅力的な『物語』を添えてやれば?」

彼の言葉に、俺は息を呑(の)んだ。そうだ。価値とは、物そのものだけでなく、それに付随する『情報』によって、いくらでも変化する。前世の広告業界で、嫌というほど見てきた現実だ。彼の商人魂に火をつけたのは、単なる金儲けの匂いだけではなかっただろう。俺という存在が、この停滞した辺境の地に、どんな新しい風を吹かせるのか。それを、特等席で見届けたいという、純粋な好奇心。

「……その『物語』を、誰に、どうやって届けるか。そして、ギルドという巨大な壁を、どうやって迂回(うかい)するか。……ふむ」

クラウスさんは、指でテーブルをトントンと叩きながら、楽しそうに思考を巡らせ始めた。その目は、もはや単なる行商人ではなく、一つの巨大なプロジェクトを動かす、軍師のそれだった。

「……よし。一つ、面白い手を思いついた」

彼は、にやりと笑った。

「ルークス君。君に、紹介したい人物がいる。この街の、いや、この辺境伯領の『美』と『流行』を、影で操っている、一人の女傑(じょけつ)をね」
(女傑…?貴婦人たちの社交界か。ギルドが支配する市場とは別の流通ルート…いや、むしろギルドさえも動かす影響力を持つかもしれない。情報が少ない以上、今はクラウスさんの策に乗るしかないか。彼自身が利益を得ようとしている可能性も考慮すべきだが、現状を打破するには有効な手札だ)
俺は内心でリスクとリターンを計算し、頷いた。

その言葉は、俺の知らない、全く新しい戦場の幕開けを、告げていた。
商業ギルドという経済の壁。それを打ち破る鍵は、意外な場所――貴婦人たちの、華やかな社交界に隠されているのかもしれない。

俺は、クラウスさんの、自信に満ちた笑みを見つめながら、これから始まるであろう、未知の戦いに、ほんの少しだけ、胸を高鳴らせていた。



【読者へのメッセージ】
第七十九話、お読みいただきありがとうございました!
ゴードンとゲルトによる『疾風』の配布が始まる一方、ついに商業ギルドによる妨害工作が本格化。その壁に対し、ルークスが『ひまわり油』という新たな武器と、クラウスという頼れる軍師と共に立ち向かおうとする展開、いかがでしたでしょうか。今回は、校閲者様からのご指摘を踏まえ、ルークスのスキル使用状況(ポイント不足による使用不可)と、前世の経験に基づく分析思考を明確に描写し、キャラクター性の一貫性を保つよう努めました。不要なフリガナも削除しております。
「ギルドのやり方、汚い!」「ルークスの分析、鋭い!」「ひまわり油に『物語』を!クラウスさん、さすが!」「女傑…?誰だろう!?」など、皆さんの感想や応援が、ルークスたちの次なる一手への、何よりの力になります。下の評価(☆)や感想、ブックマーク(お気に入り登録)も、ぜひよろしくお願いいたします!
ついに動き出した、商業ギルドという巨大な壁。それを打ち破る鍵は、貴婦人たちの社交界に…!?ルークスの知恵とクラウスの策略が、新たな局面を切り開きます。次回も、どうぞお見逃しなく!
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

二度目の異世界では女神に押し付けられた世界を救い世界を漫遊する予定だが・・・・。

黒ハット
ファンタジー
主人公は1回目の異世界では勇者に選ばれ魔王を倒し英雄と呼ばれた。そんな彼は日本に戻り、サラリーマンとしてのんびり暮らしていた。だが異世界の女神様との契約によって再び異世界に転生する事になる。1回目から500年後の異世界は1回目と違い文明は進んでいたが神の紋章を授ける教会が権力を持ちモンスターが多くなっていた。主人公は公爵家の長男に転生したが、弟に家督を譲り自ら公爵家を出て冒険者として生きて行く。そんな彼が仲間に恵まれ万能ギフトを使い片手間に邪王を倒し世界を救い世界を漫遊するつもりだが果たしてどうなる事やら・・・・・・。

外れスキルは、レベル1!~異世界転生したのに、外れスキルでした!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生したユウトは、十三歳になり成人の儀式を受け神様からスキルを授かった。 しかし、授かったスキルは『レベル1』という聞いたこともないスキルだった。 『ハズレスキルだ!』 同世代の仲間からバカにされるが、ユウトが冒険者として活動を始めると『レベル1』はとんでもないチートスキルだった。ユウトは仲間と一緒にダンジョンを探索し成り上がっていく。 そんなユウトたちに一人の少女た頼み事をする。『お父さんを助けて!』

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!

夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。 ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。 そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。 視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。 二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。 *カクヨムでも先行更新しております。

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

転生魔竜~異世界ライフを謳歌してたら世界最強最悪の覇者となってた?~

アズドラ
ファンタジー
主人公タカトはテンプレ通り事故で死亡、運よく異世界転生できることになり神様にドラゴンになりたいとお願いした。 夢にまで見た異世界生活をドラゴンパワーと現代地球の知識で全力満喫! 仲間を増やして夢を叶える王道、テンプレ、モリモリファンタジー。

捨てられた前世【大賢者】の少年、魔物を食べて世界最強に、そして日本へ

月城 友麻
ファンタジー
辺境伯の三男坊として転生した大賢者は、無能を装ったがために暗黒の森へと捨てられてしまう。次々と魔物に襲われる大賢者だったが、魔物を食べて生き残る。 こうして大賢者は魔物の力を次々と獲得しながら強くなり、最後には暗黒の森の王者、暗黒龍に挑み、手下に従えることに成功した。しかし、この暗黒龍、人化すると人懐っこい銀髪の少女になる。そして、ポーチから出したのはなんとiPhone。明かされる世界の真実に大賢者もビックリ。 そして、ある日、生まれ故郷がスタンピードに襲われる。大賢者は自分を捨てた父に引導を渡し、街の英雄として凱旋を果たすが、それは物語の始まりに過ぎなかった。 太陽系最果ての地で壮絶な戦闘を超え、愛する人を救うために目指したのはなんと日本。 テンプレを超えた壮大なファンタジーが今、始まる。

処理中です...