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第百十八話:一〇万ポイントの使い道と、村を走る『魔法の血管』
しおりを挟むランドールでの騒動から数日が過ぎた、ある晴れた日の朝。
俺は、リーフ村の自宅裏に広がる、日に日に拡張を続けている我が家の畑の真ん中で、腕組みをして仁王立ちしていた。
目の前には、朝日を浴びて輝く野菜たちの海が広がっている。
青々と茂るキャベツの葉、土から力強く顔を出す大根の白い肌、風に揺れるジャガイモの緑。
平和だ。
路地裏のドブの臭いも、鉄と血の錆びた臭いもしない。ただ、湿った土と草の匂いだけがここにはある。
だが、俺の表情は険しかった。
まるで、世界の危機に直面した勇者のように。
「……限界だ」
俺はポツリと呟き、足元にある愛用のじょうろ(トタン製・容量10リットル)を睨みつけた。
現在の俺の畑の面積は、開墾当初の倍以上に広がっている。さらに、村の共同農地の一部も任されているため、毎朝の水やりに要する時間は、実に二時間半。
朝四時に起きて、井戸と畑を数十往復し、重いじょうろを振り回す。これが終わる頃には、もう太陽は高く昇り、俺の体力と精神力(MP)の半分は削られているのだ。
「スローライフ……俺が求めているのは、縁側で茶を啜りながら、猫(フェン)を撫でる優雅な生活のはずだ。これじゃあ、ただの『ブラック農業』じゃないか!」
前世の記憶がフラッシュバックする。
終電で帰り、始発で出社する日々。
異世界に来てまで、過労で死ぬわけにはいかない。
『主よ、朝からうるさいぞ。我はまだ眠いのだ』
畝(うね)の間の日当たりの良い場所で、黒い毛玉となって丸まっていたフェンが、迷惑そうに片目を開けた。
「フェン、起きろ。今日は革命を起こすぞ」
『革命? また悪党の城でも攻め落とすのか? それなら付き合うが』
「いいや。もっと建設的で、歴史的な革命だ」
俺はニヤリと笑い、空中に自分にしか見えないウィンドウを展開した。
**【現在の所持ポイント:568,400pt】**
思わず口元が緩む。
「害虫駆除(ランドールの悪党退治)」の特別ボーナス一〇万ポイントに加え、ジルヴァのアジトから押収した裏金(金貨・銀貨)を換金した分、そして留守中に売れた野菜の売上が加算され、俺の資産は過去最高額を記録していた。
約五十六万ポイント。日本円にして一千万円以上の価値がある。
大根に換算すれば、五万六千本分だ。一生食いっぱぐれない額だ。
(だが、貯め込むだけじゃ意味がない。金(ポイント)は、より良い未来のために投資してこそ輝くんだ)
俺は指先で検索ウィンドウを弾き、お目当てのカテゴリ「農業資材」を開いた。
狙うは、現代農業が到達した「水やり」の最終進化形。
「見てろよ……このポイントで、俺の『時間』と『自由』を買い戻す!」
---
**【アイテム『点滴灌漑(かんがい)用チューブ(圧力補正付き・1000m巻き)』を購入しました(消費:15,000pt)】**
**【アイテム『自動液肥混入機(ベンチュリー式)』を購入しました(消費:25,000pt)】**
**【アイテム『プログラム式散水タイマー(ソーラー充電対応)』を購入しました(消費:10,000pt)】**
**【アイテム『高濃度アミノ酸入り液体肥料(原液・20L)』×5を購入しました(消費:15,000pt)】**
**【アイテム『大型貯水タンク(3t・遮光・抗菌仕様)』を購入しました(消費:20,000pt)】**
**【アイテム『配管用ジョイント・バルブセット(業務用)』を購入しました(消費:5,000pt)】**
計、九万ポイント。
決裁ボタンを押した瞬間、チャリーンという軽快な効果音と共に、俺の懐から大金が消えた。
しかし、後悔はない。
「よし、やるぞ!」
ドサドサドサッ!!
何もない空間から、黒いホースの巨大な束や、複雑な機械部品、そして巨大なタンクが次々と畑の空き地に現れた。
『む? 主よ、この黒くて長いニョロニョロは何だ? 新種のヘビか? 食えるのか?』
フェンが興味津々でチューブの匂いを嗅ぎ、甘噛みしようとする。
「こら、噛むな! 穴が開いたら大惨事だぞ。これは『ヘビ』じゃなくて、『血管』みたいなものだ」
「けっかん?」
「そう。野菜たちが、いつでもお腹いっぱいご飯と水を食べられるようにするための、魔法の管さ」
俺は作業手袋をはめ、気合を入れた。
ここからは、地味だが重要な肉体労働だ。
まずは水源の確保。
畑の端にある古井戸の近くに、巨大な『貯水タンク』を設置する。
そして、タンクと井戸をポンプで繋ぎ、その中間に心臓部である『自動液肥混入機』と『タイマー』を組み込む。
この混入機がミソだ。水の流れを利用して、自動的にタンクから肥料を吸い上げ、最適な濃度に希釈して送り出してくれる。前世では高嶺の花だったプロ仕様の機材だ。
「次は配管だ……これが一番骨が折れる」
俺は一キロメートルにも及ぶ黒いチューブを担ぎ、畑の畝に沿って這わせていく。
ただ置けばいいわけではない。
作物の根元に正確にチューブの「穴(エミッター)」が来るように調整し、風で飛ばないように専用のペグで地面に固定していく。
地味だ。
魔法でドカンと雨を降らせるような派手さは一切ない。
延々と、黒いホースを地面に這わせ、留め具を打つ。
カン、カン、カン……。
乾いた音が畑に響く。
「……お兄ちゃん、なにしてるの?」
作業を開始して二時間ほど経った頃、背後から可愛らしい声がかかった。
振り返ると、リサを筆頭にした村の子供たち――通称「ルークス探検隊」の五人が、不思議そうな顔で並んでいた。
手には、俺が以前教えた「シロツメクサの冠」を持っている。
「やあ、リサ。ちょっと畑に『魔法』をかけてるところさ」
「まほう? でも、お兄ちゃんが持ってるの、ただの黒い紐だよ?」
「ふふふ、見た目は地味だけど、すごいんだぞ。手伝ってくれるか?」
「うん! やるやるー!」
子供たちの参戦はありがたい。
俺は彼らにペグを渡し、「この黒い紐が動かないように、ここをトンカチで叩いてね」と指示を出した。
遊び感覚の作業は子供たちの得意分野だ。あっという間に、広大な畑に黒いネットワークが張り巡らされていく。
「おいおいルークス、また妙なことを始めたな」
騒ぎを聞きつけたのか、今度は村長のハンスがやってきた。
彼は杖をつきながら、畑に張り巡らされた黒いチューブを見て、眉をひそめている。
「畑にそんな黒い異物を這わせて……作物が窒息しちまわんか? それに、こんな紐があったら、鍬(くわ)を入れる時に邪魔だろう」
ハンス村長は保守的だ。
彼にとって農業とは、先祖代々受け継がれてきた「やり方」を守ること。新しい試みは、常に失敗のリスクとして映る。
「村長、ご心配なく。これは『点滴灌漑(ドリップ・イリゲーション)』という農法のための準備です」
「てんてき……? 医者が使うあれか?」
「似たようなものです。作物に必要な水を、必要な場所にだけ、一滴ずつ与えるんです」
俺は汗を拭いながら説明を続けた。
「今までのじょうろでの水やりは、地面全体を濡らしていましたよね? でも、それだと作物が吸う前に蒸発してしまう水が多いし、余計な雑草まで元気にしてしまう。おまけに、葉っぱに水がかかると病気の原因にもなる」
「む……まあ、理屈はわからんでもないが」
「この黒いチューブを使えば、水の無駄遣いを減らし、雑草を抑え、病気も防げる。そして何より……」
俺は腰に手を当て、胸を張って宣言した。
「俺が寝ていても、街に出かけていても、勝手に水やりが終わるんです」
「なっ……!?」
村長の目が丸くなった。
周囲で農作業をしていた大人たちも、手を止めて集まってくる。
「自動で水やり」というのは、この世界の人々にとって「空を飛ぶ」ことと同じくらい非常識な概念なのだ。
「ば、馬鹿を言え! 水やりは農民の魂だぞ! 毎朝、作物の顔色を見ながら、汗水垂らして水をやるからこそ、土に感謝が伝わって実るんじゃ! それをサボるなんぞ、バチが当たるぞ!」
村長の顔が赤い。怒っているというより、自分の信じてきた「勤勉の美徳」を否定されたように感じたのだろう。
俺は村長の気持ちもわかる。前世のブラック企業も、「苦労すること」自体を美化する風潮があった。
だが、俺はもう、その価値観には付き合わない。
「村長。俺はサボるためにこれをやるんじゃありません。『観察』するためにやるんです」
「観察……だと?」
「水やりに追われていた二時間半を、作物をじっくり観察し、土の状態を確認し、次の工夫を考える時間に変える。汗を流す代わりに、知恵を絞るんです。……それが、俺の農業です」
俺の真剣な眼差しに、村長は言葉を詰まらせた。
俺は振り返り、設置が終わったシステムのメインバルブに手をかけた。
「論より証拠だ。……行きますよ!」
俺はバルブを開き、タイマーのスイッチを入れた。
シュウウウ……。
微かな音が畑に響く。
水が圧力を受けてチューブの中を走り抜ける音だ。まるで、畑という巨大な生命体に、血液が流れ始めたかのような鼓動。
「あ! 見て! 水が出てきた!」
リサが歓声を上げて指差す。
作物の根元。そこに開けられた小さな穴から、ポタ……ポタ……と、透明な雫が落ち始めた。
勢いよく撒き散らすのではない。
一滴ずつ、静かに、確実に、乾いた土へと染み込んでいく。
「おお……」
村人たちからどよめきが漏れる。
水だけではない。
辺りに、ほんのりと甘酸っぱいような独特の香りが漂い始めた。
「こ、この匂いはなんだ? 肥え桶の臭いとは全然違うが……」
「『アミノ酸入り液体肥料』です。水と一緒に、栄養たっぷりのご飯もあげてるんです」
ポタ、ポタ、ポタ……。
数千の穴から同時に落ちる水滴のリズムが、不思議な静寂の中で心地よく響く。
土の色が、根元からじわりと濃い黒へと変わっていく。
無駄がない。一滴の水も逃さず、作物の命へと変換されていく光景。
「……信じられん」
ハンス村長が、震える手で一株のキャベツの根元に触れた。
湿った土の感触。
「魔法だ……まるで、水の精霊をその黒い管に閉じ込めて、使役しているようだ……」
「まあ、似たようなもんです」
物理法則と流体力学の結晶だが、この世界では魔法と呼ぶ方がしっくりくる。
村長はしばらく呆然としていたが、やがてふっと肩の力を抜いて、苦笑いを浮かべた。
「お前の『知恵』とやらには、毎度驚かされるわ。……悔しいが、わしの負けかもしれんな。これなら、腰の痛い年寄りでも畑を続けられるかもしれん」
「ええ。よかったら、村長の畑にも導入しますか? ポイント、勉強しときますよ」
「ふん、出世払いで頼むわ!」
ドッと笑いが起き、張り詰めた空気が和らいだ。
これで、俺の畑は「スマート農業化」への第一歩を踏み出した。
毎日の重労働からの解放。
そして、常に最適な水分と養分を保つことによる、野菜の爆発的な成長促進。
見た目はただの黒いホースだが、その効果は劇的だ。
この「魔法の血管」は、やがてこの村全体の農業を変えることになるだろう。
---
その日の夕暮れ。
村人たちが帰り、静けさを取り戻した畑で、俺はベンチに座って優雅に缶コーヒー(微糖)を飲んでいた。
目の前では、夕日に照らされた畑が黄金色に輝いている。
足元では、自動タイマーが作動し、二度目の水やり(夕方の微調整)が無音で行われていた。
「……最高だ」
これぞ、俺が求めていたスローライフ。
泥にまみれるのも嫌いじゃないが、知恵を使って楽をするのはもっと好きだ。
空いた時間で、次はどんな料理を作ろうか。どんな新しい野菜を育てようか。想像するだけでワクワクする。
『主よ、その黒い管から出ている水、舐めてもいいか?』
「ダメだ。肥料が入ってるから腹を壊すぞ。お前の水はこっちだ」
俺はフェン用に、ポイント交換した『高級ミネラルウォーター(軟水)』を皿に注いであげた。
『うむ、冷たくて美味い。……して主よ、次はどうするのだ? まさか、これで終わりではあるまい? 主の強欲さは、こんな黒い紐だけで満たされるはずがない』
フェンが水をピチャピチャと飲みながら、金色の瞳で俺を見透かすように言った。
鋭い。
俺の野望は、水やりを自動化した程度では終わらない。
「もちろんだ。水と栄養が確保できたなら、次は『環境』だ」
俺は視線を、畑の奥にあるスペースに向けた。
そこには、以前作った簡易的なスライムレザーの覆いがあるだけだ。
だが、このポイントと、この配管システムがあれば……。
「異世界の冬を、常夏の楽園に変えてやるさ」
俺は空になったコーヒーの缶を握りしめ、ニヤリと笑った。
「ビニールハウスを増設して、暖房設備を入れて……冬に、真っ赤な『イチゴ』を実らせる」
『イチゴ? あの、森で稀に見つかる、酸っぱい木の実か?』
「俺が作るのは、そんなもんじゃない。ルビーのように赤くて、蜂蜜みたいに甘くて、頬っぺたが落ちるような『宝石』だ。……クリスマスのケーキには、やっぱりイチゴがないとな」
この世界にクリスマスはないが、冬の祭りに「イチゴのショートケーキ」を出したらどうなるか。
エレナ様やリサの驚く顔が目に浮かぶようだ。
そして、それを売り出せば、また莫大なポイントが入ってくる。
『強欲だな、主は。だが、その甘い宝石とやら、我も興味があるぞ』
「ああ、期待してろ。最高のやつを作ってやるから」
俺は立ち上がり、夕焼けに染まる空を見上げた。
遠くの空に、一番星が光っている。
その星の光が、ふと、不気味な赤色に瞬いたような気がした。
(……気のせいか?)
俺は目をこすった。次に見上げた時には、星はいつもの優しい光に戻っていた。
ジルヴァたちの影はまだ消えていないかもしれない。
「世界の捕食者」という、マーサ婆さんの不吉な昔話も頭をよぎる。
だが、今の俺にはこの「守るべき場所」と、「進化し続ける畑」がある。
どんな脅威が来ようとも、この根(ルーツ)だけは絶対に枯らさせない。
俺は自動で止まる灌漑システムの「カチッ」という音を確認してから、家路についた。
今夜の夕食は、採れたて野菜のポトフにしよう。
足取りは軽く、明日への希望に満ちていた。
【読者の皆様へ】
激闘の後は、まったりスローライフ(技術革新)!
異世界の人々にとっては「魔法」にしか見えない「点滴灌漑システム」。地味だけど最強の農業チート、その「凄さ」を感じていただけましたでしょうか?
「水やり自動化いいなぁ」「ルークスの畑がどう進化するか楽しみ!」「冬のイチゴ、食べたい!」と思った方は、ぜひ↓の★★★★★評価とブックマーク登録で応援をお願いします!
皆様の応援が、次の「甘~い宝石」の肥料になります!
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