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第百十七話:害虫駆除と、職人の魂
しおりを挟むカラン、と乾いた音が石床に響いた。
それは、下働きの男の手から滑り落ちた、短剣のような小さなナイフの音だった。
男は腰を抜かし、ガタガタと震えながら後ずさりをしている。その股間からは、情けないことに温かいシミが広がっていた。
「ひ、ひぃぃ……! た、助けてくれ! 俺は、俺はただ……金が欲しかっただけで……!」
「金、ね」
俺は冷たい目で男を見下ろした。
背後では、フェンが巨大な黒い狼の姿(成体に近いサイズまで幻影で巨大化させている)で、低い唸り声を上げている。その殺気だけで、一般人なら気絶してもおかしくない。
「金が必要なら、働けばいい。だが、お前がやろうとしたことは『仕事』じゃない。職人の魂を泥で汚す行為だ」
俺は一歩踏み出す。
男の顔が恐怖で引きつる。
「それに、お前は俺の機嫌を最悪に損ねた。俺がこの『気配察知』と『隠密行動』を買うために、どれだけの野菜を売らなきゃならないか……想像できるか?」
「は、はぁ……?」
「大根なら五千本だ! 五千本だぞ! その血と汗と涙の結晶を、こんなドブさらいのために使わされたんだ!」
俺は男の胸ぐらを掴み上げ、壁に押し付けた。
物理的な痛みよりも、俺の剣幕に男は圧倒されていた。農民の金銭感覚(ポイント感覚)をナメるなよ。
「さあ、吐け。誰に頼まれた? どこで指示を受けた? 洗いざらい話せば、フェンの餌にはしないでおいてやる」
『主よ、我はこんな不味そうな肉は食わぬぞ』
「……だ、そうだ。運が良かったな。さあ、言え」
男は涙目で、堰(せき)を切ったように話し始めた。
依頼主は、やはり『救済の天秤』。
ランドール北地区の貧民街にある、廃倉庫を改装した支部で指示を受けたという。
担当者は「ヴァイパー」と呼ばれる、蛇のような刺青を入れた男。
報酬は金貨五枚。成功すれば、さらに正規の団員として迎え入れるという甘言に乗せられたらしい。
「……金貨五枚で、職人の一生を売り渡したのか」
俺の背後で、重苦しい声が響いた。
ゴードンだ。
彼は金床の横に立ち、握りしめた拳を震わせていた。その視線は、床で溶け崩れた溶解液の跡と、今まさに焼き入れを行おうとしていた剣に向けられている。
「ゴードン……」
「ルークス、すまねぇ。お前が来てくれなきゃ、俺は気づかずに……辺境伯様の信頼も、親父から受け継いだこの槌の名誉も、全部失うところだった」
不器用なドワーフの血を引く男は、悔しそうに唇を噛み締めた。
俺は捕まえた男をフェンに任せ(気絶させて縛り上げた)、ゴードンの元へ歩み寄った。
「気にするな。それに、まだ何も失っちゃいない」
俺は、作業台の上に置かれた、焼き入れ前の真紅に熱せられた剣を見た。
それはまだ完成していない。だが、ゴードンが魂を削って打ち込んだ、凄まじい熱量を秘めている。
「ゴードン。この剣、まだいけるか?」
「……ああ。穢(けが)れは、火で浄化するしかねぇ。だが……」
ゴードンは迷いを見せた。
一度ケチがついた剣だ。職人としての矜持が、このまま作業を続けることを躊躇(ためら)わせているのだろう。
「だったら、俺も手伝う」
「は? お前、鍛冶なんてできねぇだろ」
「鍛冶はできない。でも、『環境』を整えることならできる」
俺はニヤリと笑い、スキルウィンドウを開いた。
ポイントは減ってしまったが、まだ残っている。ここぞという時に使わずして、何のためのポイントだ。
**【アイテム『最高級コークス(脱硫済み)』を購入しました(消費:2,000pt)】**
**【アイテム『ミネラルウォーター(硬水)』を購入しました(消費:500pt)】**
**【アイテム『超回復スポーツドリンク(クエン酸&アミノ酸高配合)』を購入しました(消費:300pt)】**
ドサドサッ、と何もない空間から黒い炭の塊と、水の入ったボトルが現れる。
「これは……炭か? いや、なんだこの純度は。不純物がまるでねぇ……」
「俺の故郷の『魔法の炭』だ。火力が違うぞ。それと、この水は冷却用だ。不純物のない硬水を使えば、焼き入れの締まりが良くなるはずだ」
俺はさらに、スポーツドリンクの瓶をゴードンに差し出した。
「まずはこれを飲め。疲労回復用の特製ドリンクだ。シャキッとするぞ」
「……お前ってやつは、本当にデタラメだな」
ゴードンは呆れたように笑い、ドリンクを一気に煽った。
喉を鳴らして飲み干すと、彼は「ぷはぁッ!」と息を吐き、その目に力強い光が戻った。
「よし……目が覚めたぜ。ルークス、炭をくべてくれ! 最高の火で、最高の剣を仕上げてやる!」
「了解だ、親方!」
俺は炉にコークスを投入し、ふいごを回した。
ゴウッ!!
炉の炎が、かつてないほどの勢いで青白く燃え上がる。
ゴードンはその炎に照らされながら、再び槌を振り上げた。
カンッ! カンッ! カァァンッ!!
工房に、清らかな金属音が響き渡る。
それは単なる作業音ではない。悪意や陰謀といった「雑音」を叩き出し、純粋な鋼の強さだけを残そうとする、祈りのような音だった。
俺はその横顔を見ながら、心の中で静かに誓った。
ゴードンが最高の仕事をしている間に、俺は俺の仕事を済ませよう。
畑に湧いた害虫は、一匹残らず駆除する。
---
夜。
ランドールの街は静まり返っていたが、北区の貧民街だけは異様な熱気を帯びていた。
治安が悪く、衛兵さえも寄り付かないこのエリア。その一角にある廃倉庫が、今回のターゲットだ。
「……ここだな」
建物の影から、俺とフェンは倉庫を監視していた。
入り口には見張りが二人。中からは微かに明かりが漏れ、男たちの下品な笑い声が聞こえてくる。
『主よ、どうする? 正面から食い破るか?』
「いや、それは最後の手段だ。今回は『隠密』らしく、スマートにいこう」
俺は懐から、いくつかのアイテムを取り出した。
昼間、ゴードンの作業を見届けた後に、追加で購入しておいた「害虫駆除セット」だ。
**【アイテム『強力粘着シート(業務用・象でも止まる)』を購入しました】**
**【アイテム『カプサイシン抽出液(対熊用撃退スプレーの中身)』を購入しました】**
**【アイテム『悪臭玉(スカンクの分泌液を再現)』を購入しました】**
どれも農家にとっては(一部は違うが)馴染み深い、あるいは害獣対策の延長線上にあるアイテムだ。
「まずは、出口を塞ぐ」
俺は『隠密行動』を発動し、倉庫の裏口へと回り込んだ。
鍵のかかった扉の隙間に『強力瞬間接着剤』を流し込み、物理的に開かないように加工する。さらに、窓という窓にも外側から板を打ち付け(音を立てずにやるのは骨が折れたが)、完全に密室を作り上げた。
準備完了。
俺は正面入り口に戻り、見張りの二人に近づいた。
彼らは退屈そうにあくびをしている。俺の姿には全く気づいていない。
ヒュッ。
俺は二つの小石を同時に投げた。
『身体能力強化』を乗せた投擲は、正確に見張りたちの延髄を捉え、彼らは声を上げる間もなく崩れ落ちた。
「お休み」
俺は彼らを物陰に引きずり込み、入り口の扉を少しだけ開けた。
中の会話がクリアに聞こえる。
「……おい、あいつ遅くねえか?」
「工房の下働きか? へっ、どうせビビって小便でも漏らしてんだろ」
「ま、成功すりゃあ明後日の式典は見ものだぜ。あの辺境伯が、折れた剣を持ってマヌケ面を晒すんだからな」
「ギャハハ! ヴァイパーさんの作戦は完璧だぜ!」
中には十人ほど。奥の木箱に腰掛けている、上半身裸で蛇の刺青を入れた男がヴァイパーだろう。
(……笑っていられるのも今のうちだぞ、害虫ども)
俺は口元を歪め、手に持っていた『悪臭玉』と『カプサイシン抽出液』の入った瓶を構えた。
そして、扉を蹴り開けると同時に、それらを中に放り込んだ。
ガシャァァンッ!!
瓶が割れる音と共に、地獄の釜の蓋が開いた。
「な、なんだ!?」
「くっせぇぇぇ!! なんだこの臭い!?」
「め、目がぁぁぁ!! 目が焼けるぅぅぅ!!」
スカンクの数千倍とも言われる強烈な悪臭と、空気に触れて気化した高濃度カプサイシンが、密閉された倉庫内を瞬時に満たした。
それはまさに、生物兵器。
男たちは喉を掻きむしり、目から涙と鼻水を垂れ流しながらのたうち回る。
「で、出口だ! 外へ出ろ!」
ヴァイパーが叫び、裏口へと殺到するが、扉は接着剤でガッチリと固められていて開かない。
「あ、開かねえ! クソッ、窓だ! 窓を割れ!」
彼らがパニックに陥っている入り口に、俺はゆっくりと姿を現した。
鼻には濡れた手ぬぐいを巻き、目はゴーグル(水泳用)で保護している完全装備だ。
「こんばんは。夜分遅くにすいませんね」
「て、テメェは誰だ……ゲホッ、ガハッ!」
「通りすがりの農民です。畑(ここ)に害虫が湧いたと聞いて、駆除に来ました」
俺は両手に、ポイント交換した『高圧洗浄機(バッテリー式・農薬散布用カスタム)』を構えた。タンクに入っているのは水ではない。
『激辛トウガラシ・エキス水溶液』だ。
「消毒の時間ですよ」
プシューーーーッ!!
高圧のジェット噴流が、ヴァイパーの顔面を直撃する。
「ギャアアアアアアアア!!」
断末魔のような悲鳴が上がる。
他の手下たちが襲いかかろうとするが、すでに目も開けられない状態で、まともに戦えるわけがない。
俺は冷静に、一人ずつ「消毒」していく。
これは戦闘ではない。
一方的な、農作業だ。
数分後。
倉庫内は静寂――ではなく、男たちの呻き声と啜り泣く声に包まれていた。
立っているのは俺と、入り口で見張りがしていたフェンだけだ。
俺は、床に倒れ伏しているヴァイパーの髪を掴み、顔を上げさせた。
その顔は赤く腫れ上がり、涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。蛇の刺青も、今はミミズのように惨めに見える。
「さて、ヴァイパーさん。尋問の時間だ」
「ひぃッ……許して、許してくれぇ……」
「許すよ。俺は農民だからな、慈悲深いんだ」
俺はニコリと笑った。
「ただし、条件がある。お前らの親玉……『ジルヴァ』の計画、知ってることを全部話してもらおうか。あと、この街で稼いだ汚い金(ポイント源)の隠し場所もな」
「は、話す! 全部話す! だからもう、その赤い水をかけないでくれぇぇ!!」
恐怖による支配完了。
俺は満足そうに頷いた。
「よし。じゃあ、まずはゴードンへの慰謝料として、お前らのアジトにある金目のもの、全部没収な。……ああ、そうだ。あとで衛兵も呼んでやるから、それまで大人しくしてろよ?」
俺は倉庫の隅に積まれていた木箱を開けた。
そこには、裏金として貯め込まれていたであろう金貨や銀貨がジャラジャラと入っていた。
さらに、ジルヴァとの連絡に使っていたと思われる手紙の束も発見する。
(……これは、思った以上の収穫(大豊作)だな)
俺は証拠品を『収納魔法』に放り込みながら、冷ややかに彼らを見下ろした。
彼らは知らないだろう。
農民を怒らせると、根こそぎ刈り取られるということを。
---
翌日。
ランドールの街は、ある噂で持ちきりだった。
北区の貧民街にあった悪党の拠点が壊滅し、衛兵によって一網打尽にされたという噂だ。現場には「激辛党より愛を込めて」という謎のメモと、大量の唐辛子の臭いが残されていたらしい。
その不可解な事件は、酒場の笑い話として瞬く間に広がっていった。
そして――迎えた、武具の納品式当日。
辺境伯領主館、謁見の間。
辺境伯レオナルド様と、多くの騎士たちが見守る中、ゴードンが捧げ持った剣。
レオナルド様がそれを鞘から抜いた瞬間、会場にどよめきが走った。
刀身は、まるで氷のように澄んだ青白い輝きを放っていた。
不純物が極限まで取り除かれ、コークスの超高温と、硬水による急冷によって鍛え上げられたその刃は、見る者すべてを魅了する美しさと、触れれば切れそうな鋭さを宿していた。
「……素晴らしい」
レオナルド様が、感嘆の息を漏らした。
彼は軽く剣を振るう。
ヒュンッ、と空気が鳴き、近くにあった蝋燭の炎が、風圧だけで掻き消えた。
「ゴードンよ。これは、我が領土の誇りとなる一振りだ。よくぞ、これほどのものを鍛え上げた」
「は……っ! ありがたきお言葉……!」
ゴードンが男泣きしながら平伏する。
その横で、特別に同席を許された俺もまた、安堵の息を吐いていた。
剣は折れるどころか、これまでのゴードンの作品の中でも最高傑作となった。
これで、彼への疑いも、辺境伯家の権威失墜も、すべて防ぐことができた。
列席していた騎士たちの中には、悔しそうに顔を歪める者もいた。おそらく、ジルヴァたちと通じていた内通者だろう。
ロイドからの手紙(証拠)もある。あいつらの掃除は、レオナルド様と騎士団長に任せればいい。
(……やれやれ、これで一件落着か)
俺は窓の外を見た。
空は青く、今日も良い畑仕事日和だ。
ふと、視界の端にポイント交換ウィンドウの履歴が表示された。
一昨日の「害虫駆除グッズ」の購入で減ったポイント。
しかし、その下に新たな通知が届いていた。
**【特別ボーナス:悪徳組織の壊滅および、領主の名誉保護への貢献】**
**【獲得ポイント:100,000pt】**
「……ぶっ!?」
俺は思わず噴き出しそうになった。
十万ポイント!?
使ったポイントの倍以上が返ってきた計算になる。
さらに、ジルヴァの手下から没収した金貨(活動資金)をポイントに換金すれば……。
(……農具代どころか、ビニールハウスの増設までできるじゃないか!)
俺は口元を押さえ、必死に笑いを堪えた。
どうやら、「正義の味方」も悪くない副業らしい。
もちろん、本業はあくまで農民だけどな。
【読者の皆様へ】
害虫(悪党)駆除完了! そして、ゴードンの職人魂が報われる最高の納品式となりました!
「大根5,000本」の怒りから、「激辛党」の制裁、そしてちゃっかりポイントを稼ぐ抜け目なさまで、ルークスの魅力全開でお届けしました。
これでランドールの危機は去りましたが、黒幕ジルヴァとの因縁は深まりました。
次はいよいよ、手に入れたポイントで更なる農業改革(スローライフ充実)!?
「スカッとした!」「続きが読みたい!」という方は、ぜひ↓の★★★★★評価とブックマーク登録をお願いします!
皆様の応援が、ルークスの次なるポイントになります!
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