【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影

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第一章

第6話:憩いの場との出会い③

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 ほかほかと湯気を立てる得体の知れない、しかしやけに美味しそうな料理を前に、久遠は戸惑っていた。

 親切にしては突拍子のない味見オファーを、久遠は反射的に「いやいやいや!」と断った。しかし店主は軽い足取りでトラックから降りてきて、なおも呼び止めてきたのだった。

 トラックの傍に置いてあるささやかなテーブルセットに半ば強引に座らされ、「待ってて」と言われ、なんやかんやで料理が出てきてしまい、今に至る。

 せめてお金は払うと久遠も食い下がったが、「味見のボランティアだから」と財布をしまわされた。お金はあとで勝手に置いていこう……。

 なぜか目の前の席に腰をかけてきた店主は、「召し上がれ」とにこやかに笑っている。

 初め見た時は、歳上の男性、というイメージだったが、こうして近くで見ると大して歳は離れていなさそうだった。1つ2つ上か、もしかしたら久遠と同い年かもしれない。
 第一印象が "なんとなく歳上っぽい" だった原因は、顎にはやした洒落たヒゲにあるのだろう。

「それでは、お言葉に甘えて……いただきます」

 なぜこのような状況になっているのかは未だによく分からない。けれど、出されたものを断るほど拒否する理由もなければ、久遠に残された昼休みの時間もまた、あまりない。

 ミートボールのクリーム煮をご飯にかけたものがメインディッシュのランチボックス。それと一緒に持ってきてくれたスプーンをプラスチックの包装から出し、1口すくった。

 ……美味しい。

 口に入れた途端、キッチンカー提供とは思えないほど複雑で絶妙な香りが広がった。

 久遠は目を輝かせ、次々の口に入れる。

 オフィス内で緊張して凝り固まっていた感覚が解放され、嗅覚も味覚もすぱっと霧が開けたみたい。"美味しい"を全部感じられるような感覚。

 美味しすぎる。なにこれ……!

 次次と口に運び、呼吸をし、料理から感じられる風味を全部受け止めようと目を閉じる。

「これなんて言う……」

 料理ですか、と聞こうとして目を開けると、目の前の人はまた口を抑えて笑っているようだった。

 店主のその表情に、久遠は自分が今まですっかり料理にがっついてしまっていたことを自覚する。

 気まずくなって目を逸らした。しかし、咀嚼している口の中は相変わらず本当に美味しい味でいっぱいだ。

「案外元気に食べんなぁ。さっきまで死にそうな顔してたけど」

 可笑しそうに笑われてしまい良い気分はしないが、美味しいご飯を頂いている手前、分かりやすく不快感を表には出せない。

 肉肉しさを保ったミートボールは表面が焼かれていることで肉汁が閉じ込められ、噛んだ瞬間口の中で肉の旨みと胡椒の香りが混ざり合う。そこに絡んでくるクリームソースは、コク深くて自然な甘みがあって、しかし決してくどくはない。
 口の中でご飯と一緒になると本当に美味しくて、口の中にたくさん詰め込んでしまいたくなる。けれど、また目の前の人に笑われてしまうだろうから落ち着いて食べ進めるよう意識する。

「ケーニヒスベルガー・クロプセ一」

 突然目の前の人が呪文を唱えたので驚いた。
 何を言い出すんだとまた視線を合わせると、頬杖をついた店主がランチボックスを指さしてまた同じ呪文を唱えた。

「この料理の名前。ケーニヒスベルガー・クロプセ一。ドイツの家庭料理だよ。つっても、日本人の舌に合うように全然レシピ変えちゃってるから別モンだけどね」

 ワーキングメモリーの敗北、復唱すら出来そうにない料理名だ。

「ドイツ料理屋さんなんですか?」

 久遠の問いかけに店主は首を振る。

「いんや、そういうわけじゃない。多国籍料理屋って感じ?作りたいもの作ってる」

 呪文のような名前のこの料理を、この人はどうやって知ったのだろうか。久遠が知らないだけで、料理人には有名な料理なんだろうか。
 久遠と大して歳が変わらないように見えるのに、店主の背景に広い世界が見えたような気がした。

「いつもここでキッチンカー出してるんですか?」

 大事に味わっていた "なんちゃらプセー" をこくんと飲み込み、久遠は尋ねた。

「まあね。あでも週3。土日はまた別んとこで仕事してる」

 たしかに、土日にこのオフィス街で出店しても客は望めないだろう。

「そっちは?ここの新人?」

 今度は店主が、今久遠がでてきたオフィスビルのてっぺんを指さしながら聞いてきたので、口元を拭きながら「はい」と答える。

「名前はなんて言うの?」

「小島…です」

「下の名前は?」

「久遠」

「へぇー、前にも来てくれたことある?」

 久遠が首を振ると、店主は予想外だとでも言うように眉を上げた。

「あれ、そう?なんか前にも来てくれてた気がしてたわ」

 もしかして今日の対応は、お得意さんと勘違いしてサービスしてくれたのだろうか。だとしたら申し訳ない。

「まいいや。俺は霧山きりやま かい。よろしく」

 霧山と名乗った店主は、余裕のある笑みを浮かべて右手を差し出してきた。それに久遠も応えて握手をしながら、霧山の整った顔をつい観察してしまう。

 少し切れ長の目に、笑うと浮かぶ涙袋。やや濃いめの顔だけれど、泣きぼくろも、幅の広い大きな口も、なんとなくいたずらっ子な印象を与える。
 髭があるせいで年齢不詳だけど、肌は笑い皺以外はシワひとつないし、若々しくツヤがある。
 白いシャツの袖はまくられていて、少し日に焼けた、逞しい腕が見えている。
 どこがで見た顔のような気がするのは、テレビのタレントに似ている人がいるからだ。
 この顔で料理が出来るなんて、女の人がほっとかなかっただろうなぁ、なんて邪推もしてしまう。

「久遠ちゃんがよければさ」

 霧山の薄い唇を見ている時に、急にそれが自分の名前を紡いだのでびっくりした。久遠ちゃん?

「これからもうちの試食担当になってよ」

 霧山の提案は、2週に一度は試作を作っているから、その時に味見を頼めないかということだった。

 申し出は唐突だし、人選もよくわからないし、久遠にはあまり自身がない。
 料理に明るいわけでも、役立つコメントを出せるイメージもない。

 そう思って久遠が答えかねていると、霧山はまた可笑しそうに口角をあげる。

「そんな難しく考えないで。俺は、お客さんに出す前に試験的に出して客観的な反応見たいだけ。一人で作ってるうちにどんどん日本人向けの味から離れていく時があるから。……そんで、久遠ちゃんは久遠ちゃんで、美味しいメシ食べて元気になれる」

 この人が自分の名前を口にするのがくすぐったい。

 ふと、霧山と久遠の手は握手をしている状態のままだったことに気がつき、久遠はさっと手を引いた。

「元気なさそうに見えてましたか」

「そりゃね。なんか青白いのが来たな……と思った。そしたらお腹鳴らすから、人間だなーって思って笑えちゃって」

 メニューを見て腹の虫が鳴ったあの時の久遠をまた思い出しているのか、霧山はニヤけている。

「でも今の久遠ちゃんはある程度大丈夫になった。そうでしょ?」

 腕を組んだ霧山は、久遠の顔を覗き込むようにして聞いた。霧山の瞳に、真っ青な空と、それを突き破るオフィスビルが反射して見えた。

「俺の料理食べて元気になったでしょ」

 お伺いではなく断定だった。
 自信満々な霧山の発言に促されて、久遠の顔も緩む。

「俺は試食してもらう。久遠ちゃんはここで元気をもらう。ウィンウィンだと思うけど」


 こうして、久遠は会社の中で少し特別なサードプレイスを手に入れたのだった。
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