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第一章
30話:飲み込んだ言葉
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昼休みを終えてオフィスに戻ると、空調の涼しい風が火照った頬を冷やしてくれた。
歯磨きを終えてデスクに座り、PCを立ち上げたところで、後ろから名前を呼ばれる。
「小島さん」
何年も前から耳馴染みのある声に話しかけられ、びくりと肩が跳ねた。
振り返ると、神永が立っていた。
「昨日の件だけど」
"昨日"。
喉が固くなる。
脳裏にあの距離、あの至近距離で2人で固まった時間が一気に蘇ったからだ。
まさかあれを掘り返されるの……?そんなの、なんて言えば、
「スケジュール、大丈夫だった?当日の補佐の件」
「……え?……あっ」
頭の奥で固まっていた思考が、ぐにゃりと形を変えた。
あれは昨日、設営を終えて解散する時のことだ。タクシーで帰ればいいと言われたのを咄嗟に断ってしまい、駅まで一緒に向かった時のこと。
展示会当日も補佐をお願いできないかと打診され、久遠は二つ返事で了承したのだった。あまりの即答ぶりに、神永は若干心配そうで、『急にお願いしてしまったから、改めてスケジュール確認して、改めて返事をくれるかな』と猶予をくれたのだった。
あの時の久遠は壁ドンの後で、非常に動揺していて、正直神永に言われた内容をよくよく理解しないままに返事をしてしまっていた。ダブルブッキングもしかねない状態だったため、神永のその配慮は正しく、ありがたかった。
「無理があれば言ってほしい」
そ、そっちの話……!
羞恥が一気に押し寄せ、久遠は耳の先まで熱くなるのを自覚した。せっかく冷えてきていた体温がまた上がってしまう。
普通に考えれば、壁ドンのことなど神永の方から、しかもチームメンバーがいる場で話題に出すはずもない。動揺しすぎて正常な思考を失ってしまっていた自分が恥ずかしい。
「だ、大丈夫です。日にち確認しました。問題ないので補佐に入れます」
「そう。ありがとう。助かる」
軽く息を吐いたような声音だった。その安堵の響きに、久遠の胸の奥までじんわり波が広がる。
「じゃあ、その件はそれで」
神永が軽く会釈し、もう行くのだろうと思ったその時だった。
彼が少し言葉を探すように視線を伏せ、口を開く。
「あのさ、さっき──」
「……?」
久遠は条件反射で息を呑む。
神永は何かを言いかけて、しかしほんの一瞬の迷いの後、それを飲み込むように小さく首を振った。
「いや、なんでもない。また」
短くそう告げて、神永は足早にデスクへ戻っていった。
取り残された久遠は、胸の中を変なざわめきが占めるのを感じる。
……何を言おうとしたの?
「さっき」と言われて連想することが多すぎる。
昼休み前のやり取りかもしれないし、ただの業務連絡を思い出しただけかもしれない。
――まさか、さっき目が合ったこと?
あの時、神永とキッチンカーの距離は遠かった。だから、神永からは久遠が認識できているはずもないのに、そんなことを考えてしまった。
神永のことになると、冷静さを欠いたあまりにも自由な拡散的な思考が活性化されてしまう。勘弁して欲しい。
久遠は自分のあほらしさに深く息を吐き、気持ちを整えるように手元のマウスを握った。
昼休みを終えてオフィスに戻ると、空調の涼しい風が火照った頬を冷やしてくれた。
歯磨きを終えてデスクに座り、PCを立ち上げたところで、後ろから名前を呼ばれる。
「小島さん」
何年も前から耳馴染みのある声に話しかけられ、びくりと肩が跳ねた。
振り返ると、神永が立っていた。
「昨日の件だけど」
"昨日"。
喉が固くなる。
脳裏にあの距離、あの至近距離で2人で固まった時間が一気に蘇ったからだ。
まさかあれを掘り返されるの……?そんなの、なんて言えば、
「スケジュール、大丈夫だった?当日の補佐の件」
「……え?……あっ」
頭の奥で固まっていた思考が、ぐにゃりと形を変えた。
あれは昨日、設営を終えて解散する時のことだ。タクシーで帰ればいいと言われたのを咄嗟に断ってしまい、駅まで一緒に向かった時のこと。
展示会当日も補佐をお願いできないかと打診され、久遠は二つ返事で了承したのだった。あまりの即答ぶりに、神永は若干心配そうで、『急にお願いしてしまったから、改めてスケジュール確認して、改めて返事をくれるかな』と猶予をくれたのだった。
あの時の久遠は壁ドンの後で、非常に動揺していて、正直神永に言われた内容をよくよく理解しないままに返事をしてしまっていた。ダブルブッキングもしかねない状態だったため、神永のその配慮は正しく、ありがたかった。
「無理があれば言ってほしい」
そ、そっちの話……!
羞恥が一気に押し寄せ、久遠は耳の先まで熱くなるのを自覚した。せっかく冷えてきていた体温がまた上がってしまう。
普通に考えれば、壁ドンのことなど神永の方から、しかもチームメンバーがいる場で話題に出すはずもない。動揺しすぎて正常な思考を失ってしまっていた自分が恥ずかしい。
「だ、大丈夫です。日にち確認しました。問題ないので補佐に入れます」
「そう。ありがとう。助かる」
軽く息を吐いたような声音だった。その安堵の響きに、久遠の胸の奥までじんわり波が広がる。
「じゃあ、その件はそれで」
神永が軽く会釈し、もう行くのだろうと思ったその時だった。
彼が少し言葉を探すように視線を伏せ、口を開く。
「あのさ、さっき──」
「……?」
久遠は条件反射で息を呑む。
神永は何かを言いかけて、しかしほんの一瞬の迷いの後、それを飲み込むように小さく首を振った。
「いや、なんでもない。また」
短くそう告げて、神永は足早にデスクへ戻っていった。
取り残された久遠は、胸の中を変なざわめきが占めるのを感じる。
……何を言おうとしたの?
「さっき」と言われて連想することが多すぎる。
昼休み前のやり取りかもしれないし、ただの業務連絡を思い出しただけかもしれない。
――まさか、さっき目が合ったこと?
あの時、神永とキッチンカーの距離は遠かった。だから、神永からは久遠が認識できているはずもないのに、そんなことを考えてしまった。
神永のことになると、冷静さを欠いたあまりにも自由な拡散的な思考が活性化されてしまう。勘弁して欲しい。
久遠は自分のあほらしさに深く息を吐き、気持ちを整えるように手元のマウスを握った。
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