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第一章
67話:來が明かす神永のヒミツ
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翌朝、目が覚めた瞬間に思った。
神永一織と、ちゃんと話そう。
こういうのは勢いが肝心だ。またあれこれ考え始めたら、きっとまた防衛モードに入ってしまう。霧島に言われて火がついたままに行動しないと、また恥ずかしい自分に舞い戻る。
昨日の記憶はまだ鮮明に再生出来る。霧島の声のトーンも、店前の心地よく冷んやりとした空気も、はっきり覚えている。――何度も再生する。神永とちゃんと話すと決意した気持ちが鎮火しないように。
洗面所の鏡に映る久遠の目元は、少しだけ腫れていた。昨日泣いて、思い切り目を擦ったのだからしょうがない。冷凍庫から保冷剤を取り、目に当てた。
会社に行く準備をしながら、シミュレーションする。
朝は時間がないから、話しかけない。午前の仕事が終わって昼休みに入ると同時に、チーム長のデスクへ行く。時々、彼は足早にコンビニへ向かってしまうから、それを逃さないように。
彼の気持ちはどんなものなのか。それを聞くのは、こちらを向いている弓矢に自分から抱きつきにいくようなものだ。怖くないわけがなかった。本当は避けたい。けれど、私はもう十分逃げた。逃げていい分際でもなかったのに。
清々しいような、吹っ切れたような。やる気がみなぎっている。これがなぜなのか、自分でもよく分からなかった。
早く当たって砕けて、神永との腫れ物のようになっている過去の関係性に蹴りをつけたいというのが、正直な気持ちなのかもしれない。それも自己満足といえば自己満足。けれど、彼女持ちの人に密かに期待し続ける存在を終わることが出来るのなら、それは、向こうのカップルにとっても良いことなんじゃないか、という正当化はできる。
当然、好きだと告白するつもりなんかじゃない。彼女持ちの人にそんなことしたって、誰も幸せにならない。ただ、自分に対する率直な気持ちを聞いて、その罰を享受し、誠心誠意謝りたいのだ。そういう気持ちになったのだ、今は。霧島のおかげで。
シューズボックスの上に保冷剤を放って、鍵を取り、玄関を出た。
その時、何やら気にかかるものが視界に入った。郵便受けだ。いつもはほとんど何も入っていない郵便受けに、模様のついた封筒のようなものが挟まっているのが見えた。
「……?」
帰宅してから見てもよかったが、なんとなく気になったので取り出した。宛先が書かれた筆跡は荒く、筆圧が強い。明らかに子どもの字だった。
まさか……と思って裏返すと、そこには來の名前があった。
そう、先々週の伊豆出張で久遠が担当させてもらったあの少年だ。口が悪くて、ぶっきらぼうで、でも最後には『久遠が東京戻ってもさ。手紙とか、出してもいいの?』と確認してくれた男の子。
まだ10日ほどしか経っていないのに、手紙を送ってくれたのだ。
久遠ははやる気持ちで指先で封を開けそうになったが、いやいやと思いとどまってバッグからペンケースを取り出す。そこに入ったペン型のハサミを浸かって丁寧に端を切り、中から便箋を取り出した。
ところどころ字がはみ出しているほど大胆に書かれた小学生男児の筆跡が可愛らしい。
最初の一行を読んで、くすっと笑みがこぼれる。
『久遠へ
ヒマつぶしに、早速手紙を書くことにしました。
あの時は、ヘタなおりがみ見せてくれてありがと。オレが器用だってことを自分でも知ることができたので、よかったです。
アプリも、ふつうに役に立ってます。母親も、アプリの人にありがとうって伝えといてと言ってました。
オレは、久遠が帰って、けっこうヒマです。ちりょうは安定してます。だから退屈です。久遠がいてくれたからけっこう楽しかったんだなって、今思いました。だから、ありがとう。
來』
來らしい強がった言葉が続いたのに、最後には素直に感謝のメッセージが書かれていて驚いた。可愛らしくて、1人でにやけてしまう。
1枚目はそこで終わっていたが、便箋はよく見ると2枚重なっているようだった。めくって見てみる。
『P.S. ほんとはヒミツなんだけど、久遠に教えてあげる。オレとあのお兄ちゃんが何話してたか。
「困ったことに、高校の時から好きな人が変わらないんだ」って言ってたよ。おもしろかったから、今度、からかってみて』
最後に悪魔のようなイラストが添えられていて、そこで追伸文は終わっていた。
しばらく、その便箋を見つめたまま動けなかった。
――高校の時。好きな人。
それが誰なのかなんて、考える必要もない。そんなわけないと自分を落ち着かせようとする自分と、否定する材料がないと焦る自分とが頭の中でせめぎ合う。
そこへ、霧島の言葉が重なる。
『久遠の話聞いてると、"久遠が決めた"神永の気持ち、しか出てこない。あいつの気持ち、実際に聞いて確かめたことある?』
もし、もしも、自分が考えてきたことが全部勘違いだったらどうしよう。
今まで自分で勝手に決めてきた答えが、音を立てて崩れていく。
嫌われていると思っていた。迷惑がられていると思っていた。でもそれは、直接確認したわけじゃない。久遠が決めた神永の思いだった。
腕時計を見ると、出勤までまだ少し余裕があった。
けれど、胸の奥が落ち着かない。じっとしていられない。足が勝手に動き出す。
――聞かなきゃ。
自分で決めつけるのは、もう終わりにしたかった。たとえ、どんな答えが返ってきても。
翌朝、目が覚めた瞬間に思った。
神永一織と、ちゃんと話そう。
こういうのは勢いが肝心だ。またあれこれ考え始めたら、きっとまた防衛モードに入ってしまう。霧島に言われて火がついたままに行動しないと、また恥ずかしい自分に舞い戻る。
昨日の記憶はまだ鮮明に再生出来る。霧島の声のトーンも、店前の心地よく冷んやりとした空気も、はっきり覚えている。――何度も再生する。神永とちゃんと話すと決意した気持ちが鎮火しないように。
洗面所の鏡に映る久遠の目元は、少しだけ腫れていた。昨日泣いて、思い切り目を擦ったのだからしょうがない。冷凍庫から保冷剤を取り、目に当てた。
会社に行く準備をしながら、シミュレーションする。
朝は時間がないから、話しかけない。午前の仕事が終わって昼休みに入ると同時に、チーム長のデスクへ行く。時々、彼は足早にコンビニへ向かってしまうから、それを逃さないように。
彼の気持ちはどんなものなのか。それを聞くのは、こちらを向いている弓矢に自分から抱きつきにいくようなものだ。怖くないわけがなかった。本当は避けたい。けれど、私はもう十分逃げた。逃げていい分際でもなかったのに。
清々しいような、吹っ切れたような。やる気がみなぎっている。これがなぜなのか、自分でもよく分からなかった。
早く当たって砕けて、神永との腫れ物のようになっている過去の関係性に蹴りをつけたいというのが、正直な気持ちなのかもしれない。それも自己満足といえば自己満足。けれど、彼女持ちの人に密かに期待し続ける存在を終わることが出来るのなら、それは、向こうのカップルにとっても良いことなんじゃないか、という正当化はできる。
当然、好きだと告白するつもりなんかじゃない。彼女持ちの人にそんなことしたって、誰も幸せにならない。ただ、自分に対する率直な気持ちを聞いて、その罰を享受し、誠心誠意謝りたいのだ。そういう気持ちになったのだ、今は。霧島のおかげで。
シューズボックスの上に保冷剤を放って、鍵を取り、玄関を出た。
その時、何やら気にかかるものが視界に入った。郵便受けだ。いつもはほとんど何も入っていない郵便受けに、模様のついた封筒のようなものが挟まっているのが見えた。
「……?」
帰宅してから見てもよかったが、なんとなく気になったので取り出した。宛先が書かれた筆跡は荒く、筆圧が強い。明らかに子どもの字だった。
まさか……と思って裏返すと、そこには來の名前があった。
そう、先々週の伊豆出張で久遠が担当させてもらったあの少年だ。口が悪くて、ぶっきらぼうで、でも最後には『久遠が東京戻ってもさ。手紙とか、出してもいいの?』と確認してくれた男の子。
まだ10日ほどしか経っていないのに、手紙を送ってくれたのだ。
久遠ははやる気持ちで指先で封を開けそうになったが、いやいやと思いとどまってバッグからペンケースを取り出す。そこに入ったペン型のハサミを浸かって丁寧に端を切り、中から便箋を取り出した。
ところどころ字がはみ出しているほど大胆に書かれた小学生男児の筆跡が可愛らしい。
最初の一行を読んで、くすっと笑みがこぼれる。
『久遠へ
ヒマつぶしに、早速手紙を書くことにしました。
あの時は、ヘタなおりがみ見せてくれてありがと。オレが器用だってことを自分でも知ることができたので、よかったです。
アプリも、ふつうに役に立ってます。母親も、アプリの人にありがとうって伝えといてと言ってました。
オレは、久遠が帰って、けっこうヒマです。ちりょうは安定してます。だから退屈です。久遠がいてくれたからけっこう楽しかったんだなって、今思いました。だから、ありがとう。
來』
來らしい強がった言葉が続いたのに、最後には素直に感謝のメッセージが書かれていて驚いた。可愛らしくて、1人でにやけてしまう。
1枚目はそこで終わっていたが、便箋はよく見ると2枚重なっているようだった。めくって見てみる。
『P.S. ほんとはヒミツなんだけど、久遠に教えてあげる。オレとあのお兄ちゃんが何話してたか。
「困ったことに、高校の時から好きな人が変わらないんだ」って言ってたよ。おもしろかったから、今度、からかってみて』
最後に悪魔のようなイラストが添えられていて、そこで追伸文は終わっていた。
しばらく、その便箋を見つめたまま動けなかった。
――高校の時。好きな人。
それが誰なのかなんて、考える必要もない。そんなわけないと自分を落ち着かせようとする自分と、否定する材料がないと焦る自分とが頭の中でせめぎ合う。
そこへ、霧島の言葉が重なる。
『久遠の話聞いてると、"久遠が決めた"神永の気持ち、しか出てこない。あいつの気持ち、実際に聞いて確かめたことある?』
もし、もしも、自分が考えてきたことが全部勘違いだったらどうしよう。
今まで自分で勝手に決めてきた答えが、音を立てて崩れていく。
嫌われていると思っていた。迷惑がられていると思っていた。でもそれは、直接確認したわけじゃない。久遠が決めた神永の思いだった。
腕時計を見ると、出勤までまだ少し余裕があった。
けれど、胸の奥が落ち着かない。じっとしていられない。足が勝手に動き出す。
――聞かなきゃ。
自分で決めつけるのは、もう終わりにしたかった。たとえ、どんな答えが返ってきても。
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