【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影

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第二章

90話:二人を結ぶ形①

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 2人はカフェを後にし、通りを再び歩き始めた。

 彼はカフェを出る際に一度地図アプリを確認しただけで、それからは迷いなく歩き進めていた。それもそのはず、目的地はカフェと同じ通りにあり、直進して5分ほどで着いたのだった。

 辿り着いたのは、白を基調とした小さなお店だった。植え込みの淡い緑によって、都会の喧騒と分離されたかのようにひっそりと佇んでいる。
 ガラス張りの外観からは、清潔感を感じるこざっぱりとした内装と、窓の外に広がる鮮やかな新緑が反射して見えた。

 久遠の視界に飛び込んできたのは、洗練された真っ白なディスプレイ台。そこに並んでいるのは――恐らくアクセサリーだ。

「着いた」

 神永は驚いている久遠の背中にそっと手を添え、優しく店へと促した。 

 入り口の足元に置いてある看板に書いてある文字を目で辿る。アルファベットで書かれた店名と、その下には『ペアリング ¥1,3200~』と書かれている。

「指輪……?」

 隣の神永の顔を窺うと、はにかんで頷いた。

 彼が今日見に来たかったものはこれなのか。

 あまりに急激に進む展開への戸惑いの最中、神永が久遠の手を取って扉を開ける。作業台に座っていた30代半ばの女性店員が2人に気づき、「こんにちは」と声をかけてくれた。

 50センチ角ほどの真っ白なディスプレイ台が6つほど整列していて、あとは木目調の作業台の他は何も置かれていないシンプルな店内。

 大きな窓から差し込む光が、ディスプレイされたペアリングの曲線をなぞり、光沢をいっそう気高く際立たせている。店に並べられているリングの数は決して多くなく、だからこそ、それぞれのリングたちが誇らしげに並んでいるように見えた。

 とても綺麗だった。――けれど、久遠の心は、期待よりも先に強い緊張に支配されていた。

 久遠の心の中には、まだ残滓として残っている。8年間自分を許さずに過ごしてきた12時間ほど前までの久遠が。その存在が、この展開に追いつくことを許さないように、足を引っ張っていた。――こんな幸せを享受していいと思っているのか、と。

 それに、今日一日で既に貰いすぎている。身に余る服をプレゼントしてもらって、さらにランチまでご馳走になったのだ。これ以上の買い物なんて――ましてやそれが、ジュエリーという高価な物なら、彼の負担になってしまう。

 ここへ連れてきてくれた彼の気持ちは、本当に嬉しい。それなのに、その好意を素直に受け取れる器量がない。

 そんな複雑な思いを言葉にできず黙っている久遠に気づいてか、神永は、久遠の手を握っている手を少し引くようにして久遠に話しかけた。

「急にこんなの、焦ってると思われるかもしれないけど……欲しくなっちゃって」

 彼が珍しく、少し照れたように言う。

「こういうのがあったら俺たち、なんか安心できるんじゃないかなと思って。2人を繋ぐなんらかの形があったら、昔みたいにマイナスに突っ走らずに済むでしょ?少しは」

 久遠の混乱した気持ちを落ち着けるように、いつもの穏やかな口調で話してくれる。

「形……」

「うん。久遠を安心させたい。……っていうか、俺が繋ぎ止めたいだけだけど」

 神永は久遠の右手を取ると、薬指の根元をそっと掴んだ。久遠は、自分の手なんて簡単に包み込めてしまうほど大きな彼の手の薬指と、今彼に掴まれている自分の薬指を見比べる。

「そんな高価なものじゃないし、プレゼントさせてくれないかな」

 ここに並んでいるペアリングの相場は、1万3千から2万円ほどだった。たしかに目が飛び出るほどの価格ではない。けれど、それでも片方の負担で贈ってもらってしまうのは気が引ける。

「一織くんがそうやって思ってくれて、すごく嬉しい。でも……お互いに贈り合うっていうのはどうかな?」

 今となっては慣れないタメ口で提案してみる。

 彼とお揃いのものを、しかも、特別な意味のあるものを持つことができるなんて、まだ夢の世界ですら見たことのない幸福だ。ただ、ペアリングの出費を神永側だけの負担にすることを了承してしまうのは、あまりにも居心地が悪かった。

「うーん……それでもいいけど、久遠はいいの?俺があげたいだけなのに?」

「いっ、一織くんだけじゃない!私も、欲しいし、贈りたい」

 誤解を生まないために慌ててそう言うと、神永は困ったように笑った。

「ほんと?よかった。まあ、それは後で考えるとして、ちょっと見てみない?――もしここで気に入るのがなければ、他のところ見に行ってもいいし」

 後半は、久遠の耳元で囁くように言った。彼はただ店員に聞こえないよう配慮しただけなのに、耳元で囁かれると身体が反応してしまい、腰がくすぐったくなる。

 優しく促され、久遠もそばにあったディスプレイを覗き込んでみる。

 この店のデザインは、驚くほど久遠の好みにぴったりだった。派手なものはなくて、控えめで慎ましいデザイン。自分で調べてこの店に来たんだっけと記憶が書き換えられそうになるほど、好みのセンスだった。

「このお店は知ってたんですか?……違う、知ってたの?」

 リングを眺めていた神永に尋ねてみる。敬語になってしまった瞬間を彼にカウントされたらどうしようと一瞬冷や汗をかいたけれど、彼はただ首を振るだけで、気にしていない様子だった。

「調べたんだ。今朝」

「今朝?いつ」

 彼がそこまでネットと睨めっこしていた様子は目にしていない。

「久遠がお風呂入ってた時。表参道なら色々お店あるかなーって調べてみて、で、久遠が好きそうな雰囲気のところ見つけたんだ」

 ここ、と示すように、神永は人差し指で床を指す。

 それを聞いて、久遠は今朝のことを思い出した。

 朝食をとって、スマホを確認するために寝室に移った後。ありすの名前についての久遠側の誤解が明らかになって、彼は久遠を抱きしめ、お出かけを提案してくれた。
 その後彼は、『皿洗いはしておくから久遠はお風呂使って』と勧めてくれたのだ。彼は、当然遠慮する久遠をより強く抱きしめ、『温まりたいかなと思って、久遠が起きる前にお風呂沸かしておいたんだ』と、脱帽してしまうような優しさを浴びせてくれたので、久遠はお言葉に甘えて入浴した。

 神永は、その隙にペアリングを買えるお店をリサーチし、目星をつけてくれていたのだ。

「すごい……ありがとう。どうして私の好みこんなに分かってるの?」

 それは純粋な問いだったが、彼は誉め言葉として捉えたようで、少し得意げに眦を下げただけだった。

 リングを見ていると、どれも可愛くて目移りしてしまう。シルバー、イエロゴールド、それから、久遠が好きなピンクゴールドのものもあった。繊細な細さで健気なデザインのそれらを自分の指にはめてみたいと思うし、それ以上に、彼の指に似合いそうだと想像する。彼の、透明感があって絹のようなのに、男らしく骨ばっている、あの指に。

 ――だけど。

 ペアリングを贈りたいと言ってくれるのは嬉しい。とても嬉しい。けれど、それに二つ返事で喜んでしまったら、彼の瞳に強欲な女に映らないだろうか。
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