【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影

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第二章

89話:カフェランチ③

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 テーブルを照らしている柔らかな陽光、口に広がる甘み、そして、食事の合間に何度も向けられる神永の温かなな視線。戸惑ってしまうほど、そのすべてが久遠を甘やかし、まるで白昼夢の中にいるような錯覚に陥らせる。

 そんな心地よいな静けさを先に破ったのは、神永だった。

「じゃあですけど」

 久遠はつい吹き出しそうになる。神永が口にしたのは、さっき久遠が唐突に口火を切った時と同じイントロダクションだ。

「ふふっ、なんでしょう」

 神永の茶目っ気に思わず口元が緩んでしまう。久遠もナイフとフォークを置いて聞き返すと、彼は続けた。

「なんで君はずっと敬語なんですか?」

 一瞬何を言われたのか分からず、久遠はぽかんとした顔で神永を見た。

 ……たしかに。

 病院で出会い、高校で恋人になった2人は当然のようにタメ口で話してきた。先輩後輩というしがらみのない場所で育まれた関係なので、当時は一度も敬語を使ったことはない。

「しばらく様子見てたんだけど……一向に変わらないみたいだから」

 神永が肩を竦める。

 8年間の空白の後、再会してしまったオフィスではその関係性をなかったことにして上司と部下の距離を保ってきた。その癖が、昨日の今日ではまだ抜けていない。

「寂しいな。そうやって距離作られると、ずっと上司と部下みたいで」

 神永はわざとらしく眉根を寄せた。

「距離作ってなんかっ……」

 端正な横顔に影が落ちるのを見て、久遠は胸が締め付けられて閉口した。策士な神永の表情管理に騙されて、久遠は弁明する。

「そんなつもりじゃないんです、本当に」

「じゃあ、敬語やめて?」

「んん……」

 言葉に詰まり、視線を彷徨わせる。すると、視界にサンドイッチが入り込んできた。神永が自分のサンドイッチを手に取り、久遠の唇のすぐ先まで差し出している。一口どうぞという意味らしい。

「あ、ありがとうございます。……自分でいただきます」

 手で受け取ろうと差し出した久遠の指は、神永がサンドイッチをヒョイと引っ込めたので空を切った。

「えっ」

「あーんしてあげる」

「え!?い、いいです! ここお店ですし……!」

 25歳と26歳の男女が、表参道の窓際席でその所業。そんなの、羞恥心の拷問でしかない。何より、この美術品のような美貌を誇る相手に、口を開けた間抜けな顔を晒すなどありえない。

 神永は無言で首を振り、面白そうに目を細めた。

「タメ口にしてくれないなら、このまま強制あーんだけど、いいの?」

「……っ!」

 逃げ場のない選択肢を突きつけられ、久遠のキャパシティは限界を迎える。後退を許さない神永の瞳、目の前のサンドイッチ。

 天秤にかけるまでもなく、久遠はギュッと目を瞑り、最後の手札を切った。

「自分で食べるっ……!」

 自分でも驚くほど子どもっぽい、けれど確かなタメ口が出た。頬が、ぽかぽか熱気を帯びていく。そんな久遠を見て神永は満足げに微笑み、いつになく甘々な声で許してくれた。

「うん、可愛いね。たくさん食べな」

 そう言って手渡されたサンドイッチを、久遠は逃げるように口に運ぶ。――美味しい。美味しいけど、注がれている視線で注意が散って味覚が半分麻痺しているような気がする。

「今後も敬語使っちゃったらそうだな……何か罰ゲーム決めておこうか」

 神永は、いたずらが成功した子供のような、あるいは獲物を追い詰める捕食者のような口調で続けた。

「い、いらない」

「わかった。場所がどこであれ、久遠からキスするとか」

「な……っ」

 久遠のNOにはどこ吹く風で、あっさりと提案されてしまった。

 冗談なのか、それとも本気で遂行するつもりなのか、彼の表情では分からなかった。どちらにせよ想像してしまった久遠は、ただ真っ赤な顔をして残り僅かなサンドイッチをお返しする。

 神永はそれを食べ切ってしまうと、言った。

「久遠。俺、このあと行きたいところがあるんだ」

「ん?どこ?」

 久遠の皿のパンケーキももうほとんど残っていない。

「ここから5分のところにあるみたい。付き合ってくれる?」

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