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第二章
91話:二人を結ぶ形②
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「一織くん、」
お金はそれぞれ二人で出し合わないかともう一度提案するために、少し離れた台のリングを見ていた彼に話しかけに行こうとした。その時だった。指のサイズを測る準備をしていた店員が、目が合ったと思うと、そっと久遠に手招きした。
なんだろうと思い、彼女がいる作業台に近づく。すると、店員はこっそりと久遠に耳打ちした。
「リングを見に行きたいと言われたのは、彼氏さんの方ですか?」
「え?」
急に問いかけられて、間の抜けたようなリアクションをしてしまう。
店員は、緩んでしまう頬を堪えるように、体の前で組んでいる両手に力を込めながら言った。
「あんなに嬉しそうにペアリングをご所望される男性……とっても珍しいので」
呼ばれた意図がまだ掴めず、久遠は緊張したまま店員を見つめ返す。
「基本的には、女性側が憧れて、男性はそれに付き添う……という形が多いんです。ですがお客様の場合は、彼氏さんの方が率先してご入店されたので、つい」
狭い店内で声が神永に聞こえてしまわないようにと、かなり声のトーンを抑えているみたいだ。けれど、ところどころ興奮が声に乗るように漏れてしまっている。
「それから……お客様の容姿のことを言うなんて、マナー違反だと理解しているのですが……どうしても……」
店員は遠慮がちに目を伏せたが、意を決したように久遠の目を見た。
「彼氏さん、本当に整った方ですね」
「えっ」
予測できなかったコメント。久遠は、素っ頓狂な声が出そうになって慌てて手で口を覆った。彼の容姿を褒められて久遠が謙遜するのは違う気がするが、堂々と肯定するのも難しく、「あ、ん、は、はい」と間抜けな相槌を打つ。
"整った方"と褒められて、つい目線を本人に向ける。彼は今、作業台から最も離れているリングを眺めていた。ディスプレイの白さの反射が、真剣な表情をしている彼の顔に、神秘的な艶を与えているように見える。
彼の横顔は、本当に美しい。正面から見た時は目立たない印象の鼻は、横から見るとその高さに驚くし、その下に続く控えめな薄さの赤い唇から顎、そして喉仏までのラインは、三次元の人間のものとは思えないほどバランスがいい。肌が骨にぴたりと張り付いているように引き締まったフェイスラインは、ディスプレイを見下ろした角度でも全くもたつくところがない。彼の造形の美しさは、久遠も何度見たって慣れることがなかった。
「そんな方にこんっなにも愛されているなんて、お客様も素敵な人なんでしょうね。お二人を見ていて、私まで幸せな気持ちになってしまったので、伝えたくなっちゃって」
こんなにも、の部分に力を込めて言った店員は、相変わらず大きな声になってしまわないようにと声を潜めている。
「そ、そんな」
「本当に不躾に、失礼いたしました。お客様もぜひ、ごゆっくりご覧になって行ってくださいね」
店員の朗らかな笑顔を受けて、久遠は頬を染めながら感謝を伝えた。
きっと彼女は、ここへ連れてきてもらっている久遠が戸惑っているのを見て、気を緩めるために話しかけてくれたのだろう。
もう一度神永の方を見る。ディスプレイを移っていた神永もこちらの視線に気づいて、それまでの真剣さを緩め、ふわりと笑いかけてくれた。
店員の目から見ても、彼が幸せそうに見えたのだ。
店員がそれを伝えてくれたことで、久遠は、またやってしまった、と気がついた。
相手にどう思われているかを気にして、本人の気持ちに直面化することを恐れ、大切な人の本当の気持ちを蔑ろにする。
これを何度も繰り返してきた自分を反省したばかりだったのに、自分はまた、同じことをしていた。
彼の好意を負担と捉えて、今彼が久遠に望んでいることを取り違えていたのだ。
彼が今久遠に望んでいることは、同じ方向を向いて笑い合うことだけだったのに。素直に喜ぶ姿を見ることが、きっと彼の幸せなのに。
久遠の、誰のためにもなっていない遠慮が、春の雪のように静かに溶けていくのがわかった。
彼がそこまで望んでくれているのなら。自分も、同じ熱量で応えたい。
「一織くん」
話しかけて、彼のそばへ近寄る。
「うん?」
「あの、ありがとう」
唐突な久遠のお礼に、一拍置いて神永が困ったように笑った。
「ふふ、どうしたの」
顔は赤くなるのを感じたけれど、それでも続ける。
「指輪を贈りたいと思ってくれて、お店を探してくれて、ありがとう。私今、本当に嬉しい」
自分の気持ちを言葉にして伝えるというのは、こんなに恥ずかしいことだったっけ。
久遠が慣れていないことをしたために、言われた神永も少し目を丸くしている。
「本当?」
「うん。……ここへ連れてきてもらっても、私がすぐにうまく反応できかったの、一織くんも気づいてたよね。でも、嬉しくなかったわけじゃないの!それだけは、全然違うの。ただ……また一織くんに払ってもらってしまうのが申し訳ないなって気持ちが、先に出ちゃっただけなの」
客は一織と久遠だけの狭い店内で、声が響きすぎないように抑える。神永は、そんな久遠の言葉を聞くために、少しだけ身をかがめてくれた。
「けど、一織くんは私に申し訳なさそうにしてほしいわけじゃなかったよね。私がまた、勝手にぐるぐる考えたせいで、もし、一織くんを不安にさせてたらごめんなさい。……私に似合うもの、一緒に選んでくれる?」
神永の目を見ると、耳を傾けてくれている体勢の神永と思いのほか顔が近くて内心驚いた。
それ以上に驚いているのは神永の方で、普段と違って素直に気持ちを打ち明け、そして素直に甘える久遠の様子に、言葉を失っている。けれどすぐに顔を綻ばせ、「もちろん」と答えてくれた。
「俺も、驚かせたくて相談もなしに連れてきてごめん。久遠なら遠慮しちゃうだろうなって分かってたのに」
神永が、首を振る久遠の頭にぽんと手を置いてくれた。次に、久遠の手を取り、繋ぐ。
「気持ちを話してくれてありがとう。2人で話し合いながら、ゆっくり選ぼうね」
お金はそれぞれ二人で出し合わないかともう一度提案するために、少し離れた台のリングを見ていた彼に話しかけに行こうとした。その時だった。指のサイズを測る準備をしていた店員が、目が合ったと思うと、そっと久遠に手招きした。
なんだろうと思い、彼女がいる作業台に近づく。すると、店員はこっそりと久遠に耳打ちした。
「リングを見に行きたいと言われたのは、彼氏さんの方ですか?」
「え?」
急に問いかけられて、間の抜けたようなリアクションをしてしまう。
店員は、緩んでしまう頬を堪えるように、体の前で組んでいる両手に力を込めながら言った。
「あんなに嬉しそうにペアリングをご所望される男性……とっても珍しいので」
呼ばれた意図がまだ掴めず、久遠は緊張したまま店員を見つめ返す。
「基本的には、女性側が憧れて、男性はそれに付き添う……という形が多いんです。ですがお客様の場合は、彼氏さんの方が率先してご入店されたので、つい」
狭い店内で声が神永に聞こえてしまわないようにと、かなり声のトーンを抑えているみたいだ。けれど、ところどころ興奮が声に乗るように漏れてしまっている。
「それから……お客様の容姿のことを言うなんて、マナー違反だと理解しているのですが……どうしても……」
店員は遠慮がちに目を伏せたが、意を決したように久遠の目を見た。
「彼氏さん、本当に整った方ですね」
「えっ」
予測できなかったコメント。久遠は、素っ頓狂な声が出そうになって慌てて手で口を覆った。彼の容姿を褒められて久遠が謙遜するのは違う気がするが、堂々と肯定するのも難しく、「あ、ん、は、はい」と間抜けな相槌を打つ。
"整った方"と褒められて、つい目線を本人に向ける。彼は今、作業台から最も離れているリングを眺めていた。ディスプレイの白さの反射が、真剣な表情をしている彼の顔に、神秘的な艶を与えているように見える。
彼の横顔は、本当に美しい。正面から見た時は目立たない印象の鼻は、横から見るとその高さに驚くし、その下に続く控えめな薄さの赤い唇から顎、そして喉仏までのラインは、三次元の人間のものとは思えないほどバランスがいい。肌が骨にぴたりと張り付いているように引き締まったフェイスラインは、ディスプレイを見下ろした角度でも全くもたつくところがない。彼の造形の美しさは、久遠も何度見たって慣れることがなかった。
「そんな方にこんっなにも愛されているなんて、お客様も素敵な人なんでしょうね。お二人を見ていて、私まで幸せな気持ちになってしまったので、伝えたくなっちゃって」
こんなにも、の部分に力を込めて言った店員は、相変わらず大きな声になってしまわないようにと声を潜めている。
「そ、そんな」
「本当に不躾に、失礼いたしました。お客様もぜひ、ごゆっくりご覧になって行ってくださいね」
店員の朗らかな笑顔を受けて、久遠は頬を染めながら感謝を伝えた。
きっと彼女は、ここへ連れてきてもらっている久遠が戸惑っているのを見て、気を緩めるために話しかけてくれたのだろう。
もう一度神永の方を見る。ディスプレイを移っていた神永もこちらの視線に気づいて、それまでの真剣さを緩め、ふわりと笑いかけてくれた。
店員の目から見ても、彼が幸せそうに見えたのだ。
店員がそれを伝えてくれたことで、久遠は、またやってしまった、と気がついた。
相手にどう思われているかを気にして、本人の気持ちに直面化することを恐れ、大切な人の本当の気持ちを蔑ろにする。
これを何度も繰り返してきた自分を反省したばかりだったのに、自分はまた、同じことをしていた。
彼の好意を負担と捉えて、今彼が久遠に望んでいることを取り違えていたのだ。
彼が今久遠に望んでいることは、同じ方向を向いて笑い合うことだけだったのに。素直に喜ぶ姿を見ることが、きっと彼の幸せなのに。
久遠の、誰のためにもなっていない遠慮が、春の雪のように静かに溶けていくのがわかった。
彼がそこまで望んでくれているのなら。自分も、同じ熱量で応えたい。
「一織くん」
話しかけて、彼のそばへ近寄る。
「うん?」
「あの、ありがとう」
唐突な久遠のお礼に、一拍置いて神永が困ったように笑った。
「ふふ、どうしたの」
顔は赤くなるのを感じたけれど、それでも続ける。
「指輪を贈りたいと思ってくれて、お店を探してくれて、ありがとう。私今、本当に嬉しい」
自分の気持ちを言葉にして伝えるというのは、こんなに恥ずかしいことだったっけ。
久遠が慣れていないことをしたために、言われた神永も少し目を丸くしている。
「本当?」
「うん。……ここへ連れてきてもらっても、私がすぐにうまく反応できかったの、一織くんも気づいてたよね。でも、嬉しくなかったわけじゃないの!それだけは、全然違うの。ただ……また一織くんに払ってもらってしまうのが申し訳ないなって気持ちが、先に出ちゃっただけなの」
客は一織と久遠だけの狭い店内で、声が響きすぎないように抑える。神永は、そんな久遠の言葉を聞くために、少しだけ身をかがめてくれた。
「けど、一織くんは私に申し訳なさそうにしてほしいわけじゃなかったよね。私がまた、勝手にぐるぐる考えたせいで、もし、一織くんを不安にさせてたらごめんなさい。……私に似合うもの、一緒に選んでくれる?」
神永の目を見ると、耳を傾けてくれている体勢の神永と思いのほか顔が近くて内心驚いた。
それ以上に驚いているのは神永の方で、普段と違って素直に気持ちを打ち明け、そして素直に甘える久遠の様子に、言葉を失っている。けれどすぐに顔を綻ばせ、「もちろん」と答えてくれた。
「俺も、驚かせたくて相談もなしに連れてきてごめん。久遠なら遠慮しちゃうだろうなって分かってたのに」
神永が、首を振る久遠の頭にぽんと手を置いてくれた。次に、久遠の手を取り、繋ぐ。
「気持ちを話してくれてありがとう。2人で話し合いながら、ゆっくり選ぼうね」
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