92 / 104
第二章
92話:二人を結ぶ形③
しおりを挟む
店内に並ぶいくつもの輝きの中で、2人の視線が吸い寄せられるように一点で止まった。
「……これ、綺麗」
差し出されたトレーの上で静かに光を放っていたのは、緩やかなV字のカーブを描くペアリングだった。男性用は、シンプルで潔い、知的な輝きを放つシルバー。女性用は、優しいピンクゴールド。
「本当だね。試させてもらおっか」
彼は店員の女性を呼んでくれ、2人はそれぞれその指輪を右手の薬指へと滑り込ませた。
リングの中央でゆるやかに重なり合うデザインは、まるで、別々の道を歩んできた2人がある一点で交わり、再び共に歩み始める姿を象徴しているみたいだった。
さっき彼が選んでくれた、真っ白なツイードの袖口。そこから覗く薬指に、2人を繋ぐ"形"が煌めいている。
「久遠、すごく似合ってる」
神永は自分の左手を、久遠の手の隣に並べる。リングの色は違っても、その独創的なフォルムは鏡合わせのように重なり、店内に差し込む陽の光を反射してキラキラと輝いている。
「一織くん、私、これが好きだな」
久遠がはっきりとそう告げると、神永は眩しそうな顔をして、久遠の手を優しく包み込んでくれた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ジュエリーショップの扉を押し開ける。店員が店の外まで2人を見送ってくれたので、神永と久遠は会釈をして店をあとにした。
久遠の手元には、指輪の入った小さな小さな紙袋。それをまるで宝物を検分するように、涼やかな青空にかざして眺めてみる。
「一織くん、本当にありがとう」
車通りのない路地で足を止め、神永を振り返った。久遠に見上げられた神永はふっと笑い、久遠の手から優しく紙袋を引き取る。
「こちらこそありがとう。俺が欲しかったもの、一緒に選んでくれて」
神永は、一歩久遠と距離を詰めると、紙袋の中から小箱を取り出しながら、柔らかい表情のまま言った。
「焦ってるとか、子どもっぽいとか思われたっていいから、何か俺たちを繋げてくれるものが欲しかったんだ。……それに、これをつけてれば『彼氏いますよ』っていう証明になるでしょ? 久遠のこと縛れる」
ニコニコと恐ろしいほど綺麗な顔で言うものだから、それが明け透けな束縛のメッセージだということに一瞬気づかなかった。2人の頭上を覆っている清々しい青空に似合わない彼の毒気に久遠は驚きつつも、彼の中に自分と同じだけの離れたくないという熱量があることを知って、胸が熱くなる。
「こんなにたくさん幸せもらっちゃって、私、どうやって返したらいいのか分からないんだけど……」
神永の指が小箱の紐を器用に解いていくのを見つめながら久遠が言うと、彼はふっと鼻で笑った。
「もう、久遠はそうやって……。んーだから、ずっとこれをつけていてくれるのが、俺へのお返しになるのかな。強いて言うなら、だけど」
「でも、今日だけでこんなにもらっちゃって……」
まだ食い下がる久遠に、神永は困ったように眉を下げた。そして、久遠の緊張を解きほぐすように付け加える。
「そうやって言うけど、この指輪そんなに高いものじゃないから。そこまで言われちゃうと、かえってもっと高いものあげればよかったって思っちゃうかも」
「えっ……」
「本当はもっと高い店にしようかなぁとかも考えたんだけど……必要ないかなと思ってやめたんだ。どうせこの指輪、そんなに長くは使わないから」
その言葉に、久遠の心臓が冷たく跳ねた。
せっかく選んだのに。あんなに幸せな気持ちで、一生大切にしようと思っていたのに、どうして――?
どうせ使わなくなる。そんな鋭い言葉で突き放す彼の意図が分からず、幸せだった気分が、一気に不安へと書き換えられていく。
「……ずっと、つけてたらダメ……なの?」
消え入りそうな声で、縋るように問う。彼は、2人の関係についてもう終わりのことを考えているのだろうか。
久遠のトーンが一気に落ちたことに気がついたのか、神永は「あ、ごめんごめん」と声を上げて笑った。その笑い声はどこまでも明るく、慈しみに満ちている。
「俺が今言ったのはね――」
彼はそう言いながら、今にも泣きそうな顔をしている久遠と目線を合わせてくれる。久遠と対照的に、彼の目は三日月のような美しい弧を描いている。
「どうせすぐ婚約指輪を渡すことになるから、恋人期間のためのリングは、すぐに必要じゃなくなるかなって思っただけなんだ」
「…………え?」
さらりと、あまりにも日常の延長線のようなトーンで、彼は未来の約束を口にした。 思考が停止する久遠を余所に、神永は久遠の右手をそっと引き寄せる。
「だから、これはそれまでの繋ぎ。いい?」
そう言って、ピンクゴールドのリングが久遠の薬指に滑り込んできた。 さっき店内で試着した時よりも、ずっと確かな重み。そして、言葉として届けられた彼の覚悟。 視界が急に潤んで、2人だけしかいないなんの変哲もない路地の景色がキラキラと滲んでいく。
「うん。……一織くんも」
久遠は、もう一つのリングを手に取った。彼の大きな、綺麗な指。そこにシルバーのリングを丁寧にはめる時、自分の指先から彼へと、これまでの8年間の想いと、これからの未来への約束が伝わっていくような気がした。
表参道の街角で結ばれた2つの手。爽やかな風が、見つめ合って笑う2人を祝福するように吹き抜けていった。
「……これ、綺麗」
差し出されたトレーの上で静かに光を放っていたのは、緩やかなV字のカーブを描くペアリングだった。男性用は、シンプルで潔い、知的な輝きを放つシルバー。女性用は、優しいピンクゴールド。
「本当だね。試させてもらおっか」
彼は店員の女性を呼んでくれ、2人はそれぞれその指輪を右手の薬指へと滑り込ませた。
リングの中央でゆるやかに重なり合うデザインは、まるで、別々の道を歩んできた2人がある一点で交わり、再び共に歩み始める姿を象徴しているみたいだった。
さっき彼が選んでくれた、真っ白なツイードの袖口。そこから覗く薬指に、2人を繋ぐ"形"が煌めいている。
「久遠、すごく似合ってる」
神永は自分の左手を、久遠の手の隣に並べる。リングの色は違っても、その独創的なフォルムは鏡合わせのように重なり、店内に差し込む陽の光を反射してキラキラと輝いている。
「一織くん、私、これが好きだな」
久遠がはっきりとそう告げると、神永は眩しそうな顔をして、久遠の手を優しく包み込んでくれた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
ジュエリーショップの扉を押し開ける。店員が店の外まで2人を見送ってくれたので、神永と久遠は会釈をして店をあとにした。
久遠の手元には、指輪の入った小さな小さな紙袋。それをまるで宝物を検分するように、涼やかな青空にかざして眺めてみる。
「一織くん、本当にありがとう」
車通りのない路地で足を止め、神永を振り返った。久遠に見上げられた神永はふっと笑い、久遠の手から優しく紙袋を引き取る。
「こちらこそありがとう。俺が欲しかったもの、一緒に選んでくれて」
神永は、一歩久遠と距離を詰めると、紙袋の中から小箱を取り出しながら、柔らかい表情のまま言った。
「焦ってるとか、子どもっぽいとか思われたっていいから、何か俺たちを繋げてくれるものが欲しかったんだ。……それに、これをつけてれば『彼氏いますよ』っていう証明になるでしょ? 久遠のこと縛れる」
ニコニコと恐ろしいほど綺麗な顔で言うものだから、それが明け透けな束縛のメッセージだということに一瞬気づかなかった。2人の頭上を覆っている清々しい青空に似合わない彼の毒気に久遠は驚きつつも、彼の中に自分と同じだけの離れたくないという熱量があることを知って、胸が熱くなる。
「こんなにたくさん幸せもらっちゃって、私、どうやって返したらいいのか分からないんだけど……」
神永の指が小箱の紐を器用に解いていくのを見つめながら久遠が言うと、彼はふっと鼻で笑った。
「もう、久遠はそうやって……。んーだから、ずっとこれをつけていてくれるのが、俺へのお返しになるのかな。強いて言うなら、だけど」
「でも、今日だけでこんなにもらっちゃって……」
まだ食い下がる久遠に、神永は困ったように眉を下げた。そして、久遠の緊張を解きほぐすように付け加える。
「そうやって言うけど、この指輪そんなに高いものじゃないから。そこまで言われちゃうと、かえってもっと高いものあげればよかったって思っちゃうかも」
「えっ……」
「本当はもっと高い店にしようかなぁとかも考えたんだけど……必要ないかなと思ってやめたんだ。どうせこの指輪、そんなに長くは使わないから」
その言葉に、久遠の心臓が冷たく跳ねた。
せっかく選んだのに。あんなに幸せな気持ちで、一生大切にしようと思っていたのに、どうして――?
どうせ使わなくなる。そんな鋭い言葉で突き放す彼の意図が分からず、幸せだった気分が、一気に不安へと書き換えられていく。
「……ずっと、つけてたらダメ……なの?」
消え入りそうな声で、縋るように問う。彼は、2人の関係についてもう終わりのことを考えているのだろうか。
久遠のトーンが一気に落ちたことに気がついたのか、神永は「あ、ごめんごめん」と声を上げて笑った。その笑い声はどこまでも明るく、慈しみに満ちている。
「俺が今言ったのはね――」
彼はそう言いながら、今にも泣きそうな顔をしている久遠と目線を合わせてくれる。久遠と対照的に、彼の目は三日月のような美しい弧を描いている。
「どうせすぐ婚約指輪を渡すことになるから、恋人期間のためのリングは、すぐに必要じゃなくなるかなって思っただけなんだ」
「…………え?」
さらりと、あまりにも日常の延長線のようなトーンで、彼は未来の約束を口にした。 思考が停止する久遠を余所に、神永は久遠の右手をそっと引き寄せる。
「だから、これはそれまでの繋ぎ。いい?」
そう言って、ピンクゴールドのリングが久遠の薬指に滑り込んできた。 さっき店内で試着した時よりも、ずっと確かな重み。そして、言葉として届けられた彼の覚悟。 視界が急に潤んで、2人だけしかいないなんの変哲もない路地の景色がキラキラと滲んでいく。
「うん。……一織くんも」
久遠は、もう一つのリングを手に取った。彼の大きな、綺麗な指。そこにシルバーのリングを丁寧にはめる時、自分の指先から彼へと、これまでの8年間の想いと、これからの未来への約束が伝わっていくような気がした。
表参道の街角で結ばれた2つの手。爽やかな風が、見つめ合って笑う2人を祝福するように吹き抜けていった。
10
あなたにおすすめの小説
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
椿かもめ
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました
藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。
次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。
Melty romance 〜甘S彼氏の執着愛〜
yuzu
恋愛
人数合わせで強引に参加させられた合コンに現れたのは、高校生の頃に少しだけ付き合って別れた元カレの佐野充希。適当にその場をやり過ごして帰るつもりだった堀沢真乃は充希に捕まりキスされて……
「オレを好きになるまで離してやんない。」
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる