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第二章
96話:帰宅後のベッド①
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霧島の店を後にし、満たされたお腹と心を抱えて帰宅したのは、神永の家だ。
久遠は今、神永のベッドの上で、閉じてしまいそうな瞼に抗っていた。床に、着て数分で床に脱ぎ散らかされてしまった新しいパジャマが落ちているのが見える。せっかく、着るのを楽しみにしていたのだ。どうせなら今日は、もう一度着てから寝たい……。
蕩けた眼でパジャマを眺めていた視界に、神永が入ってきた。水が入ったグラスを手渡してくれるので、受け取って一口飲む。喉を液体が押し広げる爽快感が、久遠を襲っている眠気を少しだけ晴らしてくれる感覚があった。
彼は、久遠の口の端からこぼれた一筋の水を親指で拭いつつ、久遠の手からグラスをまた取り返してヘッドボードに置いてくれた。彼はそのまま、久遠の額にキスを落とす。
瞼が重い。体全体が甘い倦怠感に浸っていて、ベッドに引っ張られているように眠たい。
「ぐったりしちゃったね。ごめんね、無理させて」
ごめんと言いながらも、彼は申し訳なさそうにというよりは、久遠を慈しむような甘い声色でそう言った。そばに腰を掛け、久遠の頬にかかった髪を耳にかけてくれる。
彼の言うとおり、今夜の彼は、どこまでも私を離してくれなかった。久遠の体の表面を一つ一つ自分の温度で丁寧に塗りつぶしていくような、そんな少しだけ余裕のない彼の触れ方は、体の中に残っていたアルコールがもたらす浮遊感と混ざり合い、久遠の意識をどこか遠くへ連れ去ってしまいそうだった。「そういう顔、俺以外に見せちゃダメだからね」と言いながら顔を掴まれたような気がするけど、その時点で身体中の感覚器官が熱で浮かされたようになっていた久遠は、返事できていたかどうかも覚えていない。
深い眠りの淵に沈みかけていた久遠の頭を撫でながら、神永はほとんど独り言のように呟いた。
「本当に可愛いね、俺の久遠。……ずっと抱きしめたいと思ってたよ」
そのあとに「展示会の日とかも」と付け足したので、展示会という予想外の単語に、久遠の閉じかけていた瞼がぴくりと動いた。
「展示会……。ビッグサイトの?」
久遠が確認すると、久遠の頭を撫でながら微笑みかけてくれる。
「そう。USBが間に合った時、久遠があんまり嬉しそうで。可愛くて、危うくあの場で抱きしめ潰すところだった」
えっ?
心臓が跳ね、眠気が少し霧散した。
だって、あの時の彼は、久遠の瞳には誰よりも近寄りがたい上司としてしか映っていなかったのだ。
「本当?全然知らなかった……」
久遠は、目をこすって呟いた。
――彼の世界の話をもっと聞きたい。想いが通じ合うまでに彼が巧みに隠し通していた本当の気持ちを、今全部教えてほしい。
「ふふ、知らないでしょ俺の苦労。悩んだ末に絆創膏も買いに行ってあげちゃうし……あーこれ以上近くなるのはまずいなと思って、距離を置こうと思ったんだ」
久遠が身体を起こそうとすると、神永の腕に優しく制され、彼の胸元に引き寄せられた。トクトクと刻まれる彼の鼓動が直接伝わってくる。
「距離?」
「うん。だからあの後の久遠の新歓も断ったんだけど……どうだった?楽しかった?飲み会」
次第に鮮明になってきている脳で記憶を手繰り寄せ、展示会の前後の記憶を持ってくることに成功した。そういえば、久遠の新歓の開催を谷口が提案してくれたのは、展示会があってから次の出勤日だった。
「えっ、あっ、あれ、だから断られたの?」
「うんそうだよ。本当に俺が忙しくて断ってるんだって思ってた?」
「いや……。普通に、私のことが嫌で拒否してるんだろうなって、ショック受けてて……」
神永は「ふ、ごめん」と短く笑った。久遠はそんな愛おしい人の胸元に顔を埋めたまま、「笑わないでよ。結構落ち込んだのに」と小さく抗議する。
彼はまた「ごめんごめん」と言いながら、久遠をさらに愛おしげに抱き寄せた。頬がその温かい胸板に触れて、過去に抱いた不安までまとめて消し去ってくれそうなほどの安心感が久遠を包む。
「で、飲み会楽しかった?谷口から変なこととかされなかった?」
「飲み会は、おかげさまですごく楽しかったですけど……谷口さん?……なんで谷口さん?」
神永の腕の中で、久遠は彼の顔を見上げた。すると彼は視線を逸らしつつ、少しだけ尖ったような声色で言った。
「……なんでって、あいつは久遠と同い年で、仲も良さそうだったでしょ。あいつコミュ強だし、話しやすいし」
最後は語尾を濁すように水を飲んだ彼の様子に、頬が緩んでしまう。
「……もしかして、ヤキモチ?」
「俺嫉妬深いもん。知らなかったの?」
開き直ったように言われ、久遠がさらに笑みを深める。すると、神永は不貞腐れたように目を細め、久遠の頬をつまんだ。久遠の眠気は減ってきた。頬をつまむ力が強かったからじゃない。神永の独白に興味津々だからだ。
神永の言葉は、冗談めかしているようには聞こえなかった。むしろ、今までずっと押し殺してきた本音が、堰を切ったように溢れ出している。
「あいつのことも俺、無理だよ。久遠の元同期」
霧島の店を後にし、満たされたお腹と心を抱えて帰宅したのは、神永の家だ。
久遠は今、神永のベッドの上で、閉じてしまいそうな瞼に抗っていた。床に、着て数分で床に脱ぎ散らかされてしまった新しいパジャマが落ちているのが見える。せっかく、着るのを楽しみにしていたのだ。どうせなら今日は、もう一度着てから寝たい……。
蕩けた眼でパジャマを眺めていた視界に、神永が入ってきた。水が入ったグラスを手渡してくれるので、受け取って一口飲む。喉を液体が押し広げる爽快感が、久遠を襲っている眠気を少しだけ晴らしてくれる感覚があった。
彼は、久遠の口の端からこぼれた一筋の水を親指で拭いつつ、久遠の手からグラスをまた取り返してヘッドボードに置いてくれた。彼はそのまま、久遠の額にキスを落とす。
瞼が重い。体全体が甘い倦怠感に浸っていて、ベッドに引っ張られているように眠たい。
「ぐったりしちゃったね。ごめんね、無理させて」
ごめんと言いながらも、彼は申し訳なさそうにというよりは、久遠を慈しむような甘い声色でそう言った。そばに腰を掛け、久遠の頬にかかった髪を耳にかけてくれる。
彼の言うとおり、今夜の彼は、どこまでも私を離してくれなかった。久遠の体の表面を一つ一つ自分の温度で丁寧に塗りつぶしていくような、そんな少しだけ余裕のない彼の触れ方は、体の中に残っていたアルコールがもたらす浮遊感と混ざり合い、久遠の意識をどこか遠くへ連れ去ってしまいそうだった。「そういう顔、俺以外に見せちゃダメだからね」と言いながら顔を掴まれたような気がするけど、その時点で身体中の感覚器官が熱で浮かされたようになっていた久遠は、返事できていたかどうかも覚えていない。
深い眠りの淵に沈みかけていた久遠の頭を撫でながら、神永はほとんど独り言のように呟いた。
「本当に可愛いね、俺の久遠。……ずっと抱きしめたいと思ってたよ」
そのあとに「展示会の日とかも」と付け足したので、展示会という予想外の単語に、久遠の閉じかけていた瞼がぴくりと動いた。
「展示会……。ビッグサイトの?」
久遠が確認すると、久遠の頭を撫でながら微笑みかけてくれる。
「そう。USBが間に合った時、久遠があんまり嬉しそうで。可愛くて、危うくあの場で抱きしめ潰すところだった」
えっ?
心臓が跳ね、眠気が少し霧散した。
だって、あの時の彼は、久遠の瞳には誰よりも近寄りがたい上司としてしか映っていなかったのだ。
「本当?全然知らなかった……」
久遠は、目をこすって呟いた。
――彼の世界の話をもっと聞きたい。想いが通じ合うまでに彼が巧みに隠し通していた本当の気持ちを、今全部教えてほしい。
「ふふ、知らないでしょ俺の苦労。悩んだ末に絆創膏も買いに行ってあげちゃうし……あーこれ以上近くなるのはまずいなと思って、距離を置こうと思ったんだ」
久遠が身体を起こそうとすると、神永の腕に優しく制され、彼の胸元に引き寄せられた。トクトクと刻まれる彼の鼓動が直接伝わってくる。
「距離?」
「うん。だからあの後の久遠の新歓も断ったんだけど……どうだった?楽しかった?飲み会」
次第に鮮明になってきている脳で記憶を手繰り寄せ、展示会の前後の記憶を持ってくることに成功した。そういえば、久遠の新歓の開催を谷口が提案してくれたのは、展示会があってから次の出勤日だった。
「えっ、あっ、あれ、だから断られたの?」
「うんそうだよ。本当に俺が忙しくて断ってるんだって思ってた?」
「いや……。普通に、私のことが嫌で拒否してるんだろうなって、ショック受けてて……」
神永は「ふ、ごめん」と短く笑った。久遠はそんな愛おしい人の胸元に顔を埋めたまま、「笑わないでよ。結構落ち込んだのに」と小さく抗議する。
彼はまた「ごめんごめん」と言いながら、久遠をさらに愛おしげに抱き寄せた。頬がその温かい胸板に触れて、過去に抱いた不安までまとめて消し去ってくれそうなほどの安心感が久遠を包む。
「で、飲み会楽しかった?谷口から変なこととかされなかった?」
「飲み会は、おかげさまですごく楽しかったですけど……谷口さん?……なんで谷口さん?」
神永の腕の中で、久遠は彼の顔を見上げた。すると彼は視線を逸らしつつ、少しだけ尖ったような声色で言った。
「……なんでって、あいつは久遠と同い年で、仲も良さそうだったでしょ。あいつコミュ強だし、話しやすいし」
最後は語尾を濁すように水を飲んだ彼の様子に、頬が緩んでしまう。
「……もしかして、ヤキモチ?」
「俺嫉妬深いもん。知らなかったの?」
開き直ったように言われ、久遠がさらに笑みを深める。すると、神永は不貞腐れたように目を細め、久遠の頬をつまんだ。久遠の眠気は減ってきた。頬をつまむ力が強かったからじゃない。神永の独白に興味津々だからだ。
神永の言葉は、冗談めかしているようには聞こえなかった。むしろ、今までずっと押し殺してきた本音が、堰を切ったように溢れ出している。
「あいつのことも俺、無理だよ。久遠の元同期」
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