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第二章
97話:帰宅後のベッド②
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「あいつのことも俺、無理だよ。久遠の元同期」
そう言われて一瞬なんのことだか分からなかったが、あの人懐こい笑顔が頭をよぎる。
「……あ、凌也のこと? 彼はめちゃくちゃただの同期だけど……」
久遠が答えると、神永は深い溜息をついた。胸板が膨らんでしぼんだので、久遠の頭も少しだけ上下した。
「これだから久遠は心配なんだよ。好意寄せられても気づかないでしょ、あなた」
珍しく非難を向けられて戸惑った。
そう言われてしまうと、自分のその傾向に心当たりがないわけでもないので困る。高校の時に神永から思いを告げられた時だって、大学の時に友人だと思っていた人に告白された時だって、久遠としては青天の霹靂だった。
「ん……でも、凌也は本当に……」
「めっちゃマウント取られてたけどね俺。久遠は気づかなかったの?」
マウント?想像もつかない単語に、久遠の思考が追いつかない。
「な、いつ……?」
「ずっとだよ。あのレセプションパーティの時とか」
神永は、久遠の肩を抱く腕に少しだけ力を込めた。
「本当に分かんないの?もう細かいことはいいけどさ……ずっと俺に久遠との仲見せつけようとしてたじゃん」
「違いますよ、絶対考えすぎです。彼はただ……」
「絶対考えすぎじゃないです」
言い切った彼の声は不機嫌そうだった。一方、久遠に触れる手は甘い。久遠の手に手を重ねたかと思うと、指の間の隙間を埋めるように絡めてくる。
そして、彼は自分の唇を指差した。一瞬何かと思ったが、それがたった今の敬語使用の罰のサインだと気づき、はっとして久遠から口付けする。離れる唇を追うように、今度は、神永から触れるだけのキスをされる。
そして彼は、久遠の肩を掴んで言った。
「あのドレス、もう着ないで」
薄暗い部屋で、唯一灯っている間接照明の光。それが、彼の瞳の中で煌めいている。
「え?」
突然の禁止令に、久遠は目を丸くした。パーティの日に着ていた、お気に入りのワンピースを思い出す。
「あれ……変だった?ごめんなさい、一緒に行くチーム長の恥にはならないようにとは思って、選んだんだけど……」
パーティーの礼節の知識不足で、場違いな服を着ていただろうか。周りを見る限りそこまで浮いていた覚えはないけれど、彼にここまで否定的に言われるのは珍しい。少しだけ――いや、内心かなりショックを受ける。
「違う。可愛すぎるからでしょ」
真っ直ぐな、溜息の混じったような告白。
可愛いという言葉は、見当違いの不安で無防備になっていた久遠の心に、何の前触れもなく真っ直ぐ突き刺さった。
「そんなふうに思ってくれてたの?」
あの日の待ち合わせで、パーティー仕様でセットしてきた彼の姿を一目見た時。タクシーの車窓から受ける夜の光で彩られる彼の横顔を見た時。煌びやかな会場の中でも一際目立ってしまう立ち姿を見た時。――あの麗しさにときめいているのは、こちらだけだと思っていたのに。
「うん。可愛いって、言わないのも大変なんだなって思ったよその時」
照れもせずにそう言うので、こっちが照れてしまう。相変わらず彼に翻弄されてばかりなのが悔しくて、「一織くんってば、また」と言いながら、神永の腕を軽く叩いた。
「あ、冗談じゃないよ。本気だよ」
案外真面目な顔で言われてしまい、神永の腕を叩いていた久遠の手が行き場を失くす。
「久遠は自覚がないから、ナンパもされるし……本当に危なっかしい子だね」
「ナン……あ、確かに声をかけられたことはあったかも」
待ち合わせのカフェで、大学生に声を掛けられて困っていたところを、チーム長が救済してくれたのだった。
「あったかも、じゃないよ。あーもうそうだ、合コンの日に着てたやつも……」
1つ思い出すと、芋づる式に他のエピソードも思い出されるみたいだ。話題が、あの最悪な合コンの日へと移る。さっきまで眠気に襲われていた久遠の意識は、この時点ですっかり明瞭になってきていた。
合コンの日の服――普段は着ないような露出のあるデザインを、彼に見られたことが今になってとても恥ずかしい。それに、今その姿を思い出しされていると思うと余計に羞恥を感じ、弁明したくなる想いに駆られる。
「あ、あれは私の服じゃないんです!そうだ、返さないと……。あれ、ありすさんが貸してくれたものなんです。普段は着ないです、ああいうのは」
「合コンで?モテるための服?」
「モテ……そう、うーん」
たしかにありすはそういう名目であの服を貸してくれていたけれど、神永の手前、容易に肯定するべきじゃない。
歯切れの悪い久遠の応答に、神永が喉の奥で小さく唸った。久遠の体までその振動が低く響く。
「……あ、ねえ、極めつけはあれだよ」
神永が思い出したように久遠の耳元に顔を寄せた。静かな怒りも込もったような声で、それが久遠の耳朶を揺らした時、お腹の奥の方に勝手に力が入った。久遠は無意識に身をよじる。
“極めつけ”……?
そう言われて一瞬なんのことだか分からなかったが、あの人懐こい笑顔が頭をよぎる。
「……あ、凌也のこと? 彼はめちゃくちゃただの同期だけど……」
久遠が答えると、神永は深い溜息をついた。胸板が膨らんでしぼんだので、久遠の頭も少しだけ上下した。
「これだから久遠は心配なんだよ。好意寄せられても気づかないでしょ、あなた」
珍しく非難を向けられて戸惑った。
そう言われてしまうと、自分のその傾向に心当たりがないわけでもないので困る。高校の時に神永から思いを告げられた時だって、大学の時に友人だと思っていた人に告白された時だって、久遠としては青天の霹靂だった。
「ん……でも、凌也は本当に……」
「めっちゃマウント取られてたけどね俺。久遠は気づかなかったの?」
マウント?想像もつかない単語に、久遠の思考が追いつかない。
「な、いつ……?」
「ずっとだよ。あのレセプションパーティの時とか」
神永は、久遠の肩を抱く腕に少しだけ力を込めた。
「本当に分かんないの?もう細かいことはいいけどさ……ずっと俺に久遠との仲見せつけようとしてたじゃん」
「違いますよ、絶対考えすぎです。彼はただ……」
「絶対考えすぎじゃないです」
言い切った彼の声は不機嫌そうだった。一方、久遠に触れる手は甘い。久遠の手に手を重ねたかと思うと、指の間の隙間を埋めるように絡めてくる。
そして、彼は自分の唇を指差した。一瞬何かと思ったが、それがたった今の敬語使用の罰のサインだと気づき、はっとして久遠から口付けする。離れる唇を追うように、今度は、神永から触れるだけのキスをされる。
そして彼は、久遠の肩を掴んで言った。
「あのドレス、もう着ないで」
薄暗い部屋で、唯一灯っている間接照明の光。それが、彼の瞳の中で煌めいている。
「え?」
突然の禁止令に、久遠は目を丸くした。パーティの日に着ていた、お気に入りのワンピースを思い出す。
「あれ……変だった?ごめんなさい、一緒に行くチーム長の恥にはならないようにとは思って、選んだんだけど……」
パーティーの礼節の知識不足で、場違いな服を着ていただろうか。周りを見る限りそこまで浮いていた覚えはないけれど、彼にここまで否定的に言われるのは珍しい。少しだけ――いや、内心かなりショックを受ける。
「違う。可愛すぎるからでしょ」
真っ直ぐな、溜息の混じったような告白。
可愛いという言葉は、見当違いの不安で無防備になっていた久遠の心に、何の前触れもなく真っ直ぐ突き刺さった。
「そんなふうに思ってくれてたの?」
あの日の待ち合わせで、パーティー仕様でセットしてきた彼の姿を一目見た時。タクシーの車窓から受ける夜の光で彩られる彼の横顔を見た時。煌びやかな会場の中でも一際目立ってしまう立ち姿を見た時。――あの麗しさにときめいているのは、こちらだけだと思っていたのに。
「うん。可愛いって、言わないのも大変なんだなって思ったよその時」
照れもせずにそう言うので、こっちが照れてしまう。相変わらず彼に翻弄されてばかりなのが悔しくて、「一織くんってば、また」と言いながら、神永の腕を軽く叩いた。
「あ、冗談じゃないよ。本気だよ」
案外真面目な顔で言われてしまい、神永の腕を叩いていた久遠の手が行き場を失くす。
「久遠は自覚がないから、ナンパもされるし……本当に危なっかしい子だね」
「ナン……あ、確かに声をかけられたことはあったかも」
待ち合わせのカフェで、大学生に声を掛けられて困っていたところを、チーム長が救済してくれたのだった。
「あったかも、じゃないよ。あーもうそうだ、合コンの日に着てたやつも……」
1つ思い出すと、芋づる式に他のエピソードも思い出されるみたいだ。話題が、あの最悪な合コンの日へと移る。さっきまで眠気に襲われていた久遠の意識は、この時点ですっかり明瞭になってきていた。
合コンの日の服――普段は着ないような露出のあるデザインを、彼に見られたことが今になってとても恥ずかしい。それに、今その姿を思い出しされていると思うと余計に羞恥を感じ、弁明したくなる想いに駆られる。
「あ、あれは私の服じゃないんです!そうだ、返さないと……。あれ、ありすさんが貸してくれたものなんです。普段は着ないです、ああいうのは」
「合コンで?モテるための服?」
「モテ……そう、うーん」
たしかにありすはそういう名目であの服を貸してくれていたけれど、神永の手前、容易に肯定するべきじゃない。
歯切れの悪い久遠の応答に、神永が喉の奥で小さく唸った。久遠の体までその振動が低く響く。
「……あ、ねえ、極めつけはあれだよ」
神永が思い出したように久遠の耳元に顔を寄せた。静かな怒りも込もったような声で、それが久遠の耳朶を揺らした時、お腹の奥の方に勝手に力が入った。久遠は無意識に身をよじる。
“極めつけ”……?
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