【完結】傷物の姫 妃選抜の儀の最下位者ですが、若君、あなたは敵ではなかったのですか?

西野歌夏

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春の宵の恋煩い編

助けてくれた若君は 夜々の家の邑珠姫Side

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 囚われた私は寝台に寝かされ、見下ろされていた。

 真っ直ぐに私を見つめている若い男は、五色の兵の装束を着ている。だが、おそらく彼は鷹宮専属の五色の兵ではないのだろう。


 この若い男は……何者なのだろう?
 言葉に訛りは無いが、御咲の国の者ではないのかもしれない。


 隙を伺う私に、男は静かに言った。


「大人しくすると約束するなら、脚の縄を解く」


 私は猿ぐつわをされたまま、男の顔を見てうなずいた。


 その美しいとも言える、どこか品もある若い男は、私の脚の縄を素早く解いてくれた。私はじっとしていた。


 まだだ。
 今逃げようとすれば、殺される可能性もある。


 
 男は私の口にはめた猿ぐつわも解いてくれた。

 男は私の髪の毛をさらりと撫で付けて、「手荒な真似をしてすまなかった」と謝った。

 私は唇を噛み締めて、ただ黙って男を見つめ返した。

 
「行こう」


 男は私を立たせて、そのまま両腕を縛り上げられた私の肩を抱くようにして歩かせた。


 どこに行くのだろう?
 ここは宮廷の門の近くではあるが、都のどこであるかも検討もつかない。


 この建物の全てが彼らのあじとになっていたとして……。


 私はこの館で自分の力を使った場合の計算をした。


 敵の数が分からない。
 私は逃げ切れるだろうか?

 
 私は迷った。


 逃げきれなければ、切って捨てられる可能性がある。


 薄暗い廊下を抜けて、大きな広間に連れて行かれた。私は寝ていた時に羽織っていた絹の衣のままで、後ろ手に縛り上げられていた。恥ずかしい姿だ。


 だけど、服を着ていないわけではないわっ!

 さあ、胸を張って堂々とするのよ。


 私の美貌をもってすれば、寝巻きの衣だろうと、絹の天女の衣に見えるわよっ!


 私は自分の中のありったけの気位の高さを絞り出して、ツンと顔をあげて歩いた。


 そこには、眉を釣り上げて腕組みをしている男がいた。その後ろには大勢の兵がいた。


 やっぱり!!
 最悪だわ……。

 
 私は目を伏せた。

 
 激奈龍げきなんりゅう

 
 太く険しい釣り上がった眉。
 赤みのかかった鋭く大きな瞳。
 立派な髭を蓄えた大きな口元。
 顎からもみあげに連なる髭。
 わしの嘴のように尖った鼻……。


 激奈龍げきなんりゅう赤劉虎しゃくりゅうこ将軍だ。
 瞳が赤いことで有名だ。

 怖さで体がガタガタと震え出すのを私は抑えきれず、必死で動揺を隠そうとした。


 私は政治の道具にされようとして……。
 さらわれた?

 
「ほほう?」


 険しい表情の男の表情が一瞬だけ和らいだ。


「今世最高美女という噂は真実のようだな」


 鷹宮の妃候補第1位とは、ありとあらゆる隣国の情報を頭に叩き込んでいることも評価の一つだ。美貌だけで選抜の儀1位ではない。顔だけだと私のことを思っていたら、間違いだ。一目でこの男の正体が分かるほどには私にも知識はある。


 ただ……。
 私には……。

 敵も知らないであろう、妃候補としては失格になる面を私は持つ。


 父と母しか知らない、私がひた隠しにしてきた面……。

 
 赤劉虎将軍の右腕となるのは、法術師としてこの上ない力を持つと言われる雅羅減鹿がらあごんろくだ。私はチラッと視線を送り、雅羅減鹿がらあごんろくの姿を探した。


 いない?
 減鹿ごんろくがこの場にいない?


 私は紫の法衣を着た彼の姿を探したが、どこにも見当たらないことに驚いた。


 そこに男たちが数人飛び込んできて慌てた様子で将軍に耳打ちした。


「何だとっ!?済々の小娘の方が赤い帝王紅碧火薔薇宝こうへきかばらほうだと!?」


 赤劉虎しゃくりゅうこ将軍は、報告内容にうろたえた様子だ。後退って掠れた声でうめき声をあげた。

 その様子を私はじっと見ていた。そして事態を悟った。


 そういうこと?
 花蓮姫が福仙竜の主だと今知ったの?


「ならばだ。そうだ!鷹宮に直接法術を使えと雅羅減鹿がらあごんろくに告げよ」


 私は聞き捨てならない言葉を聞いて、思わず唇を噛み締めた。


 やはり、雅羅減鹿がらあごんろくが近くにいるのね。
 今から鷹宮さまに直接に攻撃する気だわっ!


「待ちなさいっ!」


 私は自ら言葉を発したことに自分でも驚いた。だが、後には引けない。はったりと悟られないよう毅然とした態度で将軍に告げた。


 さっきまでの体の震えはぴたりと止まった。胸が熱い。本当に胸元が熱い。

 
「鷹宮さまも福仙竜の主よ。花蓮姫もそうだけれど、世継ぎの夫婦は揃って2人とも竜のあるじなのよ」


 私は鷹宮さまへの攻撃を辞めさせようと、とっさに嘘をついた。


「娘!自分が言っていることが真実だと誓えるか?」


 将軍の赤い瞳が危険な輝きを増し、私を見透かすように見つめた。


「真実よ。今世最高美女を差し置いて、選抜の儀32位の末席の姫が妃に選出されてしまった理由がそれよ。鷹宮さまと花蓮姫は福仙竜同志のつがいなのよ」

 
 あぁ。
 自分で言っていて悲しい。
 負け惜しみのように自分でも感じる。

 鷹宮さまは、私には見向きもしなかった……。


 だが、目の前の赤い瞳を持つ将軍は違ったようだ。


「な……な……なるほど?」


 私の体の震えが完全に止まった。

 しかし、赤い瞳は私をじっと見つめたまま、将軍は口元にだけ笑みをたたえた。


「だがな?俺は確かめようがないことにわざわざ時間を使わない。鷹宮に法術を使うように減鹿ごんろくに告げよっ!」


 激しく眉を釣り上げた赤劉虎しゃくりゅうこ将軍は吠えるように兵に言った。


「待ちなさいっ!」


 私は止めようとして、思わず自分の力を発動した。


 部屋を飛び出そうとした使いの者の体が無惨にひっくり返った。


「今のなんだ?」


 ハッと周囲の兵が私を見つめた。


「お前っ!今何をした……?」


 赤劉虎しゃくりゅうこ将軍は私に向かって戸惑ったように聞いた。私は黙り込んだ。

 次の瞬間、将軍が赤い瞳をさらに真っ赤にして吠えた。


「この女を捕らえよっ!こやつ、法術を使うぞ!?」


 私は後ずさって周りの者に術を投げつげた。

 私は影では法術使いだ。
 法術使いは、嫌われる。
 鷹宮の妃には到底なれない。
 私は忌み嫌われる法術にのめり込んだ娘……。


 私は敵が鷹宮さまに法術を使うのを食い止めようと、自分の力を人目にさらした。


 だがだ。
 敵の兵はあまりに多く、私は膝から崩れ落ちた。後ろ手に縛り上げられた縄すら解けなかった。


 あぁ、ダメだわ……。
 情け無い。


 床に崩れ落ちた私の胸の袂から、今朝枕元に見つけた文が落ちた。


 その文に書かれていた文字が宙に飛び出して、私の周りをぐるりと取り囲んだ。

 漢字や数字が訳の分からない羅列となっていたあの文字だ。その文字が灰色の立体文字となり、私の周囲をぐるぐる取り囲んで回った。


 なんなのっ!?


「うっ!もしや秦の術だぞ?こやつ、法術と秦の術も使うのか!とんだ化けモノ女だ」


 敵の兵が私に近づこうとするたびに、宙に飛び出した文字が浮かび上がり、兵を追い散らした。


 兵と将軍が怯んだ。
 その瞬間、勢いよく天井から私のすぐ横に飛び降りた者が2人いた。


 美梨の君!?
 鷹宮さま!?

 
 一人は凛々しい顔をした美梨の君で、もう1人は髪の毛を頭巾で隠した方だった。


 ただ、頭巾の影からのぞくそのお顔は鷹宮さまそっくりの美しいお顔だった。


 2人は剣を構えて、ジリジリと私の周りに近づく者たちを威嚇した。


「逃げるぞ、邑珠ゆじゅ姫」


 愛しい美梨の君が私の名を呼んだ瞬間、私はふわふわとした感覚で震えた。


 美梨の君が私の名を呼んでくれた!


 美梨の君が私を守るように勇ましく敵と私の間に立ちふさがった。


「お前、鷹宮かっ!?」

 
 赤劉虎しゃくりゅうこ将軍は、私の隣に立つ美しい若君に驚いて目を見張っている。


「悪いねぇ、彼女は私の妻になる人だ。私の妻になる人によくも狼藉を働いてくれたね。私は許さない」


 鷹宮さまの妻っ!?


 私は驚いて若君の顔を見たが、髪の毛を布で覆った美しい若君は私を優しい目で見てふっと笑った。


「法術が使えるなら、飛び降りれるな?邑珠ゆじゅ?」


 鷹宮さまとは思えないほど、低い声で美しい若君は私を見つめて囁いた。私は思わずうなずいた。背中がゾクゾクした。


 このお方は鷹宮さまではないっ!?


 すぐに私の後ろ手に縛り上げられた縄を解いてくれた。


「美梨、いくぞっ!」


 美しい若君が鋭く言うと、美梨の君は真っ先に広間の窓に突進した。


 鷹宮さまそっくりの若君は同時に私の右手をつかんで美梨の君の後を追った。私は振り向きざまに追ってくる兵と赤劉虎しゃくりゅうこ将軍に法術をかけた。


 彼らは一瞬、足元が揺れたかのようによろめいて倒れかけたが、すぐに体勢を立て直して追ってきた。


「行くぞぉ!」


 美梨の君が窓から飛び降りた後に、私と鷹宮さまは飛び降りた。

 思わず法術を使ったが、一瞬だけ黄色い竜のようなものが煌めいて私たちが地面に激突するのを防いでくれた。


 今のは何なの!?



 満開の桃の花の上に積もった雪がそれはそれは美しく見えた日だった。


 私はそこにあった馬に飛び乗った。絹の薄い衣がはだけるのも構わずに、髪を靡かせて馬に跨ってかけた。


 美梨の君と鷹宮さまもそれぞれ馬に乗り、私の後ろを追うように駆けてきた。鷹宮さまの髪の毛を覆っていた頭巾が取れて、一瞬だけ白髪が見え、それが太陽に反射して煌めいた。


 雪?
 今見たのは、目の錯覚かしら?


 私は一瞬目を瞬いたが、そのまま天蝶節で賑わう都の街を馬で駆けた。

 息を弾ませて全速力で馬を走らせる私は無我夢中だった。

 私の入内は予期せぬ展開になったようだ。

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