【完結】傷物の姫 妃選抜の儀の最下位者ですが、若君、あなたは敵ではなかったのですか?

西野歌夏

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春の宵の恋煩い編

甘い復讐 花蓮Side

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 吹き飛ばされて空中を舞う私は、心の中である景色を見ていた。



 赤く紅葉した葉がはらはらと落ちてくる。


『俺のこと思い出した?』


 信じられないほど美しい鷹宮が、私を静かにじっと見つめてそう言った。妖艶な笑みを浮かべている。


 彼は頬を赤らめてためらった後に、余裕の無い真剣な眼差しで私に告げた。


『ずっと好きだったんだ……』


 そう。
 これは、あの日だ。

 昔一緒に遊んだ鷹が鷹宮だと気づいたあの日だ。


 金木犀の花の香りが漂う秋の日に告白された、あの甘く胸が弾んだあの日の記憶。


 
 っ悔しい……本当に嫌だ。
 鷹宮を残して私はここで死ねない。

 
 昔から私を一途に思ってくれた人がいる。鷹宮……。

 だから、私はこんな所で死ねない。

 その人のためには私はこんなところで死ねないのよっ!

 愛してくれる人の妃の座を、死んで誰かに明け渡すなんて。できっこない。


 私を抱きしめて真剣な愛を囁いてくれた鷹宮のことを思って、私の胸の奥から熱い涙が込み上げてきた。


 
 一瞬で、赤い煌めく竜が現れた。


 吹き飛ばされて地面に容赦なく叩きつけられる間際だった私の体の下に竜は滑り込んだ。


「小袖っ!」


 同じく地面に叩きつけられる寸前だった小袖の体をつかんで、無我夢中で赤い竜の体の上に引きずり上げた。

 私のどこからそんな力が出るのか分からない。


 車夫も、桜の木の大木にぶつかる寸前だったところを竜の尻尾で救いあげた。車夫は額から赤い血をだらだらと流していたが、生きてはいた。


 全員死なせないわよ。


 赤い竜の鱗が雪や太陽の輝きを反射して煌めいている。竜はうなり声をあげて一気に空高く舞い上がった。

 

 今、ここに鷹宮はいない。
 そうよ。

 今、鷹宮は外和殿にいるはずだ。

 私はそのまま眼下に広がる極華禁城ごくかきんじょうを見下ろした。


 「外和殿よ」


 竜に低い声で行き先を囁く。


 今、はっきりと自覚した。
 どうやら……だ。
 鷹宮と美梨の君が言っていたことは正しかったようだ。


 自分が帝王紅碧火薔薇宝こうへきかばらほうあるじなのだと、私はよくやく悟った。


 福仙竜は煌めく美しい鱗を持ち、空を自由に飛び、万霊を掌握すると言う。特に赤と白の鱗を持つ竜は最上格とされ、赤い煌めく竜、正式には帝王紅碧火薔薇宝こうへきかばらほうと呼ばれる。

 
 自分がその主なのだと、今初めて自分で分かった。


 鷹宮がいないのに私は赤い竜に守られていて、私が赤い竜に指示を出している。赤い煌めく竜と自分が一体感を持っているのが分かる。赤い竜の瞳に映るもの全てを私は自分が見ているかのように同時に見ている感覚がある。

 
 いまや敵は、私が帝王紅碧火薔薇宝こうへきかばらほうだとはっきり悟って腰を抜かしているかもしれない。

 私が福仙竜だと信じていなかった敵は、私に法術を使ったのだろう。

 何もない所であれほどの衝撃を与えられる方法を、私は法術以外に知らない。


 福仙竜に法術は効かない話は有名だ。

 敵は鷹宮を帝王紅碧火薔薇宝こうへきかばらほうだと思っていたのだろう。

 ならば、鷹宮に直接法術を使うという無駄な事をせず、周りの人を使って鷹宮を陥れようとするのではないか。


 私が死ねば、妃の座が空くのだからから……たった今、敵は私に法術を使って殺そうとした。


 私が死んで鷹宮の妃の座が空けば、選抜の儀第1位の姫が妃の座におさまる確率が高くなる。

 それは、邑珠ゆじゅ姫だ。

 今世最高美女の噂は隣国にも轟いているだろう……。

 だから今日、敵は邑珠ゆじゅ姫を誘拐した?

 法術をかけて、邑珠ゆじゅ姫に鷹宮を殺させようとしている!?


 そんなゾッとする想像が頭に浮かんで私は震えた。


 話が飛躍し過ぎているだろうか?
 分からない。
 とにかく邑珠ゆじゅ姫の行方を追わねば……敵に囚われたならば、彼女をけ出す必要があるわ。


 私は気位の高い邑珠ゆじゅ姫のことを思って胸が痛んだ。
 


 邑珠ゆじゅ姫のことを考えて宮廷上空を飛んでいた私はハッとした。

 そうだ。
 鷹宮を守らねば。
 私が福仙竜のあるじだと分かれば、敵は鷹宮に直接法術をしかけるのでは!?
 敵は私が竜に乗っている姿をどこかで見ているのかもしれない。


 先ほど後宮の春の宮から前宮に向かう私の周りに、いつもの五色の兵がいなかった。鷹宮専属の五色の兵は、妃である私を守るために、後宮から前宮に移動するときは常に身辺警護のために付き添っていたはずだ。その兵が1人もいなかったのだ。


 となるとだ。
 敵は既に、五色の兵に何らかの手を打ったとなる。鷹宮を守るはずの五色の兵が敵に陥れられたとなると、鷹宮のそばには光基と昌俊と理衣兄しかいないことになる。
 燕琉えんるの君を私はよく知らない。だから、信用して良いのかわからない。


 敵が鷹宮に直接に法術をしかけるならば、今かもしれない。


 次の瞬間、私は外和殿めがけて急降下した。


 鷹宮さまっ!
 愛しい人……。


 その時、外和殿の周りの大気が少し歪むのをかすかに感じた。

 私は歪みの中に竜の体を入れた。

 敵は近くにいる!
 私が竜に乗っているのを見ているのだわ!

 鷹宮に法術の向き先を変えてきたわ!
 

 血だらけの理衣兄が倒れているのを見て、私はハッとした。


 そして、外和殿の広間にいる鷹宮が目に入った瞬間、鷹宮に向かって放たれた閃光を私は見た。それはほんの一瞬のことだった。


 鷹宮の美しい横顔が私に見えた。


 私の愛しい旦那さま……。
 桜の開花を待たずにお別れするなんて……。


 閃光が鷹宮を貫く前に、光基が鷹宮を守ろうと鷹宮の体の前に飛び出してきた。だが、私の赤い竜は鷹宮と光基の2人を尻尾で払い、鷹宮の体を閃光からずらした。車夫が尻尾から転がり落ちたが、車夫は大丈夫だろう。

 そして、赤い竜は閃光をまともに体に受けたのだ。赤い竜に乗る私と小袖は衝撃を受けたものの、大丈夫だった。

 そのまま、閃光に向かって赤い竜は飛翔した。閃光を発する主を見極めようとした。煌めく赤い光が閃光の放たれた起点に到達したという手ごたえを確かに私は感じた。


「小袖!理衣兄さまをお願いっ!」


 私は竜から小袖を降ろして、真っ青な小袖にお願いした。


「昌俊っ!いるか?」


 私は吉乃が外羽殿に行かせた昌俊を探して叫んだ。


「姫さまっ!」


 熊のような巨体の昌俊が転がるように姿を現した。昌俊もあちこちから血を流してはいるが、熊のような巨体は無事のようだ。

 昌俊の隣にやはり血を流した、美梨の君によく似た若者がいた。山藍摺(やまあいずり)色の衣を着た彼はすぐに倒れている鷹宮に駆け寄り、声をかけている。


 燕琉えんるの君だ!


「昌俊!鷹宮さまと燕琉えんるの君を頼みますよっ!」


 私の言葉に昌俊は唇をしっかり結んで頷いた。


 私は竜の主だ。
 ならば、このような法術を使う輩を許せない。


「花蓮!俺も行く!」

 
 私が怒りの頂点に達して、宮廷のすぐ外にいると思われる法術使いの元に一気に飛翔しようとした時、愛しい人の声がした。


 振り向くと、真っ青な顔をした鷹宮が煌めく瞳で私を見つめていた。


「危険ですから、ここで待ってて」


 私は首を振った。

 だが、鷹宮は駆け寄ってきて素早く赤い煌めく竜に飛び乗った。


「花蓮、愛しているんだ。愛する人を1人にはできないんだよ」


 鷹宮は真剣な表情で私に言った。


「それに、今日は一緒に過ごしたいって言っただろ?」


 私は後ろからしっかり抱きしめられて、耳元で囁かれた。


「今晩の花火は一緒に見よう」


 超絶美男子の鷹宮は甘く囁いて、私に怒りを忘れさせて冷静にさせたのだ。


 そうだ。
 今日は天蝶節で、今日は天蝶節で、今宵は美しい花火が都の夜空に雨のように大量に降り注ぐ日だ。銀河の輝きを超える華やかで色とりどりの花火を愛でることができる日だ。

 妃に選ばれて初めて春の宮で見る花火になる。今晩の花火はさぞかし綺麗だろう。

 雪の残る宮廷で、今宵、私はこの美しい旦那さまと花火を見よう。無事に生き残って夜空に明るく光る月と花火を見るのだ。


「ほら、薄餅だ。今朝、薬師局から届けてもらっていたんだ。秦野谷国の特別な作り方で、祝い膳に使われるらしい」

 それは薄桃色の特殊な紋様の紙で包まれた薄餅だった。香りがふわっと広がる。
 朝から何も食べていなくて空腹だったことを思い出した。

「なぜ薬師局ですか?」
「外部厨房で秦野谷国から来賓している柳武皇子りいむおうじの食事を準備しているんだが、今朝、夜が明ける前に柳武皇子自らが作ってくれたようだ。特別な祝い膳で使われるようだ。薬師局はその一部始終を見守ってくれた。一応、暗殺予防で薬師局も使われる食材を確認してくれたんだ」


 鷹宮は美しい顔をくしゃっと歪めて笑った。
 

「薬師局でも何人か食べたし、光基も食べたらしい。食べても大丈夫だ。今はこれしか手元に食べ物がない」
 
 私は思わず笑って薄餅を受け取った。竜に乗って飛翔しながら食べよう。


「都中で雪の残る天蝶節に、帝王紅碧火薔薇宝こうへきかばらほうが現れたと大騒ぎになるぞ。事情を知らない多くの民はめでたいと喜んでくれるかなぁ」


 鷹宮は口元に笑みを浮かべて私を見つめた。透き通るような綺麗な瞳が私を見つめている。


「俺の愛する花嫁花蓮、危なかったら撤収だ。いいな?」


 私は抱きしめられて囁かれた。



 私の後宮の花嫁生活は、愛しい人と共に、やはり命懸けの展開になった。
 

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