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しおりを挟む凪は個室の扉の向こうから漏れてくる声に耳を澄ませた。
「正直、めちゃくちゃ会いたい。」
切実に呟かれた、少し掠れた声。
胸の奥がざわつき、緊張というよりも切迫した感覚が込み上げてくる。
中から聞こえてくる声には確かに覚えがあった。
凪の心臓が大きく跳ねる。
『お前、もうそれ何回目?』
「ん? 何回目とかどうでもいいくらい会いたい。すげえ会いたい。ここを離れる前に」
少し陽気に、自虐まじりに、だけれども悲しく響く声。
それが「付き合っている恋人に対して」であるということも、凪にはすぐに分かってしまった。
そして、「ここを離れる前に」という言葉の意味が理解できなかった。
「あ、あの、僕帰りますっ!」
凪は足元から後ずさろうとする。
ここにいるべきじゃないという警鐘が胸の中に鳴っている。
「えっ?! ちょ、ちょっと待って下さい!」
キャプテンが咄嗟に凪の手首を掴んだ。
「は、離してください!!」
凪の顔は青ざめ、唇も少し震えている。
早く、この場から去李たかった。
またあの時のように酷く傷つく言葉を浴びせられて、自分自身が揺さぶられてしまうという怖さに足がすくみ、体もこわばっていく。
『何か、扉の外うるさくね?』
「カップルが痴話喧嘩してんじゃねえの?」
『お前、タッパあるし、お前が出て行ってどうにかしてこいよ。』
「俺のことなんだと思ってるんすか?」
中からはそんな他愛もない、気のおけない会話も漏れてくる。
次の瞬間、扉がガラッと開き、出てきた人物と凪の視線が交差した。
「や、…いやっ…」
凪は後ろに後退ろうとしたが足がもつれ、掴まれている手もあって後ろに下がるという動きを封じられてしまう。
声もまた、消えてく。
怖くて、苦しくて、涙が込み上げる。
「……な、ぎ…??」
目の前にいた人物。馨は、まるで凪の存在が信じられないというように大きく目を見開いた。
驚き、困惑、不安、後悔。
あらゆる感情が入り混ざって揺れている。
「これ、どういうこと…?」
「お前、さっき凪さんが来るまでは帰らないとか騒いでただろ。だからこいつらが『凪さんを呼び出せよ』っていってただろ」
馨が呆然と凪を見つめながら言葉を発すると、凪の後ろにいたキャプテンが気まずげに中にいる男たちを指差した
その言葉に疑問が湧く前に早くこの場をさりたいという感情が湧いた。
「凪さん、もしかして嫌でした…?」
キャプテンが不安げな顔をして凪の顔を覗き込んだ。
キャプテンは、2人の関係がすでに終わっているという事実を知らない。
つい最近まで馨が試合に凪を呼び出すような、親しい関係だったという認識しかない。
だからこそ、こんな結果になるとは夢にも思ってはいなかった。
「…ごめんなさい。 …帰ります…」
凪は少し足元に視線を落として、小刻みに揺れている肩に気付かれてはいないかという怖さに必死に耐えながら、そっと後ろに下がろうと足を動かした。
障子に触れて帰ろうという、その瞬間。
「凪」
掴まれていた手首に、自分よりも少し大きく、熱を帯びた手が重ねられてくる。
振り払うべきなのに、体の芯に響くように広がっていく熱に、足も、体も、心も、動きを止めざるを得なかった。
凪はそっと振り向く。
視界のぼんやりに揺れて滲む馨の表情に、自分の胸が苦しく締め付けられていく。
「凪…」
馨は今にも消え入りそうな声で凪を呼んだ。
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