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しおりを挟む「母さんが死んでからさ、まともだった父親がショックで壊れちゃって」
玲は、まるで世間話でもするみたいな調子で続けた。
「酒なんてほとんど飲まなかったのに酒に溺れてアル中になって、働けなくなってさ。家に全く金入らなくなったんだよね~。おまけに借金までしちゃって。ちょっとした間に何百、何千ってさ」
あまりにも淡々とした言い方に、静は思わず息を飲んだ。
想像していた重い過去よりも、ずっと深く、ずっと暗い。
「性格も全然変わっちゃってさ。マジで、あの頃の親父、二重人格だったんじゃないかって思うくらい。暴力とかも始めちゃって。結構たじたじだったよ」
玲は肩をすくめて笑う。その笑顔が、かえって痛々しかった。
「でもさ、母さんが生きてた頃の親父を知ってるからさ。どうしても嫌いにはなれなかったんだよね。真面目で厳しいけど優しかった。」
その一言が、静の胸を強く締め付けた。
優しさが、逃げ場をなくしている。
「国のなんとか保護とかもあったんだろうけどさ。俺、小六だからそんなの全然わかんなくて。役所行くとか、相談するとか、頭になかったんだよね」
玲は少しだけ空を見上げる。
「それでさ、なんとか頼み込んで新聞配達のバイトさせてもらったりして。中学になってからは、割りのいい仕事に出したくなって悪さしてる先輩に紹介してもらって、夜の店のボーイやったりね。あ、でも、俺は酒を出したりとかしてただけね。」
辛い過去のはずなのに玲の口元には笑みが浮かんでいる。できるだけその場の空気を重たくしないようにしているのが窺えた。
「稼いだ金は全部借金返済とかで消えたけどね~」
玲は何事もなかったかのように笑う。
「それでね」
玲は一度、言葉を区切った。
「中学の時、付き合ってた子がいたんだ。なんでいつも忙しいの?デートしたいよって言われてさ」
思春期の二人であればそんなことを思うこともあるだろう。静は特に違和感に感じなかった。
「俺もその子のこと好きだったし、この子なら分かってくれるかもって思って。全部話したんだよ。家のことも、借金も、バイトのことも」
静は玲の話に小さく息を呑んだ。
「そしたらさ、次の日」
玲は小さく笑った。
「俺の話、学校中に広まってた。身体売ってるとか、親父がアル中なのはダメ人間だからとか。あいつに金盗まれないように気をつけろ、なんてさ。俺のことなんて何にも知らないのに好き勝手言い放題。」
静は喉が詰まって、息がうまくできなかった。
「彼女に聞いてみたら、最初は私が言ったんじゃないとか必死に否定してのに、途中から自分が言ったって白状したんだよね」
そんな辛い状況があったのに玲の声は、変わらない。
「そしたらさ、『玲は完璧だと思ったから付き合ったのに、そんな汚い人だと思わなかった』って」
静の視界が揺れる。
「確かに汚い人間だなって納得言っちゃったのも嫌だったし、その時、思ったんだよね。ああ、もう誰も信用しない方が楽だなって」
玲はそう言って、少しだけ目を伏せた。
「今はさ、親父のアル中もだいぶ治ってきた。でも借金は残ってるから、時々、夜の仕事にも顔出してる」
その一言一言が、静の胸に突き刺さる。
当事者ではない自分が泣く資格なんてない。そう思っても、涙は勝手に溢れてきた。
唇を強く噛みしめて、乱暴に頬を拭う。
「……こんな話、あの子以来初めてなんだけど」
玲が言い終わった瞬間、静は立ち上がり、玲へと距離を縮めた。
「ちょっ、静?!」
静は衝動的に、玲の背中に腕を回していた。
強く逃げられないくらいに。
「ありがとう……話してくれて、ありがとう……」
詰まりそうになる声を必死に振り絞り、玲に一生懸命に伝える。
「僕と出会ってくれて……ありがとう……」
恥ずかしいとか、みっともないとか、そんな感情はなかった。
ただ、玲がこれまで一人で背負ってきたものを、少しでも分けてほしかった。
最初は戸惑ったような玲の声が聞こえたが、やがて、そっと腕が背中に回される。
そして、ぎゅっと抱きしめ返された。玲の鼓動が静まで伝わってくる。
「…静はすごいあったかいね。」
玲の手が後頭部に回り、玲の肩に押しつけられる。
「ありがとう、静。」
玲は穏やかな声でいうと、静を強くだきしめた。
その声は少し震えているようにも聞こえた。
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