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しおりを挟むしばらくすると、アパートの外から低く唸るようなバイクのエンジン音が聞こえてきた。
鍵を閉めて、玲がきても無視してしまえばいい。
そうすれば、すべて終わらせられる。
そう頭ではわかっているのに、静の身体は玄関から離れなかった。
ドアが開き、玲が迷いなく中へ入ってくる。
そして、何も言わずに静の腕を掴んだ。
「静、行くよ」
有無を言わせない声。
「……本当に大丈夫だって」
静の力ない声が響く。
「それに、僕、金欠だから。診療代なんて払えない」
「俺が払うからいい」
すぐにそんな返事が返ってきた。
「……なんで、そこまで心配してくれるの」
自分でも驚くほど、震えた声だった。
聞いてはいけないとわかっているのに、静は恐る恐る尋ねてしまう。
少し前を歩く玲の背中に向かって。
「静のことが大切だから」
振り返ることもなく、すぐに返ってきた言葉。
その言葉が嘘だと、静は知っている。
だけど、胸の奥がじんわりと熱を帯び、何かが込み上げてくる。
抑え込んでいた感情が揺さぶられる。
アパートの駐輪場に着くと、そこには一台の大型バイクが停まっていた。
玲が十八歳になり免許を取り、知り合いから譲り受けたという愛車。
何度もここに停まっているのを見てきた。
けれど、実際に乗るのは初めてだった。
玲は慣れた手つきでメットインを開け、ヘルメットを取り出して静に差し出す。
静はそれを受け取り、しばらく見つめた。
これは、他の誰かが使っていたものなのだろうか。もしかしたら自分以外に恋人という存在もいるかもしれない。玲の愛は静にはないものだから。
いっそのことどうでもいいことだ。
自分が気にするような立場じゃない。
そうわかっているのに、そんなくだらない考えが頭をよぎってしまう。
黙り込んだままの静を見て、玲はヘルメットを取り上げ、半ば強引に被せた。
「行かないとか言うのは絶対なし。
早く乗って」
静は小さく息を吸い、後部座席に跨ろうとするもうまくまたげない。すると玲が静の腰に腕を回しバイクに乗せる。
恥ずかしかった。自分が太ってなければこんな補助なんていらなかったはずだ。
初めての感覚に、自然と身体が強張った。
「怖かったら、腰に腕回していいから」
同じようにヘルメットを被った玲が、エンジンをかけながら振り返る。
「……うん」
短く返事をした直後、バイクはゆっくりと走り出した。
スピードが上がるにつれ、身体が不安定になる。
このまま振り落とされてしまうのではないかという恐怖が、背筋を這い上がる。
そのつもりはなかったのに、気づけば静は玲の腰に腕を強く回していた。
これが、最初で最後。
玲のバイクに乗るのも。
こうして背中を見るのも。
そう思った瞬間、胸が締め付けられる。
風を切る音の中で、静は玲の背中を見つめたまま、静かに涙を流した。
ヘルメットの中なら、きっと気づかれない。
この時間が、永遠に続けばいいのに。
それでも、もうすぐ終わる。
そう確信しながら、静はただ、しがみつくように腕に力を込めた。
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