君に不幸あれ。

ぽぽ

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目を開けると、部屋はすっかり闇に沈んでいた。
窓の外から差し込む光もなく、時間の感覚が曖昧になるほど静まり返っている。

静はゆっくりと身体を起こし、スイッチを押して部屋の電気をつけた。
白い光が一気に広がり、現実が無遠慮に引き戻される。

続いてカーテンを閉めた。
外と遮断された空間で、ひとり取り残されたような感覚が胸に広がった。

目、覚めなければよかった。
そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎる。
だが、その思考を追い払うように、静は小さく息を吐いた。

カーテンを閉めた直後だった。インターホンが鳴り響いた。

宅配便でもきたのだろうか。そう思い、ドアを開ける。


「……はい」


控えめに扉を開けた、その瞬間。

ドアの隙間に手を差し込み、そのまま玄関へと入り込んできた。
そのまま静の手首を掴み引き寄せた。

そして、強く抱き寄せられる。


「静、大丈夫?!」


その声を聞いた瞬間、心臓が強く脈打つ。
驚きと焦りが混じった声。

いつもは感情をあまり表に出さない玲が、必死に訴えかけていた。


「何が……?」


静が素っ気なく返すと、玲は言葉を失ったように息を詰まらせる。


「もしかして寝てた?
今日会う約束だったでしょ?メールも電話も全然返事ないから、心配で来たんだ。
部屋もずっと暗いままだったし、帰るまで待ってようかと思ってたんだけど……中にいたんだね。電気ついたから慌ててインターホン押しちゃった。」


玲は困ったように笑った。
本当に心配しているような声音。
だが、もうそれが演技だということはわかっている。


「……うん、ごめんね」


短くそう返す。


「鼻から、こんなに血…どうしたの……」


震える指先が、静の頬に残った血の跡に触れた。
その指は、驚くほど冷たかった。ずっと外で待っていたのかもしれない。すっかり殴られたことを忘れていた。

母親に鞄で殴られたこと。
その衝撃で、鼻血が出たこと。


「……鼻血?」


あの時のことを話したら、玲はどんな顔をするのだろう。
心配するのか、それとも。
だが、口に出す勇気はなかった。

どうせ、この心配するような態度も嘘なのだ。静はそう悟る。

きっと、誰かと仕組んだ罰ゲームだ。
そう考えれば、納得できる。

静は視線を逸らし、洗面所へと向かった。
鏡に映った自分の顔を見て、思わず苦笑が漏れる。

血が乾き、頬にこびりついたままになっていた。


「……本当だ。気づかなかった。顔、洗わないと」


まるで他人事のように呟く。

蛇口を捻り、冷たい水で顔を濡らす。
ゴシゴシと擦るたび、固まった血が少しずつ落ちていく。

洗面所の扉越しに、玲の足音が近づく。


「静、今すぐ病院に行こう」


洗い終えた静の腕を、玲が強く掴んだ。


「大丈夫だよ。たかが鼻血だから。心配しすぎだよ。
もう止まってるみたいだし」

「でも……床にもあんなに血が……」


玲は顔を歪め、真剣な目で静を見る。


「いいって。本当に大したことない」


そう言っても、玲は引き下がらない。


「お願いだから、静……
病院行こう」


演技にしては真剣すぎる今にも泣き出しそうな声。

その声に、胸がぎゅっと締め付けられる。

(やめてよ……優しくしないで……)

なんとも思っていないくせに。
可哀想なやつに向ける同情なんて、いらない。


「……大袈裟だよ」


雰囲気を誤魔化すように、静は笑った。
だが、玲は一切笑わなかった。


「大袈裟じゃない。
この血の量は、どう考えてもおかしい」


制服のワイシャツにまで残った血を指差す。


「俺、今すぐ家に戻ってバイク持ってくる。
それで病院行こう」

「だから、大丈夫だって言ってるじゃん!!」


静は強く腕を振り、玲の手を振り払った。

一瞬、玲は驚いたような顔をしたが、すぐに真剣な表情に戻る。


「静、ちょっと待ってて」


低く、言い聞かせるような声。


「絶対に家から出ないで。
家から出たら……許さないから」


その言葉の意味を考える暇もなく、玲は静の額に軽く口づけを落とした。
そして、そのまま玄関を出ていった。

扉が閉まる音が、やけに大きく響く。

静はその場に立ち尽くしたまま、しばらく動けなかった。

冷たくなった額に残る感触だけが、いつまでも消えなかった。
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