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しおりを挟む病院に到着し、簡単な問診と診察を受けたあと、鼻の腫れが少し目立つという理由でレントゲン検査を受けることになった。
白い壁に囲まれた検査室で一人待たされている間、静の胸は落ち着かず、浅い呼吸を繰り返していた。
もし、鼻骨骨折だったら。
そうなれば治療費がかかる。
母親はもう頼れないし、頼るつもりもない。
その現実がじわじわと重くのしかかり、胃の奥がきゅっと縮む。
結果を聞くまでの時間は、やけに長く感じられた。
しかし、医師から告げられた診断は拍子抜けするほどあっさりしたものだった。
骨に異常はなく、腫れも一過性のもの。
しばらく安静にしていれば自然に治るだろうという。
静はほっと息をつき、診察室を出た。
待合室の椅子に座っていた玲は、静の姿を見つけるとすぐに立ち上がり、小走りで近づいてきた。
「……大丈夫だった?」
不安を隠しきれない声。
「…うん、大丈夫。
なんの異常もないって」
「本当に?よかった……」
その言葉と同時に、玲は胸元を押さえ、その場の椅子にぐったりと腰を下ろした。
張り詰めていた緊張が一気に抜けたようだった。
「そんなに心配することじゃないのに」
静がそう言うと、玲は困ったように笑う。
「心配になるよ。俺の大事な恋人だもん」
その言葉と一緒に、玲の手が静の頬に伸び、そっと撫でた。
優しい動作。優しい声。
それなのに「恋人」という言葉が、刃物のように胸に突き刺さる。
その後、再びバイクに乗り、家の前まで送ってもらった。
エンジンが止まり、静が降りて玄関に向かおうとしたとき、後ろから呼び止められる。
「あのさ」
振り返ると、玲は少しだけ言いづらそうな顔をしていた。
「言いたくないなら無理に聞かないけど……
本当は、何かあったんじゃないの?」
母親から突きつけられた、海外行きの話。
拒否権のない強制的な選択肢。
そして、恋人だと信じていた人の気持ちが、最初から嘘だったと知ったこと。
心も身体も、すっかり疲れ切っていた。
特に、信じていたはずの存在が原因で、心の奥を抉られるような感覚を味わったことが、一番つらかった。
それでも、静は首を横に振る。
「なんにもないよ。
まあ……鼻血が突然出てびっくりした一日ではあったけど」
少し間を置いて、付け足す。
「あと、玲くんに恥ずかしいところ見られて、ちょっと嫌だったかも」
適当に並べた嘘だ。
無理やり口元に笑みを浮かべる。
その笑顔が不自然だと、自分でもわかっていた。
「玲君、あのさ…」
病院に着いたときから、この帰り道で別れを告げようと決めていた。
なのに、いざその瞬間が近づくと、言葉が喉の奥で詰まって出てこない。
「ん?どうした?」
玲は穏やかな声で静に近づく。
「…ううん、やっぱなんでもない」
気持ちがないとわかった時点で、別れるべきなのに。
それが正しいのに。憎しみをぶつけたいのにどこか吹っ切れない自分がいた。
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