君に不幸あれ。

ぽぽ

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「おい、デブ」


頭上から、聞きたくもない同級生の声が落ちてきた。
静は返事をすることなく、ゆっくりと顔を上げる。

そこには、いつも通りニヤついた笑みを浮かべる川島が立っていた。
その背後には、野次馬のように集まった男女の生徒たち。期待と嘲笑が入り混じった視線が、静に突き刺さる。

静は内心で小さく息を吐いた。
また始まる。

そう思った。
けれど、その予感はすぐに裏切られる。


「なあ、お前さ」


川島は意味ありげに間を置き、周囲を見回してから言った。


「天輝先輩と付き合ってるって、マジ?」

「……え?」


思考が一瞬、止まった。
静は言葉の意味を理解できないまま、その場で固まる。

付き合っていることは、玲と静、二人だけの秘密のはずだった。
屋上と、あの部屋の中だけで完結している関係。
それを、なぜこの連中が知っているのか。


「この前ね」


川島の背後から、一人の女子が前に出てくる。
川島の腕に自然な仕草で手を絡め、楽しそうに口を開いた。


「仲良い先輩から聞いちゃったんだよ」

「……何のこと?」


声が、思った以上に掠れていた。


「とぼけんなよ、ブス!」


次の瞬間、川島の足が静の机を勢いよく蹴り上げた。
ガンという鈍い音が教室に響き、周囲の視線が一斉に集まる。


「とぼけてなんかない……知らない。そんなこと……」


必死に否定するが、言葉には力がこもらない。


「でもさ」


女子は、わざとらしく首を傾けた。


「屋上で会ってるところ、その先輩が見たって言ってたよ。
しかも、手、繋いでたって」


静の心臓が、ひどく脈打った。
まさかあの時間を、誰かに見られていたなんて。

周囲から「キモすぎ」「え?それ本当だったらマジでないんだけど」という声が上がる。
けれど静の耳には、もうほとんど入ってこなかった。


「それでね」


女子生徒が楽しそうに続ける。


「その先輩が天輝先輩に聞いたんだって。
あんたのこと、どう思ってるかって」


静の中を、冷たい緊張が走る。


「あんたみたいなデブス、マジで気持ち悪いって言ってたらしいよ」


胸の奥に、鋭い痛みが走った。
まるで、ナイフで抉られたみたいに。


周囲からどんな言葉を浴びせられても、耐えてきた。
でも、それが玲の言葉だと突きつけられた瞬間、全てが崩れ落ちた。

信じたくない。
嘘だと否定したい。
けれど、問いただす勇気はどこにも残っていなかった。

拳を、ぎゅっと握りしめる。


「付き合ってあげたのもさ、ボランティア的なもんだって」


女子生徒は嘲るように言う。


「可哀想だから相手してただけ。あと好きにさせれば金奪えると思ってたみたい。
まあ納得だけどね。天輝先輩が、あんたみたいなのと本気で付き合うわけないもん」


微かな希望さえも全てを裏切られた気がした。
この前、玲が教室で話していた言葉がもしかしたら嘘だったんじゃないかそんなことを考えた自分が馬鹿だった。

胸が苦しくて、息が詰まって、視界が滲んでいく。


「それでも……信じてたかった、のに……」


絞り出すような声が、床に落ちる。


「独り言まで言ってて怖いんだけど。
私は話聞いただけだから」

「聞きたくないっ、何も…」


その時、川島がぐっと顔を近づけ、静の前髪を掴んで引き上げた。


「っ、いた……!」

「デブ、調子乗ってんじゃねえよ」


川島は下卑た笑みを浮かべる。


「どう考えても向こうは遊びに決まってんだろ。
クズ同士、仲良くしてろよ」

「……クズって」


静の声は、低く、震えていた。


「誰のこと」

「あの先輩とお前に決まってんだろ」


川島は鼻で笑う。


「ああ言うタイプは顔と親の金に甘えてきた人生イージーモードの人だろ。
でも、お前みたいな根っからのクズならお似合いだよ」


女子生徒たちはその言葉にブーイングの声を上げた。人気者の天輝先輩を悪くいうなという批判の声。静にはその声は届かない。

その瞬間だった。

静の中で今まで感じたことのない怒りが爆発した。
何も知らないくせに。
人の過去も、事情も、気持ちも。

考えるより先に、身体が動いていた。

乾いた音が、教室に響き渡る。


「……はっ」


川島の口から、間の抜けた声が漏れる。


「うざいのは」


静は、震える拳を下ろし、川島を睨みつけた。


「何も知らないくせに、口先だけ立派な君の方じゃないの?」


低く唸るような静の声が、静まり返った教室に落ちた。
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