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本編
新人騎士の着任
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「――ネウクレア・クエンティンだ」
湿地帯の地図が掲げられ、書類整理のためにいくつかの卓が置かれた執務用の天幕に、低く枯れた割れ鐘のような声が響いた。
黒鋼の鎧に全身を包んだ男の姿とその声に、新人騎士を出迎えるために集まった騎士団長とその副官二名は、それぞれに驚きの表情を見せた。
「おお、なんかすごいのが来たな」
瞳を輝かせて感嘆の声を上げたのは、ファイスだった。無遠慮なほどに近付いて、クルクルと周りを回って鎧を眺めまくる。
「ファイス、失礼ですよ。こっちへ戻りなさい」
「なんだよお前も気になるだろ。おおっ! 兜、かっこいいな!」
「戻りなさいと言っているでしょう」
リュディードが慌ててファイスの襟首を掴み、ネウクレアのそばから引き離した。
「すみません。私は副団長で事務方と支援部隊を担当しているリュディード・フェイリスです」
軽く略式の礼をしながら自己紹介をし、片手で襟首を掴んだままのファイスをずいっと前に出す。
「――この無礼な男は、同じく副団長のファイス・ヴァルミアです。主に前線部隊の総隊長を務めています」
「おい、リュデ、放せよ」
「でしたら、じっとしていなさい」
悪ガキと、それを締め上げる保護者のように騒ぐ副官達に、セディウスが小さく笑う。
「――リュディードとファイスか。自分は当団の騎士団長、セディウス・アーリル・レゲンスヴァルト直属という立場になる。副団長である貴方がたと自分は同格となると判断した。相違ないか」
ネウクレアからの質問に、二人が完全に動きを止めた。とても新人の発言とは思えないそれに、不意打ちを食らったのだ。
「お、おお……。そう、なるのか。うん? そうか?」
「理屈上はそうですが、どうでしょうか。……貴方、実に論理的な物言いをしますね」
背後で様子を見ていたセディウスは、戸惑う彼らの肩を叩いて下がらせる。
「私が第一騎士団の騎士団長である、セディウス・アーリル・レゲンスヴァルトだ。はるばる魔導研究機関からよく来てくれたなネウクレア。これからよろしく頼むぞ」
穏やかな声で言いながら、ネウクレアの肩も軽く叩いた。
「それで、質問の答えだが……理屈上は同格だが、ここでの経験値の多さとしては、リュディードとファイスはお前の先達ということになる。その辺りは敬意を忘れないでやってくれ」
やんわりと補足をしたセディウスの方を見上げて、ネウクレアは「了解した」と、返してから二人の同僚の方へと兜に覆われた顔を向ける。
「リュディード、ファイス、貴方がたに先達として、この駐屯地での情報の共有を要求する」
そして、胸に拳を当てて見事な騎士の礼をして見せた。
「……お前、ものすごく癖強いな。まっ、いいや。色々教えてくれってことだな。任せとけ!」
「私もいいですよ。困ったことや、わからないことがあったら、なんでも聞いてください」
強張っていた顔を笑み崩れさせながら、二人が礼を返す。
「ネウクレア、お前は少し独特な言動をしているな。このまま騎士たちの中に混ざるのは少しばかり問題がありそうだ。当面は、私のそばで行動をするようにしてくれ」
「了解した。騎士団長、貴方と行動を共にする」
――言い回しが直接的で論理的なために硬質な印象を受けるが、セディウスの言葉に対しての返答からは、指示を与える相手への従順さが垣間見えた。
魔導研究機関からの事前情報には、身体を極力他人に晒さないことや、酒精などの摂取制限など、多様な制約も記されており、かなり特殊で厳しい環境下で訓練を受けたのだと察せられた。
――癖は強いのかもしれないが、ある意味では扱いやすい人材なのか。
「……なんか厳ついのに、妙に初々しいぞ。違和感がすごいな」
「新人ですからね。少しずつ慣れていってもらいましょう」
硬直した空気から一変して、和気あいあいとした様子になった彼らを見守りながら、セディウスは内心で苦笑した。
トウルムント公がどういう意図で彼をセディウスの直属としたのか、その真意はともかくとして妥当な命令だったのだと思わざるを得ない。
この全身鎧の騎士を、癖が強いの一言で片付けられるファイスは、例外中の例外だろう。
「では、これから私が駐屯地内を案内しよう。二人は職務に戻ってくれ」
「了解。なあ、ネウクレア、時間が取れたら手合わせしような。よかったらだけどな? いいよな? じゃあまた後でな!」
直立不動のままのネウクレアの腕を軽く叩いてから、ファイスが駆け足で天幕を出ていった。
人懐っこさがファイスの長所だが、ネウクレアのような風変りな騎士にまで発揮されるところ見たリュディードが、肩を震わせてくすくすと笑った。
セディウスも同様にこらえきれなくなって、「はは、ファイスの奴、まったく大した男だ」と、声を上げて笑ってしまう。
ネウクレアはセディウスに「手合わせを要求されたが、これは受諾すべきか」と、質問をした。
「相手をしてやってくれ。怪我のない程度でな」
「了解した」
「しつこいようならば、断っても構わない。気に入られると何度も要求されるぞ」
「手合わせを複数回、行うことに関して問題はない。要求されれば、適宜対応する」
……寛容と言うべきか。無頓着と言うべきか。
しかし、これは確実にファイスを喜ばせて調子づかせる。彼だけで済めばいいが、ほかの騎士たちも黙ってはいないだろう。手合わせに際限なく付き合わされる未来しか、脳裏に浮かばない。
セディウスは少し口元を押さえて、しばし考えた。
「……手合わせは、三日に一度くらいに抑えてくれ」
いくら対応すると本人が言っていても、限度があるというものだ。
「では、それ以上の頻度となった場合には拒否する」
「よし、そうしてくれ。ではリュディード、辺りを周ってくる。後は任せたぞ」
「行ってらっしゃいませ。こちらは片しておきますので、ごゆっくりどうぞ」
「ネウクレア、ついて来い。お前がこれから活動する場を、しっかりと見て学ぶように」
「了解」
――執務の続きをするために天幕に残ったリュディードに見送られて、セディウスはネウクレアをともない駐屯地内へと出掛けていった。
湿地帯の地図が掲げられ、書類整理のためにいくつかの卓が置かれた執務用の天幕に、低く枯れた割れ鐘のような声が響いた。
黒鋼の鎧に全身を包んだ男の姿とその声に、新人騎士を出迎えるために集まった騎士団長とその副官二名は、それぞれに驚きの表情を見せた。
「おお、なんかすごいのが来たな」
瞳を輝かせて感嘆の声を上げたのは、ファイスだった。無遠慮なほどに近付いて、クルクルと周りを回って鎧を眺めまくる。
「ファイス、失礼ですよ。こっちへ戻りなさい」
「なんだよお前も気になるだろ。おおっ! 兜、かっこいいな!」
「戻りなさいと言っているでしょう」
リュディードが慌ててファイスの襟首を掴み、ネウクレアのそばから引き離した。
「すみません。私は副団長で事務方と支援部隊を担当しているリュディード・フェイリスです」
軽く略式の礼をしながら自己紹介をし、片手で襟首を掴んだままのファイスをずいっと前に出す。
「――この無礼な男は、同じく副団長のファイス・ヴァルミアです。主に前線部隊の総隊長を務めています」
「おい、リュデ、放せよ」
「でしたら、じっとしていなさい」
悪ガキと、それを締め上げる保護者のように騒ぐ副官達に、セディウスが小さく笑う。
「――リュディードとファイスか。自分は当団の騎士団長、セディウス・アーリル・レゲンスヴァルト直属という立場になる。副団長である貴方がたと自分は同格となると判断した。相違ないか」
ネウクレアからの質問に、二人が完全に動きを止めた。とても新人の発言とは思えないそれに、不意打ちを食らったのだ。
「お、おお……。そう、なるのか。うん? そうか?」
「理屈上はそうですが、どうでしょうか。……貴方、実に論理的な物言いをしますね」
背後で様子を見ていたセディウスは、戸惑う彼らの肩を叩いて下がらせる。
「私が第一騎士団の騎士団長である、セディウス・アーリル・レゲンスヴァルトだ。はるばる魔導研究機関からよく来てくれたなネウクレア。これからよろしく頼むぞ」
穏やかな声で言いながら、ネウクレアの肩も軽く叩いた。
「それで、質問の答えだが……理屈上は同格だが、ここでの経験値の多さとしては、リュディードとファイスはお前の先達ということになる。その辺りは敬意を忘れないでやってくれ」
やんわりと補足をしたセディウスの方を見上げて、ネウクレアは「了解した」と、返してから二人の同僚の方へと兜に覆われた顔を向ける。
「リュディード、ファイス、貴方がたに先達として、この駐屯地での情報の共有を要求する」
そして、胸に拳を当てて見事な騎士の礼をして見せた。
「……お前、ものすごく癖強いな。まっ、いいや。色々教えてくれってことだな。任せとけ!」
「私もいいですよ。困ったことや、わからないことがあったら、なんでも聞いてください」
強張っていた顔を笑み崩れさせながら、二人が礼を返す。
「ネウクレア、お前は少し独特な言動をしているな。このまま騎士たちの中に混ざるのは少しばかり問題がありそうだ。当面は、私のそばで行動をするようにしてくれ」
「了解した。騎士団長、貴方と行動を共にする」
――言い回しが直接的で論理的なために硬質な印象を受けるが、セディウスの言葉に対しての返答からは、指示を与える相手への従順さが垣間見えた。
魔導研究機関からの事前情報には、身体を極力他人に晒さないことや、酒精などの摂取制限など、多様な制約も記されており、かなり特殊で厳しい環境下で訓練を受けたのだと察せられた。
――癖は強いのかもしれないが、ある意味では扱いやすい人材なのか。
「……なんか厳ついのに、妙に初々しいぞ。違和感がすごいな」
「新人ですからね。少しずつ慣れていってもらいましょう」
硬直した空気から一変して、和気あいあいとした様子になった彼らを見守りながら、セディウスは内心で苦笑した。
トウルムント公がどういう意図で彼をセディウスの直属としたのか、その真意はともかくとして妥当な命令だったのだと思わざるを得ない。
この全身鎧の騎士を、癖が強いの一言で片付けられるファイスは、例外中の例外だろう。
「では、これから私が駐屯地内を案内しよう。二人は職務に戻ってくれ」
「了解。なあ、ネウクレア、時間が取れたら手合わせしような。よかったらだけどな? いいよな? じゃあまた後でな!」
直立不動のままのネウクレアの腕を軽く叩いてから、ファイスが駆け足で天幕を出ていった。
人懐っこさがファイスの長所だが、ネウクレアのような風変りな騎士にまで発揮されるところ見たリュディードが、肩を震わせてくすくすと笑った。
セディウスも同様にこらえきれなくなって、「はは、ファイスの奴、まったく大した男だ」と、声を上げて笑ってしまう。
ネウクレアはセディウスに「手合わせを要求されたが、これは受諾すべきか」と、質問をした。
「相手をしてやってくれ。怪我のない程度でな」
「了解した」
「しつこいようならば、断っても構わない。気に入られると何度も要求されるぞ」
「手合わせを複数回、行うことに関して問題はない。要求されれば、適宜対応する」
……寛容と言うべきか。無頓着と言うべきか。
しかし、これは確実にファイスを喜ばせて調子づかせる。彼だけで済めばいいが、ほかの騎士たちも黙ってはいないだろう。手合わせに際限なく付き合わされる未来しか、脳裏に浮かばない。
セディウスは少し口元を押さえて、しばし考えた。
「……手合わせは、三日に一度くらいに抑えてくれ」
いくら対応すると本人が言っていても、限度があるというものだ。
「では、それ以上の頻度となった場合には拒否する」
「よし、そうしてくれ。ではリュディード、辺りを周ってくる。後は任せたぞ」
「行ってらっしゃいませ。こちらは片しておきますので、ごゆっくりどうぞ」
「ネウクレア、ついて来い。お前がこれから活動する場を、しっかりと見て学ぶように」
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――執務の続きをするために天幕に残ったリュディードに見送られて、セディウスはネウクレアをともない駐屯地内へと出掛けていった。
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