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本編
魔導研究機関トウルムント
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「――命令する。第一魔導騎士団の駐屯地へ向かえ」
魔導研究機関トウルムントの機関長にして、所有者である魔導公ゼス・トウルムントは、全身を黒鋼の鎧に包んだ騎士に告げた。
「……詳細な説明を要求する」
青白い光に満たされた室内は、書籍と書類が山積されている。その中に直立不動で立っている騎士の、獣めいた厳めしい兜から、低く枯れた割れ鐘のような声が響いた。
「お前の実験はもう佳境を過ぎた。研究機関内部での試みはやり尽くした」
輝く銀灰色の髪に、生気と熱量に満ちた鉄色の瞳を持ち、老翁然としたゼスの口から放たれたのは、無機質な言葉だった。
「次の段階へ移行する」
騎士とは目を合わせることなく、手元の紙になにごとかを恐ろしい速さで書き込んでいる。
「それが第一魔導騎士団駐屯地への派遣だ」
ペンが紙に、一度だけ打ち付けられた。
「ヴァイド帝国の動きは現在、不穏さを増している。戦線での活動任務を利用して、能力調査を行うのが主目的となる。……初回の軍事的運用における魔力使用量は、肉体及び鎧の蓄積限界までとしろ。実戦での威力と、上限を知りたい」
「了解した。指示に従い行動する」
「魔力使用量と魔導による攻撃の結果は、その鎧に記録される」
ペン先が鎧へと一瞬だけ向けられると、騎士は自らの体を見下ろす。
「よって、この件に関しての報告は不要だ」
一拍の間を置いて、ペンが再び紙面に走らされる。
「――お前の外見的特徴はなんらかの摩擦、対立、不和の因子となる恐れがある。生体維持などのために必要な場合以外……鎧による記録目的も踏まえ、極力、鎧を外すさず身体を他者に晒さないことを厳守しろ」
ゼスが一定の調子でペンを走らせる音と、淡々とした会話が奇妙な調和を醸し出す。
騎士は顔を上げて「その指示を極力、厳守する」と、応えて直立不動の姿勢に戻る。
「第一魔導騎士団駐屯地に於いては、騎士団長セディウス・アーリル・レゲンスヴァルトの直属となる。基本、彼の指示に従え」
硬質な音を立てて、ペンが紙面に打ち付けられた。
「――但し、帝国からの脅威による被害が甚大であると判断される緊急時、あるいは団員からの職務関連の依頼においては、自立思考で判断し行動しろ」
ぼうっと薄明るく光り、なんらかの魔導術式が発動したことを示す。皺枯れたゼスの細長い指先が、しなやかに動いて紙をすくい上げ、中空へと舞わせた。
「了解した。状況によって行動を選択する。基本、団長の指示に従う」
「身体機能に直接的に影響を及ぼす、酒精、煙草等の嗜好品――及び覚醒物質等の摂取を禁ずる。飲食は研究機関からの支給品に限定はしない。状況により摂取の可否を判断しろ」
「摂取可能な飲食物を把握」
「身体及び精神に関する、未経験の異常を感知した場合、報告しろ」
天井高くまで舞い上がった紙が、騎士へ向けてはらりと落ちていく。
「異常を感知した場合は報告する」
騎士の鎧手が、取り落とすことなく紙を掴んだ。
それを見届けもせずに、ゼスは新しい紙を机上に置き、またペンを走らせる。
「この書面の処理方法への指示を要求する」
「保持しておけ。魔導研究機関トウルムントの派遣した騎士である証書だ。着任時に提示しろ」
「了解。重要書類と認識した。保持する」
騎士は緻密な指さばきで書類を丸め、腰にある小さな備品入れへと収納した。
「お前の研究機関での成果は、過去最高だ。――その成果物であるお前が失われることは機関としても、私自身としても、大きな損害となる。……自身の生命を損なう行動は慎め」
二拍ほどの間を置いて二度、ペン先が紙面に強く打ち付けられる。
「――いいか、失われては、ならないのだ。……最優先事項として記憶するように」
紙面は光らず、魔導術式発動は起こらなかった。
「記憶した。自分の能力において、実現可能な範囲で対処する」
「指示と情報確認はこれで終了とする。第一魔導騎士団駐屯地へ向かえ」
「了解した」
踵を返し、執務室を後にする騎士の背中を一瞥すらもせず、ゼスは紙面へとペンを走らせ続ける。
――耳が痛みを覚えるような静寂の中、ペンの音だけが響き続けた。
魔導研究機関トウルムントの機関長にして、所有者である魔導公ゼス・トウルムントは、全身を黒鋼の鎧に包んだ騎士に告げた。
「……詳細な説明を要求する」
青白い光に満たされた室内は、書籍と書類が山積されている。その中に直立不動で立っている騎士の、獣めいた厳めしい兜から、低く枯れた割れ鐘のような声が響いた。
「お前の実験はもう佳境を過ぎた。研究機関内部での試みはやり尽くした」
輝く銀灰色の髪に、生気と熱量に満ちた鉄色の瞳を持ち、老翁然としたゼスの口から放たれたのは、無機質な言葉だった。
「次の段階へ移行する」
騎士とは目を合わせることなく、手元の紙になにごとかを恐ろしい速さで書き込んでいる。
「それが第一魔導騎士団駐屯地への派遣だ」
ペンが紙に、一度だけ打ち付けられた。
「ヴァイド帝国の動きは現在、不穏さを増している。戦線での活動任務を利用して、能力調査を行うのが主目的となる。……初回の軍事的運用における魔力使用量は、肉体及び鎧の蓄積限界までとしろ。実戦での威力と、上限を知りたい」
「了解した。指示に従い行動する」
「魔力使用量と魔導による攻撃の結果は、その鎧に記録される」
ペン先が鎧へと一瞬だけ向けられると、騎士は自らの体を見下ろす。
「よって、この件に関しての報告は不要だ」
一拍の間を置いて、ペンが再び紙面に走らされる。
「――お前の外見的特徴はなんらかの摩擦、対立、不和の因子となる恐れがある。生体維持などのために必要な場合以外……鎧による記録目的も踏まえ、極力、鎧を外すさず身体を他者に晒さないことを厳守しろ」
ゼスが一定の調子でペンを走らせる音と、淡々とした会話が奇妙な調和を醸し出す。
騎士は顔を上げて「その指示を極力、厳守する」と、応えて直立不動の姿勢に戻る。
「第一魔導騎士団駐屯地に於いては、騎士団長セディウス・アーリル・レゲンスヴァルトの直属となる。基本、彼の指示に従え」
硬質な音を立てて、ペンが紙面に打ち付けられた。
「――但し、帝国からの脅威による被害が甚大であると判断される緊急時、あるいは団員からの職務関連の依頼においては、自立思考で判断し行動しろ」
ぼうっと薄明るく光り、なんらかの魔導術式が発動したことを示す。皺枯れたゼスの細長い指先が、しなやかに動いて紙をすくい上げ、中空へと舞わせた。
「了解した。状況によって行動を選択する。基本、団長の指示に従う」
「身体機能に直接的に影響を及ぼす、酒精、煙草等の嗜好品――及び覚醒物質等の摂取を禁ずる。飲食は研究機関からの支給品に限定はしない。状況により摂取の可否を判断しろ」
「摂取可能な飲食物を把握」
「身体及び精神に関する、未経験の異常を感知した場合、報告しろ」
天井高くまで舞い上がった紙が、騎士へ向けてはらりと落ちていく。
「異常を感知した場合は報告する」
騎士の鎧手が、取り落とすことなく紙を掴んだ。
それを見届けもせずに、ゼスは新しい紙を机上に置き、またペンを走らせる。
「この書面の処理方法への指示を要求する」
「保持しておけ。魔導研究機関トウルムントの派遣した騎士である証書だ。着任時に提示しろ」
「了解。重要書類と認識した。保持する」
騎士は緻密な指さばきで書類を丸め、腰にある小さな備品入れへと収納した。
「お前の研究機関での成果は、過去最高だ。――その成果物であるお前が失われることは機関としても、私自身としても、大きな損害となる。……自身の生命を損なう行動は慎め」
二拍ほどの間を置いて二度、ペン先が紙面に強く打ち付けられる。
「――いいか、失われては、ならないのだ。……最優先事項として記憶するように」
紙面は光らず、魔導術式発動は起こらなかった。
「記憶した。自分の能力において、実現可能な範囲で対処する」
「指示と情報確認はこれで終了とする。第一魔導騎士団駐屯地へ向かえ」
「了解した」
踵を返し、執務室を後にする騎士の背中を一瞥すらもせず、ゼスは紙面へとペンを走らせ続ける。
――耳が痛みを覚えるような静寂の中、ペンの音だけが響き続けた。
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