【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり

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本編 

第一魔導騎士団駐屯地

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「――トウルムントからの魔導騎士派遣だと?」


  レゲムアーク皇国第一魔導騎士団の団長、セディウス・アーリル・レゲンスヴァルトは、駐屯地に設けられた執務用の天幕で、副団長の一人であるリュディード・フェイリスからの連絡を受けて眉をひそめた。

「はい。魔導騎士の派遣です」

「あそこでは騎士の養成もしていたのか」

「聞いたこともありませんが、騎士を送るとの通達が届いていますから」

「魔導研究機関トウルムントといえば、魔導公ゼス・トウルムントの魔窟と噂される組織だ。一体、どんな騎士がやって来るのだろうな」


 ――敵対しているヴァイド帝国の侵略行為を防ぐため、皇国は国境である大平原の南端数ヵ所に、騎士団の駐屯地を設けている。

 その中でも、湿地帯の多い大平原において帝国から皇国へと伸びた比較的地盤の固い地形にある、第一魔導騎士団駐屯地は、攻略の要所と両国から目されている土地だ。

 防衛の最前線であるこの駐屯地に派遣されるのだから、それだけで優秀な人材だと証明される。

 しかもトウルムントは、レゲムアーク皇国における魔導技術の中枢機関だ。皇国で実用されている魔導術式の大半は、かの機関の成果である。

 機関長にして創設者であるゼス・トウルムントは唯一無二の、魔導公という爵位を与えられている。天才という枠に収まりきらない、奇人としても有名な研究者だ。

 ――彼にまつわる噂は、目を見張る英雄的な偉業から耳を疑う非人道的な実験行為まで、数え始めたらきりがない。素行においては賛否両論である。


「派遣される騎士の大まかな詳細は、こちらの書類に――」

「――俺のお眼鏡に適うヤツだといいがな」


 軽口を叩きながらリュディードの手にあった書類を素早く奪ったのは、彼と同じく副団長を務めるファイス・ヴァルミアだった。短く刈り込んだ銀髪に鮮やかな緑の瞳が特徴的な男で、前線部隊の総隊長も務めている。


「ファイス、なにをするんですか」

「いいだろ、俺だって見ていい書類だ」

 奪い返そうと伸ばされたリュディードの手を俊敏な動きでするりと避けて、ファイスは書類を読み始めた。

「人の手から奪うんじゃありません」

「すぐ見たかったんだ」

「こら、返しなさい。団長が先です」

 眉尻を吊り上げながら再び伸ばされた同僚の手を、書類を読みながらするすると避けて小柄な体が動き回る。

 セディウスは彼らの軽妙なやり取りに、小さく口の端を上げた。

 ……いつもながら賑やかだ。これは、彼らにとってじゃれ合いのようなものだ。不仲なように見えてもいざというときには、それぞれの能力を遺憾なく発揮してくれる。

「ファイス、読み終わったらこちらに寄越してくれ」

「ああうん、了解」

 それが分かっているからこその余裕で、セディウスは大らかに笑うだけで済ませる。

 リュディードに、「甘やかさないで下さい。示しがつきません」と、小言をこぼしてため息をつかれた。

「うむ……」

 セディウスは否定とも肯定ともつかない返事をした。


 ここで下手に反論しようものなら、小言が倍になるのだ。筋骨たくましく長身のリュディードは、その外見に反して繊細で神経質だ。きっちりと乱れなく撫で付けられた黒髪が彼の気質を表している。

 彼の細やかな配慮に常日頃から助けられているセディウスとしては、頭の上がらないところもあり、こういった小言は甘んじて受けるべきだと思っている。


「ファイス、貴方、いい加減に落ち着いたらどうですか。仮にも副団長なんですよ。自覚を持ってください」

 リュディードはやんちゃな同僚にも長々と小言を垂れたが、書類に夢中でまるで聞いていない。

 そんな彼の銀髪頭を「まったく……、仕方ないですね」とぼやきながら軽く拳で小突いてから、セディウスへと向き直り姿勢を正す。

「団長、派遣される騎士に関しては、貴方の直属として指導するようにとトウルムント公からの命令がありました。拒否権はありません。こちらで調整しますので、可能な限り時間を割いてください」

「ああ、わかった。頼むぞ。……ここのところ、ヴァイド軍の動きが活発だ。歓迎会が防衛戦にならなければいいが」

 実際に歓迎会を開くことはない。部隊内でささやかな酒宴が開かれる場合もあるが、全員が集うような会を戦線で行うのはさすがに不用心がすぎる。

「そうなったらなったで、派手な歓迎会になるさ。お手並み拝見だ」

 書類を読み終えたファイスが、目を細めながらニヤリと笑ってセディウスへと書類を手渡す。

「それにしても、トウルムント育ちの騎士か……。会うのが楽しみだ」


 ――『ネウクレア・クエンティン』


 書類に記された騎士の名を、セディウスは指でなぞった。奇妙な響きだが、それでいて不思議と耳馴染みが良く惹き付けられる力があるようにも感じる。

「クエンティンって、聞いたことのない家名だな。どこの武家だよ」

「……武家からの輩出ではないでしょう。おそらく完全な子飼いですよ。……公は、過去に何人かの戦災孤児を研究機関名義で引き取ったことがあると、以前に聞いたことがありますし……」


 リュディードの口振りは、魔導公が心優しい慈善家だと評価してのことではないと、言外に語っている。広く知られている表向きのゼス・トウルムントの姿でさえ、薄っすらと後ろ暗い色をまとっているのだ。


「幼い頃から公直々に育てた騎士なのだとしたら、能力はかなり期待できるのではないか?」

 セディウスがそう言うと、リュディードは「能力面ではそうですが、懸念はそこではありません」と、小さく首を振った。

「対人面に関して、あの方のいい噂はありません。……その、憶測にすぎませんが……、人格面での欠陥があるのではないでしょうか。指導という単語を使っている辺りに引っかかりを感じます」

「考えすぎじゃないか? 欠陥ってんなら、俺ら騎士団だって癖が強い奴らがいるだろ。今更だな」

 からからと笑うファイスの楽観した言葉に、リュディードは「まあ確かにそうですが……」と困り顔で微笑むというなんとも複雑な表情をした。

 ……目の前にいる同僚が、その筆頭だとでも言いたかったのだろう。セディウスでさえもそう思ってしまったのだから、彼の気持ちは手に取るように分かる。

「……それが、騎士として健全に機能する範囲でしたら、いいのでしょうけれどね。……団長、受け入れの際には慎重になる必要があるかと」

「どれもこれも、憶測の域を出ていないな。会えば、はっきりするだろう」

 徐々に、話の雲行きが怪しくなってきた。癖が強いで済まされない問題児だとしたら、頭痛の種だ。

「それよりも、ヴァイド帝国の動きの方が問題だ。偵察部隊の報告によると、大隊規模の兵が動いているらしい。なんらかの新しい動きがあると思っていいだろう」

 セディウスは眉間に寄った皺を指先で解し、気分を切り替える。

「はぁ、まったく飽きないな連中は。また鉄の玉が飛んでくるのか。まっ、防壁ぶち抜かれないようにいつもの三倍は念入りに防壁掛けとけって、魔導部隊に言っとく。前みたいにあっちの無駄弾で終わるだろ」


 国境沿いには長年にわたり増設と強化を続けてきた石積みの長大な防壁がある。それを基礎として魔導術式による防壁を重ねて補強するのが、現在の主な防衛策だ。


「支援部隊の方にも、防壁面の補強や物資の準備を要請しておきます」

「そうしてくれ。場合によっては、私も前線に立つ」

「おいおい、団長が出るようじゃ、ここは落ちたも同然だろ。ヴァイドのタマは防壁でどうにかなる。もし連中が近寄ってきやがったら俺が出て蹴散らすさ。団長はいつも通り悠々と構えていてくれ」

 どんと、胸板に拳を叩き付けてファイスがにいっと笑う。荒っぽいがすっきりとした性格の彼らしい励ましだ。

「そうだな。しかし、油断は禁物だ。準備と警戒を怠らないように皆に伝えてくれ」

「承知! じゃ、ひとっ走りいってくる」

「気を付けてください。今回は、なにか……本当にいつもとは違うような気配がしますから」

「へいへい、わかってるって! リュデ、心配し過ぎると禿げるぞ。そっちは新人の受け入れ準備もあるだろ。入居用の天幕、張ったか? 野営なんてさせるなよ」

「余計なお世話ですよ、天幕は設営済みです。防水などの術式も施しました。抜かりはありません」

「おう、さすがきっちりしてるな! よし、俺もきっちりやってこよう」

 ファイスは満面の笑みを浮かべながら拳を軽くリュディードの腹に当てて、一足飛びで天幕を飛び出していく。実に息の合った軽快なやり取りだった。

 漂っていた不穏な空気が、不思議と和らぐ。

「ふっ、くく……。なんというかやはり、お前たちは本当に見ていて退屈しない」

「それで団長の笑顔が引き出せるのなら、私の苦労も報われますね」

「冗談にしては結構な真顔だな、リュディード」

 ため息をついた部下の肩を叩いて、セディウスは明るい声で笑った。
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