【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり

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本編 

葛藤を抱えながら

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 ――ネウクレアは、頬に心臓の強い脈動と体温を感じていた。 


 拒絶された瞬間に感じた胸の痛みと苦しさが、何度も頭を撫でられていくうちに少しずつ溶けていく。

「心地がいい……」 

「ネウクレア」
 
  低く穏やかな声が名を呼ぶ。

 それだけで、胸の奥に熱が生まれる。ゼスがネウクレアを呼ぶのとは、まったく違う響きだ。

「セディウス」 

 彼の名を呼び返してみると、熱がさらに高まっていく。

「……貴方が、好意的であることは理解した。しかし、職務を放棄して自分を守る必要性は感じられない」

「必要かどうかということではない。私がそれを望んでしまったからだ」

「損失が多大だ。愛情を与える、あるいは愛するという行為は、その損失を補うに値する成果を挙げられるものなのか。自分には、理解不能だ」

 成果を挙げるどころか、破滅を引き起こす願望だ。

「お前は、そう思うのか」

「そうだ。しかし、貴方に撫でられるのは極めて心地がいい。貴方から与えられるそれ以外の……抱き締めるという行為などは、自分が許容できるものだと推察する」

 ほとんどのことが理解不能だが、これだけは結論が出ている。

「駄目だ。安易に許してはいけない」

「単純に接触面が増えるだけだ。何ら問題はない」

 頬に感じている心臓の脈動が、激しくなった。ネウクレアが『好ましい』と感じたときの変化と似ている。強弱の違いはあるが、拒絶ではないのだと判断して問題ないはずだ。

「よく、考えてくれ」

「熟考する必要はない」

「ネ、ネウクレア」

「早く、抱き締めてほしい」

 行動を起こさないセディウスの衣服を引っ張り催促をすると、彼の体が微かに震えた。そして「あ、ああ……」と、やや上ずったような了承の声とともにゆっくりと背中に腕が回され、深く抱き込まれた。

「接触が不十分」

 やっと抱き締められたというのに、鎧に阻まれて体温を感じられない。

 不意に、鎧を着ていることに不快感を覚えた。

 多様な機能の術式が組み込まれているこの鎧は、生身でいるよりも快適なほどにネウクレアに適合している。だが、今この瞬間にそれが異物でしかなくなった。

 極力、鎧を外すなと指示されてはいるが、こういった必要に迫られた場合は例外だろう。セディウスとより接触するためには、異物を取り除かなければならないのだ。

「鎧を外す」

 身を捻ってセディウスの力強い腕から抜け出して立ち上がり、手早く鎧を外して床に置いていく。瞬きの間に、体が身軽になった。

 足具までは外さなかったが、露出の低い肌着と手袋だけの姿になったネウクレアは、セディウスの前に座り込んだ。そして、「セディウス、抱き締めて」 と、こちらを凝視している彼の青い瞳を見上げて要求すると、今度はすぐに抱き締められた。

「んっ……」

 広い胸に抱かれて頭や背中を撫でられると、めまいがするほどの充足感が体中に満ちていく。それはネウクレアの頭の芯を痺れさせ、勝手に身体から力が抜けていった。

 きっと、セディウスは自分に危害を加えることはしないだろう。こうして彼に体を預けていても、何ら危険を感じないのだから。

「貴方のすべてが心地いい。ずっと抱き締めていてほしい」

「そんなことを言うな。お前を、手放せなくなってしまう」

「手放す必要性を感じない」

「ネウクレア……」

 セディウスの声が近くなり、髪に柔らかな感触が触れた。唇を当てられたのだろう。……これも心地いい。

「……こんなことをしては、いけない。私はお前を、一人の部下として扱うべきなのに」

 否定的な発言をしながらも、彼の行為は止まることなく続いている。

「この行為は、部下にしてはいけないものか」

「適切な距離をとらねばならない」

「自分は、貴方の部下だが」

「例外だ。これは、この場だけのものだ。職務中にはしない。要求する発言も慎まなければならない」

「了解した。職務外の時間であれば、継続可能と判断する」

「その判断は確かに正しいが……」

 唸りながら、セディウスが頭に頬ずりをしてくる。

 まだなにか躊躇があるらしいが、ネウクレアとしては制限付きであっても、この行為が継続されるのなら問題はなかった。

「セディウス、これからも解析への協力を要求する」

「ああ……、いくらでも協力しよう。お前の理解が、全て可能になるまでな」

「了承、感謝する。まだ接触が不足している。もっと解析したい……」

 相変わらず強く感じるセディウスの脈動に、安堵感が増していく。


 ……奇妙な空腹などもう感じない。


 満たされる心地良さに溺れながら、ネウクレアはもっと接触を深めようと彼の厚い胸板に頬ずりをした。

「……ぐっ! ……うっ!」
 
 セディウスが苦し気に呻いたが、抱き締める腕は解かれない。こうして接触を深める行動は、彼にとって不快ではないのだ。

 ネウクレアは、就寝時間も離れずにいることを決定した。







 ――セディウスは、激しく脈を打つ胸の苦しさに、思わず呻いてしまった。


 胸板に頬ずりをされて甘えられ、そのあまりの可愛さによって心臓を止められそうになったのだ。


 時折、あどけなさを滲ませた口調や仕草になるのが可愛い。普段の論理的で率直な物言いも、それはそれで可愛い。ひとつひとつの言葉が、容赦ない威力でこちらの心を的確に突き刺してくる。

 体の細さにも驚いた。鍛えられたしなやかな筋肉の感触はあるが、全体として華奢だ。

 しかも、鎧を身に着けているときよりも、ひと回り体格が小さい。ファイスといい勝負の小柄さだ。簡単に手折ってしまえるほどか弱くはないが、庇護欲を酷くかき立てる。

 彼の体からほのかに香る薬草めいた甘い匂いが、鼻先を掠める。

 頭を撫でながら、何度も髪に口づけを落としてしまった。熱すぎない低めの体温も相まって、ネウクレアの言うように、ずっと抱き締めていたいと思った。


 ……だが、これほどまでにセディウスが感情を高ぶらせているというのに、ネウクレアは相反するように自身へ向けて放たれた激しい告白に、欠片も驚きはしなかった。言葉の重さや感情の機微を、まるで理解していない様子だった。

 そして、自身が放つ言葉の不用意さにも、まったく気付いていない。ただ純粋に、人との触れ合いや温もりを求めているのだろうとは理解できたが……、そのすべてがあまりにも無防備で危うい。

 ネウクレアは、与えれば与えるほどに、セディウスに依存するだろう。

 魔導騎士としてどれほど凄まじい力を持っていようとも、ネウクレアの心は幼子のように脆く無垢すぎる。浅ましい独占欲を持つ自分が、みだりに触れていい存在であるはずがない。


 そんな考えに至った途端、胸の奥底で自身への嫌悪や葛藤が再び強く燻り、セディウスを苛んだ。


 だが一方で、その痛みすら超えるほどの、ネウクレアに対する深い想いが生まれてもいた。

 求めに抗えず、ついに抱き締めてしまったこの愛らしい存在を、手放すことなどもうできない。


 彼の求めるままに、甘やかして愛したい。


 ――構うものか。この関係が間違っていようと、どんな葛藤を抱えようとも。


 未熟な心を愛情で満たして人間らしい感情を育てられたなら、ただの依存ではなくなる日もくるはずだ。

 抱き締める腕の力を少しだけ強めると、それに応えるようにまた頬をすり寄せてきて、たまらない気持ちになる。



 ……彼の要求を拒み、傷つけることのほうが余程に罪深いとさえ思えた。

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