【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり

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本編 

肌に刻まれた過去

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 ――セディウスに抱き締められたまま、ネウクレアは眠ってしまった。 



「……本当に……、可愛いな……」

 寝顔はさらにあどけなく、なんの警戒もなく身を預けて眠る姿が愛らしい。セディウスは穏やかな笑みを浮かべながら、彼を床から抱き上げた。

 鎧を脱いだ彼は、驚くほど軽い。

 そっとベッドに横たえ、寝支度を整えてやることにした。なんとか脚具を外して手袋を取ったところで、白い手の甲にあるものが目に留まった。

 それは、美術的な鑑賞に耐え得るほどに洗練された入れ墨だった。優美な生き物のような、それでいて幾何学的な鋭利さも備えた、見る者を深く陶酔させる美しさがあった。

 どうしてこんなものが、ネウクレアの肌にあるのか。

 疑問に思いながらも、淡い藍色で施された入れ墨の奇跡的なまでの美しさに魅入られていると、それがネウクレアの健やかな寝息に応じて微かに明滅していることに気付く。

 錯覚ではないかと思うほど微細で儚い光だが、確かに光っていた。美しさに気を取られていたが、これは単なる入れ墨ではない。



 ――ひたひたと、嫌な予感が背後から歩み寄る気配がした。



「……なんという……、高度な魔導術式だ……」

 こんな精緻で美しい魔導術式は見たことがない。



 ――悍ましいなにかが背中に張り付き、瞳を覗き込んでくるような錯覚に陥った。



 動悸が激しくなり、わずかに息が乱れる。

「まさか……」

 足裏や甲を見ると、そこにも術式はあった。首元までの長さの襟を解けば、喉と細い首の後ろにも見つかった。続いて前をはだけさせると、ほど良く筋肉が付いたなだらかな胸の中央や、薄い腹部にも――。

「なんなのだ……、この異常な数の多さは」

 心臓の脈動のように光る胸の術式に指先で触れながら、セディウスは戦慄した。

 「んっ……、セディ……ウス……」

 涼やかな声に、ふ……と、息が抜けて緊張していた体から力が抜けていく。

 そこではたと彼をあられもない恰好にしてしまったことに気付いて、慌てて乱した着衣を整えて肌を隠す。

 断りなく体を改めた後ろめたさから、しどろもどろになりながら「ネ、ネウクレア、お前の肌の魔導術式は、なんなのだ……?」と、尋ねた。

 彼は眠たげに「あふ……」と、可愛らしい欠伸をしてから、こともなげにこう答えた。

「魔力循環および生成高効率化……」

 胸にあった術式に、それらしき文様があったような。しかし、あんな……美しくも複雑な組み方をした術式など見たことがない。ひとつでも間違えば、生成を高めるどころか魔力の制御すら危ういだろう。

「鎧との適合性向上。術式発動時の、魔力消費量抑制……」

 鎧との適合性とはなんだ。

 聞いたことのない技術だ。どれがどの術式なのか、見当がつかない。魔導の高等教育を受けたセディウスでさえ、ほぼ理解できない術式の数々……。

 ネウクレアの驚異的な戦闘能力の一端は、ここにあったのだ。

 魔導術式の入れ墨は、人体が無意識に放出する魔力を吸収し、常時発動する特性がある。これだけの数の美しく洗練されたものならば、その効果は想像もつかない。

「……トウルムントでの施術か」

「そうだ。ゼスによる施術だ」


 あまりに常軌を逸している。


 想像するのも悍ましいほどの苦痛を、長く耐え続けた証拠だ。魔力の管がある部位を狙って針を刺すのは、相当な痛みをともなう。

「よく耐えられたな」

 肌の状態変化で文様が崩れるおそれがあるために、麻酔の類は使用できない。

「許容可能な……、痛みだった」

 微かに言葉を途切れさせたが、目立った感情の起伏は見せない。この数の施術に、耐え続けられるものなのか。なぜこんなにも無表情なのか。情緒が薄いにしても、限度というものがある。

「嫌ではなかったのか」

 ネウクレアの頬をなでながらセディウスが問うと、「自分が実験体として……成果を上げるためには、……必要、な……こと……」と、答えながら手にすり寄り、そのまま再び眠ってしまった。



 ――ネウクレアの言葉は、セディウスにとってあまりにも残酷な響きだった。



「……実験体、か……」

 いつの間にか、短く切り揃えた爪が手のひらに食い込むほど、拳をきつく握り締めていた。

 目の前にトウルムント公がいたならば、立場を忘れて斬りかかっていたに違いない。

 ネウクレアは、物心がつく前に研究機関に引き取られたのだろう。そして、自身が実験体として扱われることに、なんの疑問も抱かずに今日まで生きてきたのだ。数多くの苦痛に晒され、泣くことも怒ることもできなくなるほどに心を傷付けられながら、誰に愛されることもなく。

 眠りに落ちる前の口振りには、実験とその成果が自身の存在意義と考えているような響きすらあった。

「……ネウクレア」

 彼を抱き締めてしまうことを恐れていた自分は、愚かだった。葛藤や嫌悪は今だ燻り続けているが、こうして触れ合える機会を得られたのは、幸いだったのだと感じた。

 喉が締め上げられるような苦しさを覚えた。胸の奥から込み上げるものをこらえながら、何度も慰めるようにしてネウクレアの頭を撫でる。


 ――そして、包み込んで守るように彼の体を温めながら、眠りに就いたのだった。
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