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本編
朝の風景
しおりを挟む――目覚めると感じる、温かさ。
セディウスの骨格が太く筋肉の発達した逞しい腕が、ネウクレアを抱き締めている。
彼の肌の匂いや脈動を感じていると、深く精神が安定する。腕の中で大きな手に撫でられなが就寝すると、心身ともに良好な状態で目覚められる。
こうして触れ合うことで、様々な発見がある。
早朝に目覚めて最初に見る色は、セディウスの深い青色をした瞳だ。これは『美しい』ものと評価できる。目元や口元が緩められ、好意的な感情が過多に感じられてとても好ましい。
「……んっ、セディウス……」
胸の奥が、柔らかい熱に満たされる。
それが接触に対する欲求に変換され、無意識のうちに彼の胸元に頬をすり寄せてしまう。
「おはよう、ネウクレア」
「おはよう、セディウス」
頭や背中を撫でられながら、朝の挨拶を交わす。
セディウスと挨拶を交わすのは心地がいい。彼と自分との関連性が高まる感覚がする。
副団長のファイスとリュディードも、こういった挨拶の類をする。ファイスの声は、大きく鮮鋭で非常に活発な印象を受ける。リュディードのそれは、セディウスに近い穏やかさがあるが、やや平坦だ。
これは、騎士団のような集団生活においては、必要不可欠なものと推察した。
セディウスの自分よりも高い体の熱が、心地いい。もっと撫でてほしい。このまま接触を続けたい。だが、彼には騎士団長の職務がある。継続は断念せざるを得ない。
「……起床、する……」
腕の中から抜け出そうとすると、セディウスの腕の力がわずかに強くなる。
彼も自分と同様に、接触を継続したい欲求があると判断できる行動だ。これを感知すると、騎士団長が継続を求めているのだから、継続は可能……と、判断しかけて止めている。
実行することは許容されない。
騎士として活動することが、騎士団に派遣された主目的なのだ。この心地いい接触は、ネウクレアが感知した脈拍変化から始まった、想定外な解析のための行為だ。主目的の妨げとなってはならない。
セディウスから離れると、肌寒さにわずかな不快感を覚えるが、現時点では過度ではない。ゆっくりとベッドを下りて、手袋や鎧などを身に着けていく。
兜を被る前に、「セディウス、なでてほしい」と、頭を彼の肩へとすり寄せながら要求し、撫でられながら本日の任務を確認する。
「朝はいつも通りファイスたちとの基礎鍛錬及び模擬戦だ。休憩を挟み、昼からは石積に魔導防壁を追加してくれ、詳細はリュディードに確認を取れ」
「了解した。鍛錬と模擬戦、魔導防壁の追加。夕刻までに任務を完了する」
「よし、頼んだぞネウクレア。気をつけて行って来い」
セディウスの穏やかな声に送り出されて、ネウクレアは静かに天幕を出た。
――天幕の外は、まだ夜明け前だ。
鮮やかで眩しい陽光の茜色が、夜闇を押し上げて、遠く大渓谷に続く西の稜線を美しく彩る。天上にある星たちの瞬きは、息を潜めているように儚い。
この頃合い、大半の騎士たちは眠っている。まだ鳥のさえずりも聞こえない静けさの中、巡回の騎士らに気づかれることもなく、自身の天幕に帰り着いた。
薄闇の中で兜を脱いで棚に置き、片隅に置いている木箱へ歩み寄る。
そこに納められているのは、薄い油紙で包まれた棒状の固形物と、広口の瓶に入った薄青い液体だ。ひとつずつ手に取り、脇にあるベッドへと座る。
まず固形物を包んでいる紙を破り、薄緑色のそれを両手で持ってかじった。何度も咀嚼して時間をかけて平らげてから瓶を開封し、また両手で持って小さく喉を鳴らしながら飲み干していく。
食べ終えた後の紙と瓶は、研究機関に回収されるため、別の木箱へと入れて保管する。
――これがネウクレアの食事だ。
砲撃防衛戦後、居住用天幕への案内のほかに、食堂の利用方法についても説明されているが、一度も利用はしていない。
以前にリュディードが、『貴方、食事はどうしていますか。食堂では取らないですよね。天幕で取っているんですか』と、質問をしてきたことがあった。
現状そのままを返答したところ、彼が固形物と飲料液の試食を希望したため、ひとつずつ提供した。
その後、試食を実行したリュディードはネウクレアが摂取しているそれらに関して、懸念を示した。
栄養価が高く、身体機能になんら問題はないと説明したが――。
『温かいものを食べた方が良いですよ。それに栄養価は高いとしても、この味は酷すぎます。貴方は平気なのですか』
――などという、発言を返された。
彼は、この栄養摂取方法に問題があると判断したのだ。
温度と味の違いに、何の利点があるのだろうか。リュディードの言う問題点を解析するためには、様々な飲食物を摂取し比較する必要がある。
……だが、緊急性はない。
ネウクレア自身が、現状維持で問題ないと判定しているのだから。
身体の状態は極めて良好だ。
上り始めた陽光によって、天幕内が温かみのある柔らかい光に包まれるころ。
ネウクレアは兜を被り、鍛錬場へと向かった。
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