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本編
拳を合わせる
しおりを挟む――開戦の時が刻一刻と迫り来る中。
第一魔導騎士団の鍛錬場にて、前線部隊の名物となっている三日に一度の手合わせくじ引きが行われていた。
「うわ! また外れか! なんでだ!」
外れくじを放り出して、ファイスが声を上げた。
「俺、いつになったらネウと手合わせできるんだよ!」
ゴロゴロと鍛錬場の石畳を転がってまで悔しがる総隊長の姿に、周りの部下たちは腹を抱えて笑った。
「あっはっは! お先に!」
「くそう! そのくじ、寄越せよもう!」
「駄目に決まっとるでしょうが! よじ登らんでください!」
部下の巨体によじ登って当りくじを奪おうとするファイスと、奪われまいと腕を高く上げる騎士の攻防に、さらに笑い声が大きくなった。
「次は当ててやるぞ! ……じゃあ、手合わせ始めるぞ! 二人とも構えろ!」
ひょいっと部下から飛び降りて、ファイスが真面目くさった顔で審判役になった。それに応じてネウクレアと騎士が、それぞれ木剣を手にして向かい合う。
「――はじめっ!」
開始の合図に、「いざ、勝負!」と、叫びながら駆け出す騎士に対して、微動だにしないネウクレア。剣すら構えず、脱力した自然な立ち姿だ。
「てりゃあああ!」
気迫一閃。
振り下ろされる木剣に向けて、全身鎧の腕が刹那の間に上げられる。
「ぐっ!」
指先が瞳を射抜くほどに眩く光り、木剣が激しく跳ね返された。
「ぬあっ!」
よろめいた騎士に向けてもう片方の腕が無造作に振られ、厚い腹に拳が軽く当てられる。
――パンッ!
力強い平手打ちのような軽い破裂音が響き、「ぐふっ!」という呻き声と同時に騎士の体が後ろに飛ばされた。
「ごほっ、くうっ! まだまだ……!」
咳き込みながらも、辛うじて体勢を持ち直し踏み留まる騎士。周囲からは「おおっ!」と、驚きを含んだどよめきが上がった。
「ぬあっ!」
そこへ鋭い蹴りが入り、耐え切れず後ろへ転倒したところへ木剣の切っ先が付き付けられる。
「……ま、参ったっ!」
紅潮した顔で騎士が叫ぶと切っ先が離れていき、剣を手にした拳をすっと胸に当てた姿勢を取ったネウクレアが、優美に頭を垂れて見せた。
「――勝負あった! 今日もネウの勝ちだぞ!」
判定の声と同時に、鍛錬場を揺らすような大きな喝采が湧き上がる。負けた騎士も興奮した様子で笑いながら立ち上がり、ネウクレアに向けて深く礼を返した。
「凄いな……、無駄がない。剣の当たる一点に集中して術式を展開していたぞ……!」
観戦していた騎士の一人が、大きな声を上げる。
「爆発術式の威力が絶妙だな」
別の騎士が唸るように言えば、次々とほかの騎士も喋り出す。
「しかも、爆発の術式だけではないぞ。拳と爆発の間に防壁と反射も展開していた」
「えっ? なんでそんな……爆発だけでいいんじゃないのか」
「バカ! 拳にも爆発の衝撃がくるだろうが! 自爆だろ!」
ネウクレアは、以前からファイスに『色々見せてくれ!』と、要望されて多彩な戦法を駆使して手合わせをしている。その結果、騎士たちは彼の戦いぶりから多くの学びを得て、自然と戦力が向上しているのだ。
……くじ引きは成り行きで始まったことではあるが、良いこと尽くしなのだ。
騒がしい騎士たちに比べて、ネウクレアだけは相変わらず静かだ。木剣を武具置き場に戻し、直立不動の姿勢で鍛錬場の片隅に待機する。
「――よーし、お前ら! 二人一組になって交互にネウの技をやってみろ!」
ファイスの声に従って騎士たちは素早く組に別れて、試行錯誤が始まった。
術式の発動が同時または連続のどちらなのか、注ぐ魔力量はどの程度か……などという推察が始まり、「んっ? こうか? 痛っ!」やら、「おい、防壁忘れて爆発かますな!」などという声があちこちで上がった。
そこで行き詰まった騎士はネウクレアに教えを仰ぎ、彼の言葉少ないながらも的確な、実技をともなう指導に感嘆しながら再び試行錯誤を始める。
「半刻したら演習場に移動するからな! 模擬戦で技を応用して遊ぶぞ!」
ファイスの場違いなほどの明るく楽し気な『遊ぶぞ!』の声に、どっと笑いが湧き起こる。
何人かが集中をそらされ、術式発動に失敗して床に転がったが、「制御が甘いぞお前ら!」と、喝が入れられ、また一段と大きな笑いが起こった。
――決戦の日は刻々と近づきつつあり、ともすれば陰鬱な空気が漂う厳しい日々であるはずだが……、血気盛んな騎士たちの集う鍛練場には、今日も活気に満ちたファイスの明るい声が響いていた。
――演習場での模擬戦後は、地ならし作業がある。
なぜなら、ネウクレアが爆発術式などを多用してすぐ地面を穴だらけにするからだ。
それに加えて、前線部隊の面々までもが彼の戦法を真似し始めたために、拍車が掛かっている。
『平らな戦場なんてない! このままでいいだろ!』という、ファイスの発言に団員たちは賛同したが……。
『屁理屈を言わずに元通りにしなさい』と、目をつり上げたリュディ-ドに、ぴしゃりと一言で斬り捨てられて却下された。
「――今日も凄く楽しかったな!」
ファイスが、まるで曲芸のようにシャベルを振り回しながら、黙々と作業をこなすネウクレアに言った。
「そうか。自分も……楽しい」
そんな様子には見向きもせず、シャベルで手際よく地面をならしながらネウクレアが返す。
「おっ? そうか! 楽しいってこと、わかるようになってきたなネウ」
ぶんぶんとシャベルを回しながら、ファイスが嬉しそうに言うと、ネウクレアは地面をならす手を止めて「肯定する」と、言いながら彼の方を向いた。
「自分の技術提供で、騎士団の戦力が向上するという成果が挙がるのが楽しい。自分が成果を挙げるのとはまた違った充足感がある。技術を賞賛されるのも楽しい」
「……なんか難しい言い方だな。教えるのと褒められるのが楽しいってことだな?」
「相違ない」
「そうかぁ。うーん、それも楽しいのは間違いないけどな、楽しいことはもっとあるぞ。これから探そうな!」
「了解した」
「よし!」
ファイスがグッと拳を突き出す。
「ネウも拳出せ」
「……こうか」
ゆっくりとした動きで、ネウクレアが拳を出すと、ファイスがぴたりと拳を合わせてきた。
「これは、どういう意味だ」
「楽しいときとかにする挨拶みたいなもんだぞ! 友達とするやつだ」
「……友達というのは、こういう挨拶をするものなのか」
「そうだぞ!」
「自分には、友達という対象が存在しない」
「じゃあ、俺がネウの一番目の友達だ」
「了解した。……自分は、友達という関係について無知だ。概念を学習する必要がある。どう行動するべきか」
「学習しようとしなくても、勝手にわかるようになるぞ!」
……にかっと笑うファイスの笑顔に、ネウクレアは胸の奥がふわふわと弾むような心地を覚えた。
「奇妙な感覚がするが、不快ではない」
「ぶは! 悪くないってことだな!」
はしゃぎながら拳を強く押してくるファイスに応えて、ネウクレアも負けない程度に拳を押し返した。
……それ自体は、なんら機能的な意味が見出せないが、確かに『悪くない』行為である。
友達という関係は、『楽しい』ものに分類されるのだろう。この、拳を合わせる行為は『楽しいときとかにするもの』であるのだから。
……セディウスに感じているものとは違うが、この奇妙な感覚をともなう関係も、今後詳しく解析すべきものとして、ネウクレアは認識した。
「――ヴァルミア副団長! ネウクレアとはしゃいでないで仕事してくださいよ! というか邪魔せんで下さい! ネウクレアが一番地ならしが上手くて早いんですから!」
団の中でもひと際背の高い副隊長が、シャベルを振りかざして怒鳴った。今日の手合わせでネウクレアに完敗した男だ。
「そうだそうだ!」
「さぼらないでくださーい!」
「シャベルで遊ぶのも禁止! 地ならしに集中してくださいよ!」
ほかの団員たちも、口々に叫んでシャベルを振っている。
「あー! なんだよもう! ネウと大事な話をしてたとこだぞ!」
合わせていた拳を振り回して、彼らにファイスはふくれっ面をして見せる。
「後からにしてください! 早く終わらせて飯に行くんですから!」
「わかったわかった! 腹減ったしな! よし、やるぞ! 競争だネウ!」
「了解した」
凄まじい勢いで地ならしを始めたネウクレアに負けまいと、ファイスも猛然と地ならしを始める。
「おおー! 早い!」
「これは負けていられんぞ!」
団員たちは全員で地ならしの速さを競い始めた。
――この日の地ならしは、過去最速で終わったのは言うまでもない。
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