【本編完結】最強魔導騎士は、騎士団長に頭を撫でて欲しい【番外編あり】

ゆらり

文字の大きさ
29 / 59
本編 

静かな眠り

しおりを挟む

 ――試射を終えた、その日の夜。



 小さな灯りのみが照らす、天幕の中。


 セディウスはベッドに腰を下ろし、ネウクレアが訪れるのを静かに待っていた。


「セディウス」


 天幕へやってきた彼は、小さく名を呼ぶなり鎧を脱いでセディウスの腕に滑り込んできた。

「なでてほしい……」

 胸元に縋りつくようにして顔を埋めてくる。

 愛らしい仕草で砂糖菓子をねだることもせず、常よりも性急ささえある様子に、セディウスは眉をひそめた。

「ネウクレア、肩を確認したい」

 頭を撫でながら言うと、むずかるように「ん……」と声を漏らしながら額を鎖骨の辺りにすりつけ、なかなか離れようとしない。

「痛みがあるようなら、見せてほしい」

 そっと抱き締めて、髪に口付けをいくつか落としながら、根気強くセディウスが待っていると、少ししてネウクレアは「了解……、した」と、小さく返事をしてゆっくりと体を離した。

「肌着を脱いでくれ。腫れているようであれば、手当をするぞ」

「了解」

 求めにネウクリアが応じて、どことなくぎこちない手付きで詰襟の止め具を外し、肌着を脱ぎ落す。

 白く滑らかな肌をした上半身が、薄明かりの下で露わになった。ネウクレアの華奢な肩には、赤い腫れが大きく広がっていた。

「やはり……こうなったか」

 セディウスが指先を這わせると、彼はふるりと身を震わせた。指先に感じる肌が、焼けるように熱い。

「炎症が起きている……。よく、耐えたな」

「防壁を併用した。骨に、損傷はない」

「……そうか……。手当をするぞ」

 ……あらかじめ準備していた湿布をネウクレアの肩に当て、包帯でしっかりと固定した。 

「どうだ、これなら少しは心地いいだろう」

「……心地いい」

「痛むか」

「許容範囲」 

「痛いのだな……ネウクレア」 

 柔らかく抱き締めて、優しく華奢な背中を撫でる。

 しばらくそうしていると「……セディウス、もっと、なでて……」と、か細い声がした。痛みを痛みとして訴えることなく健気に耐えて慰撫を求める、あどけないその声に切ない思いが募る。

 こんなふうに甘えることなど、研究機関ではできなかっただろう。ただ独りで耐えて、痛みが通り過ぎるのを待っていたのだと思うと、胸が深く痛んだ。


 もう戦わなくていい。

 

 ……そう言いたかった。

 だが、それは許されない。

「ああ、撫でてやろう。もうじき湿布が効いて、痛みも腫れも楽になる」

「ん……」

「お前が眠るまで、いや、眠っても抱き締めているからな」

 耳元で優しく囁いて、彼の頭に頬を寄せる。

 ネウクレアが小さく身を震わせながら大きく静かに息を吸い、細く長く吐き出した。その不自然な呼吸は、薄い背中をゆったりと撫でていくうちに、穏やかなものへと変わっていく。

 皇国を守る責務を投げ出すような真似は、断じてするつもりはない。だが、こうしてネウクレアが傷つく姿を目の当たりにすると、自身の守護者としての意志がぐらついてしまうのを止められない。


 ――夜明けを待たずに、彼を攫って遠い国にでも旅立ってしまいたい。


 衝動を噛み殺しながら、ひたすらネウクレアの頭や背中を撫でて、髪に口づけを落とし、肩の痛みができる限り早く遠のいてくれることを願うしかなかった。


 やがて、交わされる言葉も尽きたさなかで……いつものように小さく、満足そうなため息が零れる音が腕の中から響いた。少しずつ、細い体から力が抜けていき、腕にかかる重みが増していく。

 







 ――彼は小さな子供のようにセディウスの腕の中で丸くなり、静かな眠りに落ちていった。
    



































 
 ――眠りに落ちていく最中で、ネウクレアはかつてないほどの安堵を感じていた。



 魔導研究機関でも、実戦での精密な射撃を可能にするために訓練を何度か行っている。鎧の強度と、銃の性能調査も合わせて行われた。そのたびに、今日のように肩が炎症を起こした。

 調査結果の報告を受け、回復を早めるための治療が終われば、自室に戻ってベッドで横になり痛みが消えるまで独りで耐えていた。長いときにはひと晩中、痛みが続くこともあった。



 それが、日常だった。



 『――よく耐えたな』 


 『痛いのだな……ネウクレア』


 セディウスに言葉によって、体の緊張がひとりでに解けた。抱き締められて、頭や背中を何度も撫でられている間に、痛みが急速に緩和していった。

『お前が眠るまで、いや、眠っても抱き締めているからな』

 耳元で囁かれた柔らかい言葉の響きに、とくりと胸の奥が脈打つ。温かく心地良いものが、そこから全身に行き渡っていくような感覚がした。

 すべてが、満たされる。痛みが遠いものになり、心地よい眠気がネウクレアの意識を優しく包み込む。独りでいたときには、こんなことはなかった。


 ……とても興味深い効果だ。


 感覚情報の共有や接触に、こんな効果があるとは。

 ……セディウスだからこその効果なのか。

 彼の与えてくれる行為は、いつも好ましい。こうして彼が抱き締めて、撫でてくれるのなら……どんな痛みも、自分はきっと耐えられるだろう。


 ネウクレアは温かい腕の中で、そう思った。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

猫を追いかけて異世界に来たら、拾ってくれたのは優しい貴族様でした

水無瀬 蒼
BL
清石拓也はある日飼い猫の黒猫・ルナを追って古びた神社に紛れ込んだ。 そこで、御神木の根に足をひっかけて転んでしまう。 倒れる瞬間、大きな光に飲み込まれる。 そして目を覚ましたのは、遺跡の中だった。 体調の悪い拓也を助けてくれたのは貴族のレオニス・アーゼンハイツだった。 2026.1.5〜

異世界で聖男と呼ばれる僕、助けた小さな君は宰相になっていた

k-ing /きんぐ★商業5作品
BL
 病院に勤めている橘湊は夜勤明けに家へ帰ると、傷ついた少年が玄関で倒れていた。  言葉も話せず、身寄りもわからない少年を一時的に保護することにした。  小さく甘えん坊な少年との穏やかな日々は、湊にとってかけがえのない時間となる。  しかし、ある日突然、少年は「ありがとう」とだけ告げて異世界へ帰ってしまう。  湊の生活は以前のような日に戻った。  一カ月後に少年は再び湊の前に現れた。  ただ、明らかに成長スピードが早い。  どうやら違う世界から来ているようで、時間軸が異なっているらしい。  弟のように可愛がっていたのに、急に成長する少年に戸惑う湊。  お互いに少しずつ気持ちに気づいた途端、少年は遊びに来なくなってしまう。  あの時、気持ちだけでも伝えれば良かった。  後悔した湊は彼が口ずさむ不思議な呪文を口にする。  気づけば少年の住む異世界に来ていた。  二つの世界を越えた、純情な淡い両片思いの恋物語。  序盤は幼い宰相との現実世界での物語、その後異世界への物語と話は続いていきます。

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

【連載版あり】「頭をなでてほしい」と、部下に要求された騎士団長の苦悩

ゆらり
BL
「頭をなでてほしい」と、人外レベルに強い無表情な新人騎士に要求されて、断り切れずに頭を撫で回したあげくに、深淵にはまり込んでしまう騎士団長のお話。リハビリ自家発電小説。一話完結です。 ※加筆修正が加えられています。投稿初日とは誤差があります。ご了承ください。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

異世界で孵化したので全力で推しを守ります

のぶしげ
BL
ある日、聞いていたシチュエーションCDの世界に転生してしまった主人公。推しの幼少期に出会い、魔王化へのルートを回避して健やかな成長をサポートしよう!と奮闘していく異世界転生BL 執着最強×人外美人BL

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

処理中です...