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本編
静かな眠り
しおりを挟む――試射を終えた、その日の夜。
小さな灯りのみが照らす、天幕の中。
セディウスはベッドに腰を下ろし、ネウクレアが訪れるのを静かに待っていた。
「セディウス」
天幕へやってきた彼は、小さく名を呼ぶなり鎧を脱いでセディウスの腕に滑り込んできた。
「なでてほしい……」
胸元に縋りつくようにして顔を埋めてくる。
愛らしい仕草で砂糖菓子をねだることもせず、常よりも性急ささえある様子に、セディウスは眉をひそめた。
「ネウクレア、肩を確認したい」
頭を撫でながら言うと、むずかるように「ん……」と声を漏らしながら額を鎖骨の辺りにすりつけ、なかなか離れようとしない。
「痛みがあるようなら、見せてほしい」
そっと抱き締めて、髪に口付けをいくつか落としながら、根気強くセディウスが待っていると、少ししてネウクレアは「了解……、した」と、小さく返事をしてゆっくりと体を離した。
「肌着を脱いでくれ。腫れているようであれば、手当をするぞ」
「了解」
求めにネウクリアが応じて、どことなくぎこちない手付きで詰襟の止め具を外し、肌着を脱ぎ落す。
白く滑らかな肌をした上半身が、薄明かりの下で露わになった。ネウクレアの華奢な肩には、赤い腫れが大きく広がっていた。
「やはり……こうなったか」
セディウスが指先を這わせると、彼はふるりと身を震わせた。指先に感じる肌が、焼けるように熱い。
「炎症が起きている……。よく、耐えたな」
「防壁を併用した。骨に、損傷はない」
「……そうか……。手当をするぞ」
……あらかじめ準備していた湿布をネウクレアの肩に当て、包帯でしっかりと固定した。
「どうだ、これなら少しは心地いいだろう」
「……心地いい」
「痛むか」
「許容範囲」
「痛いのだな……ネウクレア」
柔らかく抱き締めて、優しく華奢な背中を撫でる。
しばらくそうしていると「……セディウス、もっと、なでて……」と、か細い声がした。痛みを痛みとして訴えることなく健気に耐えて慰撫を求める、あどけないその声に切ない思いが募る。
こんなふうに甘えることなど、研究機関ではできなかっただろう。ただ独りで耐えて、痛みが通り過ぎるのを待っていたのだと思うと、胸が深く痛んだ。
もう戦わなくていい。
……そう言いたかった。
だが、それは許されない。
「ああ、撫でてやろう。もうじき湿布が効いて、痛みも腫れも楽になる」
「ん……」
「お前が眠るまで、いや、眠っても抱き締めているからな」
耳元で優しく囁いて、彼の頭に頬を寄せる。
ネウクレアが小さく身を震わせながら大きく静かに息を吸い、細く長く吐き出した。その不自然な呼吸は、薄い背中をゆったりと撫でていくうちに、穏やかなものへと変わっていく。
皇国を守る責務を投げ出すような真似は、断じてするつもりはない。だが、こうしてネウクレアが傷つく姿を目の当たりにすると、自身の守護者としての意志がぐらついてしまうのを止められない。
――夜明けを待たずに、彼を攫って遠い国にでも旅立ってしまいたい。
衝動を噛み殺しながら、ひたすらネウクレアの頭や背中を撫でて、髪に口づけを落とし、肩の痛みができる限り早く遠のいてくれることを願うしかなかった。
やがて、交わされる言葉も尽きたさなかで……いつものように小さく、満足そうなため息が零れる音が腕の中から響いた。少しずつ、細い体から力が抜けていき、腕にかかる重みが増していく。
――彼は小さな子供のようにセディウスの腕の中で丸くなり、静かな眠りに落ちていった。
――眠りに落ちていく最中で、ネウクレアはかつてないほどの安堵を感じていた。
魔導研究機関でも、実戦での精密な射撃を可能にするために訓練を何度か行っている。鎧の強度と、銃の性能調査も合わせて行われた。そのたびに、今日のように肩が炎症を起こした。
調査結果の報告を受け、回復を早めるための治療が終われば、自室に戻ってベッドで横になり痛みが消えるまで独りで耐えていた。長いときにはひと晩中、痛みが続くこともあった。
それが、日常だった。
『――よく耐えたな』
『痛いのだな……ネウクレア』
セディウスに言葉によって、体の緊張がひとりでに解けた。抱き締められて、頭や背中を何度も撫でられている間に、痛みが急速に緩和していった。
『お前が眠るまで、いや、眠っても抱き締めているからな』
耳元で囁かれた柔らかい言葉の響きに、とくりと胸の奥が脈打つ。温かく心地良いものが、そこから全身に行き渡っていくような感覚がした。
すべてが、満たされる。痛みが遠いものになり、心地よい眠気がネウクレアの意識を優しく包み込む。独りでいたときには、こんなことはなかった。
……とても興味深い効果だ。
感覚情報の共有や接触に、こんな効果があるとは。
……セディウスだからこその効果なのか。
彼の与えてくれる行為は、いつも好ましい。こうして彼が抱き締めて、撫でてくれるのなら……どんな痛みも、自分はきっと耐えられるだろう。
ネウクレアは温かい腕の中で、そう思った。
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