その人が好きなんですね?なるほど。愚かな人、あなたには本当に何も見えていないんですね。

新川ねこ

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【聖女のベール】地味な薬草係の正体は、戦場を駆ける「伝説の聖女」であった

第二話 戦場の追憶

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数年前、血と泥が入り混じった最前線の野戦病院に、一人の聖女が現れた。
顔をベールで隠した彼女は、負傷兵たちの間でいつしか「ベールの聖女」と呼ばれ、崇められるようになっていた。

そこは、降り続く雨と兵士たちのうめき声が絶えない地獄のような場所であった。

「聖女様……どうか、助けてください……」

「大丈夫ですよ。すぐに痛みを消します。……さあ、顔を上げて」

聖女は不眠不休で治療にあたっていた。その手は魔力の使いすぎで冷たく震え、服は返り血と泥で汚れ果てていたが、彼女の祈りが途切れることはなかった。
人々は、数百年前に確かに存在したとされる「伝説の聖女」の再来を彼女に重ねていたのである。

その戦場には、大国ゼーレの隣国であり同盟国でもあるリリア王国のカイル王子も参加していた。
彼は自らも剣を振るいながら、自分を顧みず他者に尽くし続ける聖女の姿を、痛々しい思いで見つめていた。

「……聖女殿。もう十分だ、一度手を止めなさい。このままでは兵士より先にあなたが倒れてしまう」

カイルの静かな制止に対し、聖女はベールの奥の瞳を微かに揺らしたが、すぐに首を横に振った。

「……カイル様。お気遣い、痛み入ります。ですが、まだ救える命がそこにあるのです。私が休んでいる間に、消えてしまうかもしれない命が……」

「君が一人で背負う必要はないんだ」

カイルは彼女の細い肩に手を置き、諭すように言葉を継いだ。

「君自身の命もまた、誰かにとってのかけがえのない宝であることを忘れないでほしい。私は……これ以上、あなたが擦り切れていくのを見ていたくないんだ」

聖女は息を呑んだ。戦場にいる誰もが彼女を頼り、「崇拝すべき象徴」として見ていた。

カイルだけが、彼女を「一人の人間」として、その身を案じてくれた。
彼女は立ち上がろうとするが、激しい眩暈に襲われ、膝から崩れ落ちそうになる。カイルは咄嗟にその体を抱きとめた。

「分かっている。君が救いたい命の重さは、痛いほど分かっている。……だが、君が倒れれば、救えるはずの命も救えなくなるんだ。それは君の本意ではないはずだ」

カイルは、温かい茶を彼女の唇に寄せた。

「せめて、これを一口だけでも流し込め。君の体は、魔法の代償で内側から冷え切っている。意識を保つための熱が必要だ」

聖女は震える手で、カイルの差し出した温かい器を握りしめた。喉を焼くような熱さが、消えかけていた彼女の意識を辛うじて繋ぎ止める。

「……ありがとうございます。これでまだ……」

「よし。……このマントも巻いておきなさい。これ以上体温を奪われては、魔法の制御すらできなくなる」

カイルは、自らの厚手のマントを彼女の細い背中に、作業の邪魔にならないよう固く巻きつけた。

「さあ、私も手伝おう。君が魔法を編む間、私が負傷者の体を支える。……君を、一人にはさせない」

その時、ベールの奥で彼女が静かに微笑んだことを、カイルは今も鮮明に記憶していた。
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