【完結】その人が好きなんですね?なるほど。愚かな人、あなたには本当に何も見えていないんですね。

新川ねこ

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【聖女のベール】地味な薬草係の正体は、戦場を駆ける「伝説の聖女」であった

第一話 傲慢王子の宣告

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「もう我慢ならぬ!リーネ、お前との婚約を白紙に戻す。これは王族としての決定だ。以前から父上にも伝えてある」

大陸随一の国力を誇る大国ゼーレ。その第一王子ゼクスは、裏庭の湿った土の上に跪く婚約者リーネを、隠そうともしない不快感をあらわにして見下ろしていた。

泥にまみれ、一心不乱に地面を掘り返していたリーネは、その言葉に緩やかに顔を上げた。その頬には乾いた泥が付着している。

「……ゼクス様。今、なんとおっしゃいましたか?」

ゼクスは鼻で笑い、自らの豪奢な衣装が汚れるのを恐れるように一歩身を引いた。

「耳まで泥が詰まったのか? お前のような無能には愛想が尽きたと言ったのだ。見てみろ、その浅ましい姿を。我がゼーレ国は周辺諸国を従える大国。その次代の王妃が毎日這いつくばって泥をいじるなど、国家の恥でしかない」

ゼクスは陶酔したような瞳で、自らの理想を語り出した。

「私の隣に立つ女性は、国民が……いや、世界中の王が膝を屈するような、眩い価値を持つ至宝でなければならない。お前のような地味な女を連れて歩くのは、私の自尊心が許さないのだ」

彼は、地味な婚約者が自らの権威を飾るための「装飾品」にならないことを、激しく不満に思っていた。

「今、誰もが『ベールの聖女』に憧れている。戦場で光り輝き、奇跡を振りまいた伝説の乙女……。彼女こそが、大陸の支配者となる私に相応しい唯一の女性だ。彼女を妻にすれば、私は他国の王たちに対し、絶対的な威信を誇示できる。お前は、彼女の足元にも及ばない」

リーネは、静かに、しかしどこか悲しげにゼクスを見つめた。

「……私はこの庭で、あなたのために……」

「黙れ! 言い訳など聞きたくない!お前みたいなやつが婚約者として小さい頃から王宮に出入りしているのがそもそもの間違いなのだ。王妃教育の時間より土弄りをしている時間の方が長いではないか!祖父上もよくそんなことを許可したものだ。何が薬草係だ」

ゼクスは声を荒げ、リーネを遮った。

「聖女の足元にも及ばない無能な女を、いつまでも側に置くほど私はお人好しではない。今日限りで追放だ。父上が病気な今、私の戴冠式はそう遠くない。せいぜい、どこかの泥の中で一生を終えるがいい」

絶望的な沈黙の中、リーネは懐から、かすかに光る「根」を差し出した。

「ゼクス様、せめてこれだけでも受け取ってください。まだ十分な量は集まっていませんが、あなたの持病、その胸の疼きを抑えるために、私が何年もかけて育て上げた秘薬です……」

「ふん、そんな不衛生なごみを私に近づけるな!」

ゼクスは激昂し、リーネの手を乱暴に振り払った。手からこぼれ落ちた秘薬の根を、彼は磨き上げられた靴の裏で、無残に踏みつぶした。

「ぐしゃり」と、リーネが命を削って育てた結晶が潰れる音が響く。

「いいか。聖女ならば、その奇跡で私の病を一瞬で癒すだろう。お前のように薄汚い泥の根っこを『薬だ』と言い張るその卑しさが不快なのだ。消えろ。二度とその顔を見せるな」

ゼクスは一度も振り返ることなく去っていった。

一人残されたリーネは、踏みにじられた地面をじっと見つめていた。

(……婚約者として、精一杯尽くしてきました。けれど、私を見てくれないあなたに、もうこの薬を届ける必要はなくなったのですね……)

彼女は静かに立ち上がり、ドレスの汚れを払った。その瞳には、もはや未練も絶望もなかった。
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