19 / 24
【聖女のベール】地味な薬草係の正体は、戦場を駆ける「伝説の聖女」であった
第一話 傲慢王子の宣告
しおりを挟む
「もう我慢ならぬ!リーネ、お前との婚約を白紙に戻す。これは王族としての決定だ。以前から父上にも伝えてある」
大陸随一の国力を誇る大国ゼーレ。その第一王子ゼクスは、裏庭の湿った土の上に跪く婚約者リーネを、隠そうともしない不快感をあらわにして見下ろしていた。
泥にまみれ、一心不乱に地面を掘り返していたリーネは、その言葉に緩やかに顔を上げた。その頬には乾いた泥が付着している。
「……ゼクス様。今、なんとおっしゃいましたか?」
ゼクスは鼻で笑い、自らの豪奢な衣装が汚れるのを恐れるように一歩身を引いた。
「耳まで泥が詰まったのか? お前のような無能には愛想が尽きたと言ったのだ。見てみろ、その浅ましい姿を。我がゼーレ国は周辺諸国を従える大国。その次代の王妃が毎日這いつくばって泥をいじるなど、国家の恥でしかない」
ゼクスは陶酔したような瞳で、自らの理想を語り出した。
「私の隣に立つ女性は、国民が……いや、世界中の王が膝を屈するような、眩い価値を持つ至宝でなければならない。お前のような地味な女を連れて歩くのは、私の自尊心が許さないのだ」
彼は、地味な婚約者が自らの権威を飾るための「装飾品」にならないことを、激しく不満に思っていた。
「今、誰もが『ベールの聖女』に憧れている。戦場で光り輝き、奇跡を振りまいた伝説の乙女……。彼女こそが、大陸の支配者となる私に相応しい唯一の女性だ。彼女を妻にすれば、私は他国の王たちに対し、絶対的な威信を誇示できる。お前は、彼女の足元にも及ばない」
リーネは、静かに、しかしどこか悲しげにゼクスを見つめた。
「……私はこの庭で、あなたのために……」
「黙れ! 言い訳など聞きたくない!お前みたいなやつが婚約者として小さい頃から王宮に出入りしているのがそもそもの間違いなのだ。王妃教育の時間より土弄りをしている時間の方が長いではないか!祖父上もよくそんなことを許可したものだ。何が薬草係だ」
ゼクスは声を荒げ、リーネを遮った。
「聖女の足元にも及ばない無能な女を、いつまでも側に置くほど私はお人好しではない。今日限りで追放だ。父上が病気な今、私の戴冠式はそう遠くない。せいぜい、どこかの泥の中で一生を終えるがいい」
絶望的な沈黙の中、リーネは懐から、かすかに光る「根」を差し出した。
「ゼクス様、せめてこれだけでも受け取ってください。まだ十分な量は集まっていませんが、あなたの持病、その胸の疼きを抑えるために、私が何年もかけて育て上げた秘薬です……」
「ふん、そんな不衛生なごみを私に近づけるな!」
ゼクスは激昂し、リーネの手を乱暴に振り払った。手からこぼれ落ちた秘薬の根を、彼は磨き上げられた靴の裏で、無残に踏みつぶした。
「ぐしゃり」と、リーネが命を削って育てた結晶が潰れる音が響く。
「いいか。聖女ならば、その奇跡で私の病を一瞬で癒すだろう。お前のように薄汚い泥の根っこを『薬だ』と言い張るその卑しさが不快なのだ。消えろ。二度とその顔を見せるな」
ゼクスは一度も振り返ることなく去っていった。
一人残されたリーネは、踏みにじられた地面をじっと見つめていた。
(……婚約者として、精一杯尽くしてきました。けれど、私を見てくれないあなたに、もうこの薬を届ける必要はなくなったのですね……)
彼女は静かに立ち上がり、ドレスの汚れを払った。その瞳には、もはや未練も絶望もなかった。
大陸随一の国力を誇る大国ゼーレ。その第一王子ゼクスは、裏庭の湿った土の上に跪く婚約者リーネを、隠そうともしない不快感をあらわにして見下ろしていた。
泥にまみれ、一心不乱に地面を掘り返していたリーネは、その言葉に緩やかに顔を上げた。その頬には乾いた泥が付着している。
「……ゼクス様。今、なんとおっしゃいましたか?」
ゼクスは鼻で笑い、自らの豪奢な衣装が汚れるのを恐れるように一歩身を引いた。
「耳まで泥が詰まったのか? お前のような無能には愛想が尽きたと言ったのだ。見てみろ、その浅ましい姿を。我がゼーレ国は周辺諸国を従える大国。その次代の王妃が毎日這いつくばって泥をいじるなど、国家の恥でしかない」
ゼクスは陶酔したような瞳で、自らの理想を語り出した。
「私の隣に立つ女性は、国民が……いや、世界中の王が膝を屈するような、眩い価値を持つ至宝でなければならない。お前のような地味な女を連れて歩くのは、私の自尊心が許さないのだ」
彼は、地味な婚約者が自らの権威を飾るための「装飾品」にならないことを、激しく不満に思っていた。
「今、誰もが『ベールの聖女』に憧れている。戦場で光り輝き、奇跡を振りまいた伝説の乙女……。彼女こそが、大陸の支配者となる私に相応しい唯一の女性だ。彼女を妻にすれば、私は他国の王たちに対し、絶対的な威信を誇示できる。お前は、彼女の足元にも及ばない」
リーネは、静かに、しかしどこか悲しげにゼクスを見つめた。
「……私はこの庭で、あなたのために……」
「黙れ! 言い訳など聞きたくない!お前みたいなやつが婚約者として小さい頃から王宮に出入りしているのがそもそもの間違いなのだ。王妃教育の時間より土弄りをしている時間の方が長いではないか!祖父上もよくそんなことを許可したものだ。何が薬草係だ」
ゼクスは声を荒げ、リーネを遮った。
「聖女の足元にも及ばない無能な女を、いつまでも側に置くほど私はお人好しではない。今日限りで追放だ。父上が病気な今、私の戴冠式はそう遠くない。せいぜい、どこかの泥の中で一生を終えるがいい」
絶望的な沈黙の中、リーネは懐から、かすかに光る「根」を差し出した。
「ゼクス様、せめてこれだけでも受け取ってください。まだ十分な量は集まっていませんが、あなたの持病、その胸の疼きを抑えるために、私が何年もかけて育て上げた秘薬です……」
「ふん、そんな不衛生なごみを私に近づけるな!」
ゼクスは激昂し、リーネの手を乱暴に振り払った。手からこぼれ落ちた秘薬の根を、彼は磨き上げられた靴の裏で、無残に踏みつぶした。
「ぐしゃり」と、リーネが命を削って育てた結晶が潰れる音が響く。
「いいか。聖女ならば、その奇跡で私の病を一瞬で癒すだろう。お前のように薄汚い泥の根っこを『薬だ』と言い張るその卑しさが不快なのだ。消えろ。二度とその顔を見せるな」
ゼクスは一度も振り返ることなく去っていった。
一人残されたリーネは、踏みにじられた地面をじっと見つめていた。
(……婚約者として、精一杯尽くしてきました。けれど、私を見てくれないあなたに、もうこの薬を届ける必要はなくなったのですね……)
彼女は静かに立ち上がり、ドレスの汚れを払った。その瞳には、もはや未練も絶望もなかった。
83
あなたにおすすめの小説
婚約破棄寸前、私に何をお望みですか?
みこと。
恋愛
男爵令嬢マチルダが現れてから、王子ベイジルとセシリアの仲はこじれるばかり。
婚約破棄も時間の問題かと危ぶまれる中、ある日王宮から、公爵家のセシリアに呼び出しがかかる。
なんとベイジルが王家の禁術を用い、過去の自分と精神を入れ替えたという。
(つまり今目の前にいる十八歳の王子の中身は、八歳の、私と仲が良かった頃の殿下?)
ベイジルの真意とは。そしてセシリアとの関係はどうなる?
※他サイトにも掲載しています。
妹と王子殿下は両想いのようなので、私は身を引かせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナシアは、第三王子との婚約を喜んでいた。
民を重んじるというラナシアの考えに彼は同調しており、良き夫婦になれると彼女は考えていたのだ。
しかしその期待は、呆気なく裏切られることになった。
第三王子は心の中では民を見下しており、ラナシアの妹と結託して侯爵家を手に入れようとしていたのである。
婚約者の本性を知ったラナシアは、二人の計画を止めるべく行動を開始した。
そこで彼女は、公爵と平民との間にできた妾の子の公爵令息ジオルトと出会う。
その出自故に第三王子と対立している彼は、ラナシアに協力を申し出てきた。
半ば強引なその申し出をラナシアが受け入れたことで、二人は協力関係となる。
二人は王家や公爵家、侯爵家の協力を取り付けながら、着々と準備を進めた。
その結果、妹と第三王子が計画を実行するよりも前に、ラナシアとジオルトの作戦が始まったのだった。
悪役令嬢の私が転校生をイジメたといわれて断罪されそうです
白雨あめ
恋愛
「君との婚約を破棄する! この学園から去れ!」
国の第一王子であるシルヴァの婚約者である伯爵令嬢アリン。彼女は転校生をイジメたという理由から、突然王子に婚約破棄を告げられてしまう。
目の前が真っ暗になり、立ち尽くす彼女の傍に歩み寄ってきたのは王子の側近、公爵令息クリスだった。
※2話完結。
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
婚約者に「愛することはない」と言われたその日にたまたま出会った隣国の皇帝から溺愛されることになります。~捨てる王あれば拾う王ありですわ。
松ノ木るな
恋愛
純真無垢な侯爵令嬢レヴィーナは、国の次期王であるフィリベールと固い絆で結ばれる未来を夢みていた。しかし王太子はそのような意思を持つ彼女を生意気だと疎み、気まぐれに婚約破棄を言い渡す。
伴侶と寄り添う幸せな未来を諦めた彼女は悲観し、井戸に身を投げたのだった。
あの世だと思って辿りついた先は、小さな貴族の家の、こじんまりとした食堂。そこには呑めもしないのに酒を舐め、身分社会に恨み節を唱える美しい青年がいた。
どこの家の出の、どの立場とも知らぬふたりが、一目で恋に落ちたなら。
たまたま出会って離れていてもその存在を支えとする、そんなふたりが再会して結ばれる初恋ストーリーです。
【完結済み】妹の婚約者に、恋をした
鈴蘭
恋愛
妹を溺愛する母親と、仕事ばかりしている父親。
刺繍やレース編みが好きなマーガレットは、両親にプレゼントしようとするが、何時も妹に横取りされてしまう。
可愛がって貰えず、愛情に飢えていたマーガレットは、気遣ってくれた妹の婚約者に恋をしてしまった。
無事完結しました。
婚約破棄した王子は年下の幼馴染を溺愛「彼女を本気で愛してる結婚したい」国王「許さん!一緒に国外追放する」
佐藤 美奈
恋愛
「僕はアンジェラと婚約破棄する!本当は幼馴染のニーナを愛しているんだ」
アンジェラ・グラール公爵令嬢とロバート・エヴァンス王子との婚約発表および、お披露目イベントが行われていたが突然のロバートの主張で会場から大きなどよめきが起きた。
「お前は何を言っているんだ!頭がおかしくなったのか?」
アンドレア国王の怒鳴り声が響いて静まった会場。その舞台で親子喧嘩が始まって収拾のつかぬ混乱ぶりは目を覆わんばかりでした。
気まずい雰囲気が漂っている中、婚約披露パーティーは早々に切り上げられることになった。アンジェラの一生一度の晴れ舞台は、婚約者のロバートに台なしにされてしまった。
婚約破棄された令嬢のささやかな幸福
香木陽灯
恋愛
田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。
しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。
「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」
婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。
婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。
ならば一人で生きていくだけ。
アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。
「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」
初めての一人暮らしを満喫するアリシア。
趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。
「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」
何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。
しかし丁重にお断りした翌日、
「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」
妹までもがやってくる始末。
しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。
「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」
家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる