1 / 77
1話
しおりを挟む
「ねぇ、あっちを見て!」
両手がわたしの頬に置かれたと思ったら顔をぐいっと向けられた。
「ああ、アレね」
向けられた顔をまた元に戻した。
「いいの?許せるの?」
「別に、いいわ」
面倒くさくてチラリとも彼に視線を向けたくない。
私の視線がもったいない。
「今こっちを見ただろう」なんて難癖をつけられたくもない。
興味もないし好きでもないのに言い掛かりを言われるくらいなら見て見ぬ振りが一番いい。
「それより授業に遅れるわ、早く教室に戻りましょう」
友人のマリアナの腕を掴んで引っ張って足早にその場から離れた。
一人の令嬢と仲良く?うん?イチャイチャしているのは私の……夫。
そう、このことはまだ世間に発表していないけど、あの男と私は結婚している。
貴族の結婚なんて政略的なもの。そこに愛情なんてない。ある訳ないわ。
あんな男に。
ある理由で私は去年、入籍させられた。それも内密に。無理やり。
私は16歳。夫である彼は18歳。
この国の婚姻の年齢制限は特に法で定められていないので、いくつからでも結婚はできる。
早い人は14歳で入籍して15歳には子供を産んでる、なんてこともある。
私は、結婚を受け入れる条件として、中等部を卒業しても、高等部に通い卒業だけはしたいと父にお願いした。
「は?結婚するのだから勉強など必要ないだろう?」
伯爵である父は、女は適当に勉強して結婚すればいい、と言う考えを持っている。
とりあえず結婚するまでは学園に通い、中等部まで通えば十分だと思っている。
良い相手に巡り合えば、学園を辞めてさっさと結婚するのが一番だと思っている。
もちろん『良い相手』とは、伯爵家にとって良い相手であり、私にとってではない。
彼と私の結婚も両家にとって互いに利益を求めての結びつきだった。
それも婚約期間をすっ飛ばしてすぐに入籍させられた。
夫の名はダイガット・クーパー18歳。もうすぐこの学園を卒業して、しばらく王子殿下の側近として働き、いずれ侯爵家を継ぐことになっている。
「おい、待て!」
遠くから声が聞こえてきた!
うん、聞こえない。聞こえない。私には聞こえていない。
友人のマリアナの腕に力を入れて「さっさと行くわよ」とさらに足の歩を進める。
「ねぇいいの?叫んでるわよ?」
「え?聞こえないわ」
「………うふふっ、そうね、よく考えると私も聞こえない気がするわ」
「でしょう?」
マリアナと目を合わせて微笑みあった。
「だって、この学園で私と彼の関係を知っているのはマリアなだけなのよ?知らんぷりするのが一番だと思わない?」
「そうね、ダイガット様は恋人のフランソア様との逢瀬が忙しいのだもの。へんに返事をしたら周囲になんて思われるかわからないわよね?」
「でしょう?私もそう思うの」
クスクス笑いながら移動教室へと向かった。
放課後。
いつものように図書室へと向かう。
いつも座る本棚の奥にある窓際の席。
そこに座るとノートを広げ、黙々と宿題をこなしていく。
屋敷に帰ればうるさい人たちに捕まりゆっくり宿題も復習もできなくなる。
だから図書室に居られるギリギリの時間まではここから動かない。
「グー」
あっ……お腹の音に思わず周囲を見回した。
まぁ、この図書室にこんなに長居するのは、私のように家庭教師がつけてもらえない金銭的に余裕がない者か少し家庭に事情がある者しかいない。
だからお腹の音がなっても周囲はさほど気にはしないか……
「そろそろ帰ろうかな」
一人呟きながら席を立とうとした。
「はい、ビアンカ様」
机に包みを置いてにこりと微笑んだのは私の二つ年下の14歳のバァズ。
「これは?」
「うん?同級生が差し入れをくれたんだ」
少し幼さが残る彼の笑顔。
中等部ではバァズはとても人気がある。
整った男性な顔立ち。誰にでも笑顔を振り撒くので高等部でもお姉様方から人気があるバァズ。
だから彼に群がる女の子達が我先にとプレゼントやお菓子を持ってくるらしい。
「それはあなたに食べて欲しくて渡したものよ?私が食べたら失礼に当たるわ」
「僕は知らない子から貰ったものは口に入れない。だから……」
「あら?私が食べるのはいいの?何が入ってるかわからないのでしょう?」
「………ごめん……そうだよね?」
「バァズ、ありがとう。気持ちだけ頂いておくわ」
多分包みに入っているのはチョコレート。もし食べたら……口の中で蕩けて幸せな気分になるのだろうなと……本当は心の中で断ったことを少し後悔した。
多少何か入っていても私の胃腸なら平気な気もするけど。
ちょっと目がバァズの手を追ってしまう。
「じゃあ、これは?」
バァズが次に差し出したのはメアリー菓子店の箱に入ったなかなか手に入らない高級なチョコレートの箱。
「これは僕が使用人に頼んで買ったものだから安心して食べられるよ?」
「………どうして最初からそれを渡そうとしなかったの?」
思わずため息が出て本音がポロリと出てしまった。
「だって最初からこれを差し出したら要らないって言うに決まってるだろう?」
「……最初でもあとでもそう言うわ」
「じゃあ要らないの?」
シュンとなって子犬のような瞳でそんなこと聞かれたら断れない。
「食べていいの?」
「うん、ビアンカのために持ってきたんだもの」
図書室の中で食べるわけにも行かず、馬車乗り場に向かい、乗り場の待合所のベンチに座って二人でチョコレートを食べた。
「美味しい!」
「全部食べて」
「いいの?」
「もちろん」
久しぶりの甘いお菓子に舌鼓を打ちながら一粒一粒噛み締めて食べた。
バァズと私は幼馴染。
屋敷が近いのもあってよくお互いの家を行き来していた。
でもお母様が亡くなってからは、バァズと会うこともなくなっていた。バァズが中等部に入って久しぶりに再会したのだけど、その時にはもう私は結婚が決まっていた。
教会で簡単な式を挙げ、神父の前で署名しただけの結婚。
まぁ別に夢見ていたわけでもないけど。
アレはほんと、なんの感情もわかなかった、でも逆に忘れられない結婚式になったかもしれない。
チョコレートを口に入れながら「バァズ、このチョコレートほんとに美味しいわ」と思いっきり笑顔を向けた。
その時、フランソア様と二人で馬車乗り場へとやってきたダイガットと目があった。
私の笑顔はそのままかたまり、スーッと真顔になって彼から目を逸らすことなく彼を冷たく見てしまった。
ーーうわぁ、なんでまだこいつら居るのよ!
内心は思いっきり焦ってしまっているのに、私ってこういう時、表情が固まってしまうんだよね。
両手がわたしの頬に置かれたと思ったら顔をぐいっと向けられた。
「ああ、アレね」
向けられた顔をまた元に戻した。
「いいの?許せるの?」
「別に、いいわ」
面倒くさくてチラリとも彼に視線を向けたくない。
私の視線がもったいない。
「今こっちを見ただろう」なんて難癖をつけられたくもない。
興味もないし好きでもないのに言い掛かりを言われるくらいなら見て見ぬ振りが一番いい。
「それより授業に遅れるわ、早く教室に戻りましょう」
友人のマリアナの腕を掴んで引っ張って足早にその場から離れた。
一人の令嬢と仲良く?うん?イチャイチャしているのは私の……夫。
そう、このことはまだ世間に発表していないけど、あの男と私は結婚している。
貴族の結婚なんて政略的なもの。そこに愛情なんてない。ある訳ないわ。
あんな男に。
ある理由で私は去年、入籍させられた。それも内密に。無理やり。
私は16歳。夫である彼は18歳。
この国の婚姻の年齢制限は特に法で定められていないので、いくつからでも結婚はできる。
早い人は14歳で入籍して15歳には子供を産んでる、なんてこともある。
私は、結婚を受け入れる条件として、中等部を卒業しても、高等部に通い卒業だけはしたいと父にお願いした。
「は?結婚するのだから勉強など必要ないだろう?」
伯爵である父は、女は適当に勉強して結婚すればいい、と言う考えを持っている。
とりあえず結婚するまでは学園に通い、中等部まで通えば十分だと思っている。
良い相手に巡り合えば、学園を辞めてさっさと結婚するのが一番だと思っている。
もちろん『良い相手』とは、伯爵家にとって良い相手であり、私にとってではない。
彼と私の結婚も両家にとって互いに利益を求めての結びつきだった。
それも婚約期間をすっ飛ばしてすぐに入籍させられた。
夫の名はダイガット・クーパー18歳。もうすぐこの学園を卒業して、しばらく王子殿下の側近として働き、いずれ侯爵家を継ぐことになっている。
「おい、待て!」
遠くから声が聞こえてきた!
うん、聞こえない。聞こえない。私には聞こえていない。
友人のマリアナの腕に力を入れて「さっさと行くわよ」とさらに足の歩を進める。
「ねぇいいの?叫んでるわよ?」
「え?聞こえないわ」
「………うふふっ、そうね、よく考えると私も聞こえない気がするわ」
「でしょう?」
マリアナと目を合わせて微笑みあった。
「だって、この学園で私と彼の関係を知っているのはマリアなだけなのよ?知らんぷりするのが一番だと思わない?」
「そうね、ダイガット様は恋人のフランソア様との逢瀬が忙しいのだもの。へんに返事をしたら周囲になんて思われるかわからないわよね?」
「でしょう?私もそう思うの」
クスクス笑いながら移動教室へと向かった。
放課後。
いつものように図書室へと向かう。
いつも座る本棚の奥にある窓際の席。
そこに座るとノートを広げ、黙々と宿題をこなしていく。
屋敷に帰ればうるさい人たちに捕まりゆっくり宿題も復習もできなくなる。
だから図書室に居られるギリギリの時間まではここから動かない。
「グー」
あっ……お腹の音に思わず周囲を見回した。
まぁ、この図書室にこんなに長居するのは、私のように家庭教師がつけてもらえない金銭的に余裕がない者か少し家庭に事情がある者しかいない。
だからお腹の音がなっても周囲はさほど気にはしないか……
「そろそろ帰ろうかな」
一人呟きながら席を立とうとした。
「はい、ビアンカ様」
机に包みを置いてにこりと微笑んだのは私の二つ年下の14歳のバァズ。
「これは?」
「うん?同級生が差し入れをくれたんだ」
少し幼さが残る彼の笑顔。
中等部ではバァズはとても人気がある。
整った男性な顔立ち。誰にでも笑顔を振り撒くので高等部でもお姉様方から人気があるバァズ。
だから彼に群がる女の子達が我先にとプレゼントやお菓子を持ってくるらしい。
「それはあなたに食べて欲しくて渡したものよ?私が食べたら失礼に当たるわ」
「僕は知らない子から貰ったものは口に入れない。だから……」
「あら?私が食べるのはいいの?何が入ってるかわからないのでしょう?」
「………ごめん……そうだよね?」
「バァズ、ありがとう。気持ちだけ頂いておくわ」
多分包みに入っているのはチョコレート。もし食べたら……口の中で蕩けて幸せな気分になるのだろうなと……本当は心の中で断ったことを少し後悔した。
多少何か入っていても私の胃腸なら平気な気もするけど。
ちょっと目がバァズの手を追ってしまう。
「じゃあ、これは?」
バァズが次に差し出したのはメアリー菓子店の箱に入ったなかなか手に入らない高級なチョコレートの箱。
「これは僕が使用人に頼んで買ったものだから安心して食べられるよ?」
「………どうして最初からそれを渡そうとしなかったの?」
思わずため息が出て本音がポロリと出てしまった。
「だって最初からこれを差し出したら要らないって言うに決まってるだろう?」
「……最初でもあとでもそう言うわ」
「じゃあ要らないの?」
シュンとなって子犬のような瞳でそんなこと聞かれたら断れない。
「食べていいの?」
「うん、ビアンカのために持ってきたんだもの」
図書室の中で食べるわけにも行かず、馬車乗り場に向かい、乗り場の待合所のベンチに座って二人でチョコレートを食べた。
「美味しい!」
「全部食べて」
「いいの?」
「もちろん」
久しぶりの甘いお菓子に舌鼓を打ちながら一粒一粒噛み締めて食べた。
バァズと私は幼馴染。
屋敷が近いのもあってよくお互いの家を行き来していた。
でもお母様が亡くなってからは、バァズと会うこともなくなっていた。バァズが中等部に入って久しぶりに再会したのだけど、その時にはもう私は結婚が決まっていた。
教会で簡単な式を挙げ、神父の前で署名しただけの結婚。
まぁ別に夢見ていたわけでもないけど。
アレはほんと、なんの感情もわかなかった、でも逆に忘れられない結婚式になったかもしれない。
チョコレートを口に入れながら「バァズ、このチョコレートほんとに美味しいわ」と思いっきり笑顔を向けた。
その時、フランソア様と二人で馬車乗り場へとやってきたダイガットと目があった。
私の笑顔はそのままかたまり、スーッと真顔になって彼から目を逸らすことなく彼を冷たく見てしまった。
ーーうわぁ、なんでまだこいつら居るのよ!
内心は思いっきり焦ってしまっているのに、私ってこういう時、表情が固まってしまうんだよね。
1,692
あなたにおすすめの小説
彼が愛した王女はもういない
黒猫子猫
恋愛
シュリは子供の頃からずっと、年上のカイゼルに片想いをしてきた。彼はいつも優しく、まるで宝物のように大切にしてくれた。ただ、シュリの想いには応えてくれず、「もう少し大きくなったらな」と、はぐらかした。月日は流れ、シュリは大人になった。ようやく彼と結ばれる身体になれたと喜んだのも束の間、騎士になっていた彼は護衛を務めていた王女に恋をしていた。シュリは胸を痛めたが、彼の幸せを優先しようと、何も言わずに去る事に決めた。
どちらも叶わない恋をした――はずだった。
※関連作がありますが、これのみで読めます。
※全11話です。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
戦場からお持ち帰りなんですか?
satomi
恋愛
幼馴染だったけど結婚してすぐの新婚!ってときに彼・ベンは徴兵されて戦場に行ってしまいました。戦争が終わったと聞いたので、毎日ご馳走を作って私エミーは彼を待っていました。
1週間が経ち、彼は帰ってきました。彼の隣に女性を連れて…。曰く、困っている所を拾って連れてきた です。
私の結婚生活はうまくいくのかな?
心を失った彼女は、もう婚約者を見ない
基本二度寝
恋愛
女癖の悪い王太子は呪われた。
寝台から起き上がれず、食事も身体が拒否し、原因不明な状態の心労もあり、やせ細っていった。
「こりゃあすごい」
解呪に呼ばれた魔女は、しゃがれ声で場違いにも感嘆した。
「王族に呪いなんて効かないはずなのにと思ったけれど、これほど大きい呪いは見たことがないよ。どれだけの女の恨みを買ったんだい」
王太子には思い当たる節はない。
相手が勝手に勘違いして想いを寄せられているだけなのに。
「こりゃあ対価は大きいよ?」
金ならいくらでも出すと豪語する国王と、「早く息子を助けて」と喚く王妃。
「なら、その娘の心を対価にどうだい」
魔女はぐるりと部屋を見渡し、壁際に使用人らと共に立たされている王太子の婚約者の令嬢を指差した。
【完結】貴方の望み通りに・・・
kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも
どんなに貴方を見つめても
どんなに貴方を思っても
だから、
もう貴方を望まない
もう貴方を見つめない
もう貴方のことは忘れる
さようなら
あなたが捨てた花冠と后の愛
小鳥遊 れいら
恋愛
幼き頃から皇后になるために育てられた公爵令嬢のリリィは婚約者であるレオナルド皇太子と相思相愛であった。
順調に愛を育み合った2人は結婚したが、なかなか子宝に恵まれなかった。。。
そんなある日、隣国から王女であるルチア様が側妃として嫁いでくることを相談なしに伝えられる。
リリィは強引に話をしてくるレオナルドに嫌悪感を抱くようになる。追い打ちをかけるような出来事が起き、愛ではなく未来の皇后として国を守っていくことに自分の人生をかけることをしていく。
そのためにリリィが取った行動とは何なのか。
リリィの心が離れてしまったレオナルドはどうしていくのか。
2人の未来はいかに···
花嫁は忘れたい
基本二度寝
恋愛
術師のもとに訪れたレイアは愛する人を忘れたいと願った。
結婚を控えた身。
だから、結婚式までに愛した相手を忘れたいのだ。
政略結婚なので夫となる人に愛情はない。
結婚後に愛人を家に入れるといった男に愛情が湧こうはずがない。
絶望しか見えない結婚生活だ。
愛した男を思えば逃げ出したくなる。
だから、家のために嫁ぐレイアに希望はいらない。
愛した彼を忘れさせてほしい。
レイアはそう願った。
完結済。
番外アップ済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる