あなたの愛はもう要りません。

たろ

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1話

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「ねぇ、あっちを見て!」

 両手がわたしの頬に置かれたと思ったら顔をぐいっと向けられた。

「ああ、アレね」

 向けられた顔をまた元に戻した。

「いいの?許せるの?」

「別に、いいわ」

 面倒くさくてチラリとも彼に視線を向けたくない。
 私の視線がもったいない。

「今こっちを見ただろう」なんて難癖をつけられたくもない。

 興味もないし好きでもないのに言い掛かりを言われるくらいなら見て見ぬ振りが一番いい。

「それより授業に遅れるわ、早く教室に戻りましょう」

 友人のマリアナの腕を掴んで引っ張って足早にその場から離れた。

 一人の令嬢と仲良く?うん?イチャイチャしているのは私の……夫。

 そう、このことはまだ世間に発表していないけど、あの男と私は結婚している。

 貴族の結婚なんて政略的なもの。そこに愛情なんてない。ある訳ないわ。

 あんな男に。

 ある理由で私は去年、入籍させられた。それも内密に。無理やり。

 私は16歳。夫である彼は18歳。

 この国の婚姻の年齢制限は特に法で定められていないので、いくつからでも結婚はできる。

 早い人は14歳で入籍して15歳には子供を産んでる、なんてこともある。

 私は、結婚を受け入れる条件として、中等部を卒業しても、高等部に通い卒業だけはしたいと父にお願いした。

「は?結婚するのだから勉強など必要ないだろう?」

 伯爵である父は、女は適当に勉強して結婚すればいい、と言う考えを持っている。

 とりあえず結婚するまでは学園に通い、中等部まで通えば十分だと思っている。
 良い相手に巡り合えば、学園を辞めてさっさと結婚するのが一番だと思っている。

 もちろん『良い相手』とは、伯爵家にとって良い相手であり、私にとってではない。

 彼と私の結婚も両家にとって互いに利益を求めての結びつきだった。

 それも婚約期間をすっ飛ばしてすぐに入籍させられた。

 夫の名はダイガット・クーパー18歳。もうすぐこの学園を卒業して、しばらく王子殿下の側近として働き、いずれ侯爵家を継ぐことになっている。

「おい、待て!」

 遠くから声が聞こえてきた!

 うん、聞こえない。聞こえない。私には聞こえていない。

 友人のマリアナの腕に力を入れて「さっさと行くわよ」とさらに足の歩を進める。

「ねぇいいの?叫んでるわよ?」

「え?聞こえないわ」

「………うふふっ、そうね、よく考えると私も聞こえない気がするわ」

「でしょう?」

 マリアナと目を合わせて微笑みあった。

「だって、この学園で私と彼の関係を知っているのはマリアなだけなのよ?知らんぷりするのが一番だと思わない?」

「そうね、ダイガット様は恋人のフランソア様との逢瀬が忙しいのだもの。へんに返事をしたら周囲になんて思われるかわからないわよね?」

「でしょう?私もそう思うの」

 クスクス笑いながら移動教室へと向かった。





 放課後。


 いつものように図書室へと向かう。


 いつも座る本棚の奥にある窓際の席。


 そこに座るとノートを広げ、黙々と宿題をこなしていく。

 屋敷に帰ればうるさい人たちに捕まりゆっくり宿題も復習もできなくなる。

 だから図書室に居られるギリギリの時間まではここから動かない。

「グー」

 あっ……お腹の音に思わず周囲を見回した。

 まぁ、この図書室にこんなに長居するのは、私のように家庭教師がつけてもらえない金銭的に余裕がない者か少し家庭に事情がある者しかいない。

 だからお腹の音がなっても周囲はさほど気にはしないか……

「そろそろ帰ろうかな」

 一人呟きながら席を立とうとした。

「はい、ビアンカ様」

 机に包みを置いてにこりと微笑んだのは私の二つ年下の14歳のバァズ。

「これは?」

「うん?同級生が差し入れをくれたんだ」

 少し幼さが残る彼の笑顔。
 中等部ではバァズはとても人気がある。
 整った男性な顔立ち。誰にでも笑顔を振り撒くので高等部でもお姉様方から人気があるバァズ。

 だから彼に群がる女の子達が我先にとプレゼントやお菓子を持ってくるらしい。


「それはあなたに食べて欲しくて渡したものよ?私が食べたら失礼に当たるわ」

「僕は知らない子から貰ったものは口に入れない。だから……」

「あら?私が食べるのはいいの?何が入ってるかわからないのでしょう?」

「………ごめん……そうだよね?」

「バァズ、ありがとう。気持ちだけ頂いておくわ」

 多分包みに入っているのはチョコレート。もし食べたら……口の中で蕩けて幸せな気分になるのだろうなと……本当は心の中で断ったことを少し後悔した。

 多少何か入っていても私の胃腸なら平気な気もするけど。

 ちょっと目がバァズの手を追ってしまう。

「じゃあ、これは?」

 バァズが次に差し出したのはメアリー菓子店の箱に入ったなかなか手に入らない高級なチョコレートの箱。

「これは僕が使用人に頼んで買ったものだから安心して食べられるよ?」

「………どうして最初からそれを渡そうとしなかったの?」

 思わずため息が出て本音がポロリと出てしまった。

「だって最初からこれを差し出したら要らないって言うに決まってるだろう?」

「……最初でもあとでもそう言うわ」

「じゃあ要らないの?」

 シュンとなって子犬のような瞳でそんなこと聞かれたら断れない。

「食べていいの?」

「うん、ビアンカのために持ってきたんだもの」

 図書室の中で食べるわけにも行かず、馬車乗り場に向かい、乗り場の待合所のベンチに座って二人でチョコレートを食べた。

「美味しい!」

「全部食べて」

「いいの?」

「もちろん」

 久しぶりの甘いお菓子に舌鼓を打ちながら一粒一粒噛み締めて食べた。

 バァズと私は幼馴染。

 屋敷が近いのもあってよくお互いの家を行き来していた。

 でもお母様が亡くなってからは、バァズと会うこともなくなっていた。バァズが中等部に入って久しぶりに再会したのだけど、その時にはもう私は結婚が決まっていた。

 教会で簡単な式を挙げ、神父の前で署名しただけの結婚。

 まぁ別に夢見ていたわけでもないけど。

 アレはほんと、なんの感情もわかなかった、でも逆に忘れられない結婚式になったかもしれない。

 チョコレートを口に入れながら「バァズ、このチョコレートほんとに美味しいわ」と思いっきり笑顔を向けた。

 その時、フランソア様と二人で馬車乗り場へとやってきたダイガットと目があった。

 私の笑顔はそのままかたまり、スーッと真顔になって彼から目を逸らすことなく彼を冷たく見てしまった。

 ーーうわぁ、なんでまだこいつら居るのよ!

 内心は思いっきり焦ってしまっているのに、私ってこういう時、表情が固まってしまうんだよね。


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