「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ

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第11話 街へ 〜初めての人の視線〜

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ロッジを出ると、雪はようやく止み、山の斜面が朝の光を受けて銀色に輝いていた。

一朗は軽トラックのドアを開け、助手席に真白を乗せる。

真白はシートベルトをいじりながら、きょろきょろと外を眺めていた。

 「これが“車”なんだね。風があたらないんだ」

 「そう、山の中を歩かずに下まで行ける。文明の力ってやつだ」

エンジンがかかると、真白はびくっと肩をすくめた。

しかし、すぐに楽しそうな笑顔になって窓の外を指さす。

 「すごい! 木が、流れてるみたい!」

一朗は笑いながらハンドルを握った。

 「動いてるのはこっちだよ、真白」

真白は「ふふっ」と笑い、頬を窓につけて、雪の林や遠くの家々を目で追っていた。

その表情は、まるで生まれて初めて春を見つけた子どものようだった。

町に着くと、舗装された道と行き交う人々のざわめきが迎えてくれた。

真白は息を呑み、思わず一朗の袖をつかむ。

 「こんなにたくさんの人間……!」

 「驚くよな。でも、みんな普通に暮らしてるだけさ」

一朗は軽く笑いながら答えたが、真白の緊張が伝わってくるのを感じた。

店のショーウィンドウに並ぶマネキンを見つけると、真白は足を止めた。

 「これ……人間?」

 「人形だよ。服を見せるために置いてあるんだ」

 「ふしぎ……人間みたいに見えるのに、動かない」

一朗は小さく笑いながら、真白の背を押して店の中へ入った。

ーーー服屋  ~はじめての「選ぶ」ということ~

暖かな空気と柔らかな照明が二人を包み込む。

スタッフの女性が笑顔で近づいてきた。

 「いらっしゃいませ~。彼女さんのお洋服をお探しですか?」

一朗は少し頬を赤らめ、慌てて頭を下げた。

 「え、あ、はい。……そうです」

真白は「彼女」という言葉の意味がわからず、首をかしげた。

 「彼女?」

一朗は軽く咳払いをしてごまかした。

 「気にするな、挨拶みたいなもんだ」

スタッフは優しく微笑み、真白の全身を見て言った。

 「背が高くて綺麗な方ですね。少し落ち着いた色が似合いそう」

真白は照れくさそうに一朗の後ろに隠れた。

 「綺麗、って……私のこと?」

 「そうだよ。素直に喜べばいい」

選んだ服を試着室に持って行くと、真白はカーテンの奥で小さな声を上げた。

 「一朗、これ……どうやって着るの?」

 「袖を通して……そう、頭をくぐらせて……」

カーテンの隙間から、そっと顔を出す真白。

白いニットとデニムを身につけ、少し不安げな表情で立っていた。



一朗は一瞬、言葉を失った。

——まるで、本物の人間の女の子みたいだ。

 「どう……かな?」

その問いに、一朗は少し声を詰まらせたあと、静かに答えた。

 「……すごく、似合ってる」

真白は嬉しそうに微笑み、鏡に映る自分をじっと見つめた。

 「これが、“人間の私”なんだね」

その声には、少し誇らしげな響きがあった。

一朗は、うん、と小さく頷きながら、その横顔を見つめていた。

透明な肌に黒髪が映えて、まるで雪の中の影のように美しかった。

――ほんとに、白蛇だったなんてな。

心の奥でつぶやきながら、彼は少し照れくさそうに笑った。

ーーー昼過ぎ

大きなショッピングモールの空気は、真白にとってすべてが新鮮だった。

ガラス越しに見える人、人、人。

きらびやかな商品。子どもの笑い声。

真白はまるで異世界に迷い込んだように、きょろきょろと首を回していた。

 「人が……たくさんいるね」

 「まあ、土曜だからな」

一朗は苦笑しながら答える。

彼女の視線があちこちに動くたびに、通りすがる人が振り返る。

――そりゃ、こんな美人が歩いてたら誰だって見るよな。

一朗は妙に落ち着かない気分だった。

服屋での買い物を済ませ、次に立ち寄ったのはモールの書店だった。

ふと雑誌コーナーの一角で、一朗の目が止まる。

女性誌の表紙に、大きく載った金髪のモデル――ミキ。

憧れの笑顔が鮮やかにそこにあった。



 「……おお、あった……!」

一朗は小声でつぶやきながら、手に取ってページをめくる。

にやり、と口元がゆるんだ。

その顔を横から覗き込んだ真白が、首を傾げる。

 「どうしたの? 一朗、なんだか顔が……にこにこしてる」

 「え? あ、いや……」

一朗は慌てて雑誌を閉じた。

 「ちょっと、好きな……いや、憧れの人が載っててな」

 「好きな人?」

真白の瞳がまっすぐにこちらを見た。

その真剣さに、一朗はたじろぐ。

 「い、いや、そういう“恋”とかじゃなくて! 芸能人っていうか……その……」

 「げいのうじん?」

真白は聞き慣れない言葉を繰り返す。

一朗はごまかすように笑って言った。

 「まあ……人間の世界で、すごく人気のある人だよ」

 「ふうん……」

真白は少し考えたあと、にこりと笑った。

 「その人、すごく綺麗なんだね」

 「ま、まあな……」

ページをもう一度開きたいけれど、女性誌を男がレジに持って行くのは気恥ずかしい。

一朗はちらりと真白を見た。

――そうだ、真白に買ってもらえばいいじゃないか。

彼は妙案を思いつき、わざとらしく肩をすくめた。

 「なあ真白、この雑誌、勉強になるかもしれないぞ」

 「勉強?」

 「そう。人間の女の人のファッションとか、しゃべり方とか。たぶん役に立つ」

 「ほんと? じゃあ、ほしい!」

純粋な笑顔で言われて、一朗は心の中でガッツポーズを取った。

 「じゃあ、これ……お前がレジに持っていってくれるか?」

 「うん!」

真白は嬉しそうに雑誌を両手で抱え、レジに向かっていく。

その後ろ姿を見ながら、一朗は思わず頬を掻いた。

――俺、何やってんだか……。

けれど、真白が誇らしげに雑誌の袋を抱えて戻ってきたとき、一朗はなぜだか少しだけ胸の奥が温かくなった。

その笑顔が、とても…まぶしかったからだ。
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