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第10話 魔法の画面
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夜。
外はしんしんと雪が降り続き、窓の外は一面の銀世界。
ロッジの中は、暖炉の炎が静かに揺れていた。
母が部屋に引き上げ、ロッジがすっかり静まり返る頃、一朗の部屋の戸が、そっとノックされた。
「一朗、起きてる?」
その声に、一朗は布団の上から顔を上げた。
「どうした、真白。眠れないのか?」
真白は少し恥ずかしそうに首をかしげた。
「うん……人間のこと、もっと知りたくて」
一朗は笑いながらベッドの横にある椅子を引き、「じゃあ、少し話そうか」と言って真白を座らせた。
部屋は暖炉の灯りだけが揺れていて、その橙色の光が真白の黒髪をやわらかく照らしていた。
「人間のことって、どんなことが知りたいんだ?」
「うーん……食べもののこととか、服のこととか……あと、みんなが何して生きてるのか」
一朗は少し考えたあと、机の上に置かれたタブレットを取り出した。
「よし、これを使えば早いな」
真白は丸い目をして首をかしげる。
「それ、なあに?」
一朗は電源を入れ、画面をタップする。光がふわりと真白の顔を照らした。
「これは“タブレット”っていう。人間の世界では、これでなんでもできるんだ。絵も描けるし、歌も聞けるし、遠くの人とも話ができる」
真白は食い入るように画面を見つめる。
「なんでもできる……? まるで魔法みたい」
一朗は笑って頷いた。
「まあ、そうだな。人間の魔法ってとこかな」
画面には山の風景、料理、服、動物──次々に映し出される色とりどりの世界。
真白は両手を胸の前で重ねて、小さく息をのむ。
「きれい……こんな世界、知らなかった」
一朗は横目でその表情を見ながら、少し照れくさそうに言った。
「インターネットって言ってな、世界中の人が作った知識がここにあるんだ。人のことも、自然のことも、昔のことも、何でも教えてくれる」
真白はタブレットをそっと触り、指先で画面をなぞった。
画面が動くたびに小さな声を上げる。
「わぁ……動いた! これ、蛇が水面を泳いでるみたい」
一朗は笑いをこらえきれず、軽く肩をすくめた。
「ははっ、確かに。真白、センスあるな」
真白はにこっと笑い、少し真剣な表情で言った。
「ねえ一朗。人間って、こんなにたくさんのことを知って、それでも……幸せなの?」
一朗は少し驚いた顔をしたあと、暖炉の炎を見つめて静かに答えた。
「……そうだな。たくさん知っても、悩むことは多いよ。でも、知ることで誰かを助けたり、笑わせたりもできる」
真白はゆっくり頷き、タブレットの光を見つめながら呟いた。
「私も……もっと知りたい。一朗の世界、人間の世界。そして……一朗のことも」
一朗は少し息を詰めた。
真白の瞳は、暖炉の光を映して淡く揺れていた。
「……焦らなくていいさ。ゆっくり覚えていけばいい」
「うん」
真白は満足そうに微笑み、そのままタブレットを胸に抱いて、炎の揺らめきを見つめ続けた。
部屋に戻った真白は、布団の上に座り、膝の上にタブレットを置いた。
画面を指先でなぞるたびに、世界が変わる。
空の青、海のきらめき、花の色、人々の笑顔──。
「……すごい」
小さく息をのむ。
指先を止めることができなかった。
検索という文字を覚え、ひらがなを打ちこむ。
“服”“ごはん”“まち”“人間の生活”。
ページが開くたびに、真白の瞳は子どものように輝いた。
「人間って、こんなにたくさんのことを知ってるんだ……」
指が止まらない。
読む速度も、理解の速さも、人間の常識を超えていた。
夜が更けるほど、真白の中で“知らなかった世界”が広がっていく。
「これが、魔法の画面……」
呟きながら、真白は小さく笑った。
やがて外が白み始めた頃、ようやくタブレットを胸に抱えて横になる。
夢の中でも、画面の光がちらちらと揺れていた。
ーーー 翌朝
窓の外は一面の雪。夜の嵐は嘘のように静まり返り、空気は透き通っていた。
一朗はダイニングでコーヒーを飲みながら新聞をめくっていたが、階段のほうから軽やかな足音が聞こえた。
「おはよう、一朗!」
顔を上げると、真白が笑顔で駆け寄ってきた。
昨日よりもずっと自然な表情で、まるで人間の女の子のようだ。
「おはよう、真白。ちゃんと眠れたか?」
「うん! でも魔法の画面でね、いっぱい勉強してた!」
一朗は少し眉を上げた。
「勉強?」
「うん。タブレットの“けんさく”っていうのを覚えたの。それで、服とか料理とか、いろんな人間のことを見たの!」
その言い方があまりに嬉しそうで、一朗は思わず吹き出した。
「ははっ、そりゃすごいな。真白、もう人間の女の子みたいだ」
真白は顔を少し赤らめて、両手を胸の前で組んだ。
「えへへ……ほんと?」
一朗はうなずき、少し真面目な顔になった。
「なあ、真白。今日は少し町まで降りようと思うんだ。お前の服もちゃんとしたのを買ってやりたい」
「町……?」
真白は目を輝かせた。
「そこに行けば、人間がいっぱいいるの?」
「そうだ。スーパーもあるし、服を売ってる店もある。お前も外で歩けるように、服を選ぼう」
真白は一瞬、戸惑ったように視線を落とした。
「でも……私、ちゃんと見えるかな。人間の中にいても、変じゃない?」
一朗は笑って頭を軽く撫でた。
「大丈夫だよ。昨日よりずっと自然だ。少なくとも、“珍しいくらいきれいな女の子”くらいにしか見えないさ」
真白はぱっと顔を上げ、瞳をきらめかせた。
「ほんとに? それなら……行きたい!」
一朗は立ち上がり、ダウンジャケットを羽織った。
「決まりだな。雪が止んでるうちに出よう。初めての町、だな」
真白は勢いよく頷いた。
「うん! 人間の世界、ちゃんと見てみたい!」
その声は、雪に包まれたロッジの中に明るく響いた。
外の世界が、真白にとって“学びの場所”になることを、一朗はまだこの時知らなかった。
外はしんしんと雪が降り続き、窓の外は一面の銀世界。
ロッジの中は、暖炉の炎が静かに揺れていた。
母が部屋に引き上げ、ロッジがすっかり静まり返る頃、一朗の部屋の戸が、そっとノックされた。
「一朗、起きてる?」
その声に、一朗は布団の上から顔を上げた。
「どうした、真白。眠れないのか?」
真白は少し恥ずかしそうに首をかしげた。
「うん……人間のこと、もっと知りたくて」
一朗は笑いながらベッドの横にある椅子を引き、「じゃあ、少し話そうか」と言って真白を座らせた。
部屋は暖炉の灯りだけが揺れていて、その橙色の光が真白の黒髪をやわらかく照らしていた。
「人間のことって、どんなことが知りたいんだ?」
「うーん……食べもののこととか、服のこととか……あと、みんなが何して生きてるのか」
一朗は少し考えたあと、机の上に置かれたタブレットを取り出した。
「よし、これを使えば早いな」
真白は丸い目をして首をかしげる。
「それ、なあに?」
一朗は電源を入れ、画面をタップする。光がふわりと真白の顔を照らした。
「これは“タブレット”っていう。人間の世界では、これでなんでもできるんだ。絵も描けるし、歌も聞けるし、遠くの人とも話ができる」
真白は食い入るように画面を見つめる。
「なんでもできる……? まるで魔法みたい」
一朗は笑って頷いた。
「まあ、そうだな。人間の魔法ってとこかな」
画面には山の風景、料理、服、動物──次々に映し出される色とりどりの世界。
真白は両手を胸の前で重ねて、小さく息をのむ。
「きれい……こんな世界、知らなかった」
一朗は横目でその表情を見ながら、少し照れくさそうに言った。
「インターネットって言ってな、世界中の人が作った知識がここにあるんだ。人のことも、自然のことも、昔のことも、何でも教えてくれる」
真白はタブレットをそっと触り、指先で画面をなぞった。
画面が動くたびに小さな声を上げる。
「わぁ……動いた! これ、蛇が水面を泳いでるみたい」
一朗は笑いをこらえきれず、軽く肩をすくめた。
「ははっ、確かに。真白、センスあるな」
真白はにこっと笑い、少し真剣な表情で言った。
「ねえ一朗。人間って、こんなにたくさんのことを知って、それでも……幸せなの?」
一朗は少し驚いた顔をしたあと、暖炉の炎を見つめて静かに答えた。
「……そうだな。たくさん知っても、悩むことは多いよ。でも、知ることで誰かを助けたり、笑わせたりもできる」
真白はゆっくり頷き、タブレットの光を見つめながら呟いた。
「私も……もっと知りたい。一朗の世界、人間の世界。そして……一朗のことも」
一朗は少し息を詰めた。
真白の瞳は、暖炉の光を映して淡く揺れていた。
「……焦らなくていいさ。ゆっくり覚えていけばいい」
「うん」
真白は満足そうに微笑み、そのままタブレットを胸に抱いて、炎の揺らめきを見つめ続けた。
部屋に戻った真白は、布団の上に座り、膝の上にタブレットを置いた。
画面を指先でなぞるたびに、世界が変わる。
空の青、海のきらめき、花の色、人々の笑顔──。
「……すごい」
小さく息をのむ。
指先を止めることができなかった。
検索という文字を覚え、ひらがなを打ちこむ。
“服”“ごはん”“まち”“人間の生活”。
ページが開くたびに、真白の瞳は子どものように輝いた。
「人間って、こんなにたくさんのことを知ってるんだ……」
指が止まらない。
読む速度も、理解の速さも、人間の常識を超えていた。
夜が更けるほど、真白の中で“知らなかった世界”が広がっていく。
「これが、魔法の画面……」
呟きながら、真白は小さく笑った。
やがて外が白み始めた頃、ようやくタブレットを胸に抱えて横になる。
夢の中でも、画面の光がちらちらと揺れていた。
ーーー 翌朝
窓の外は一面の雪。夜の嵐は嘘のように静まり返り、空気は透き通っていた。
一朗はダイニングでコーヒーを飲みながら新聞をめくっていたが、階段のほうから軽やかな足音が聞こえた。
「おはよう、一朗!」
顔を上げると、真白が笑顔で駆け寄ってきた。
昨日よりもずっと自然な表情で、まるで人間の女の子のようだ。
「おはよう、真白。ちゃんと眠れたか?」
「うん! でも魔法の画面でね、いっぱい勉強してた!」
一朗は少し眉を上げた。
「勉強?」
「うん。タブレットの“けんさく”っていうのを覚えたの。それで、服とか料理とか、いろんな人間のことを見たの!」
その言い方があまりに嬉しそうで、一朗は思わず吹き出した。
「ははっ、そりゃすごいな。真白、もう人間の女の子みたいだ」
真白は顔を少し赤らめて、両手を胸の前で組んだ。
「えへへ……ほんと?」
一朗はうなずき、少し真面目な顔になった。
「なあ、真白。今日は少し町まで降りようと思うんだ。お前の服もちゃんとしたのを買ってやりたい」
「町……?」
真白は目を輝かせた。
「そこに行けば、人間がいっぱいいるの?」
「そうだ。スーパーもあるし、服を売ってる店もある。お前も外で歩けるように、服を選ぼう」
真白は一瞬、戸惑ったように視線を落とした。
「でも……私、ちゃんと見えるかな。人間の中にいても、変じゃない?」
一朗は笑って頭を軽く撫でた。
「大丈夫だよ。昨日よりずっと自然だ。少なくとも、“珍しいくらいきれいな女の子”くらいにしか見えないさ」
真白はぱっと顔を上げ、瞳をきらめかせた。
「ほんとに? それなら……行きたい!」
一朗は立ち上がり、ダウンジャケットを羽織った。
「決まりだな。雪が止んでるうちに出よう。初めての町、だな」
真白は勢いよく頷いた。
「うん! 人間の世界、ちゃんと見てみたい!」
その声は、雪に包まれたロッジの中に明るく響いた。
外の世界が、真白にとって“学びの場所”になることを、一朗はまだこの時知らなかった。
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