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第9話 母親との対面
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朝の光が窓から差し込むロッジ。
雪はまだ静かに降り積もり、外の世界を白く包んでいる。
一朗は台所で朝食を準備し、真白はすでにパーカーとジャージを着てテーブルの向こうでじっと立っていた。
そのとき、母が居間から出てきた。
「おはよう、一朗。朝日が眩しいね」
母の視線がテーブルの向こうに、自然に流れる。
しかし、そこに立つ真白を見た瞬間、母の手がぴたりと止まった。
「……え?」
一朗は少し焦ったように、母の方に目を向ける。
「母さん、大丈夫……これは……」
真白はにこりと微笑み、少し首をかしげた。
「おはようございます」
母の眉がゆっくりと上がる。
言葉は出ないが、目は真白を追っている。
その瞳には驚きと、どこか計り知れない存在への好奇心が混ざっていた。
一朗はゆっくりと説明を始めた。
「昨日の夜、山で不思議なことがあって……この子は、ただの蛇じゃなくて、人の姿にもなれるんだ」
母はしばらく黙って真白を見つめる。
その沈黙に、一瞬、時間が止まったような感覚が漂った。
真白は少し恥ずかしそうに目を伏せながら、
「少し前に、一朗さんに助けてもらったんです」
母は深く息をつき、やっと口を開いた。
「……そう……そうなのね」
声には戸惑いと、しかしどこか受容する響きがあった。
一朗は少しほっとして微笑む。
「母さん、びっくりするけど、危なくはないんだ。ちゃんと僕が面倒を見る」
母はゆっくり頷き、微笑んだ。
「わかったわ。あなたがそう言うなら、信じる」
真白も、安心したように小さく微笑んだ。
「一朗さんと一緒なら、安心です」
一朗がトーストを皿に盛り、母が紅茶を注ぐと、真白が少し照れくさそうに口を開いた。
「……あの、私、一朗さんとお母さんの手を握ってもいいですか?」
母は眉をひそめ、少し驚いた顔をした。
「え、どうしたの?」
真白は小さく笑って目を伏せた。
「その……握ると、その人の過去がわかるんです」
一朗と母は目を見合わせ、息をのむ。
「……過去が?」
一朗は半信半疑だが、真白の真剣な表情に押され、頷いた。
「わかった。いいよ、握ってみろ」
母も小さく息をつき、手を差し出した。
「じゃあ……握らせてもらうね。」
真白は慎重に二人の手を取ると、目を閉じた。
指先に伝わる微かな温度と心の鼓動を感じながら、視界の中でなく、感覚の中で過去の断片を追う。
そのまま、じっと一分ほど。
居間には、静かな呼吸と、雪が舞い落ちる音だけが響いていた。
やがて、真白が目を開けた。
金色の瞳は深く温かく、二人を見つめていた。
「お二人のこと、よくわかりました」
声は落ち着いていて、静かに部屋に広がる。
「お父様のこと……一朗さんが小さい時に亡くなって、お母さんが一人でロッジを守ってきたこと……毎日の仕事がどんなに大変か、どんな気持ちでやってこられたか……一朗さんが、昔、雪山で事故に遭って左手の指が動かなくなったことも……」
一朗は目を見開き、少し照れたように眉をひそめた。
「……お前、よく見えたな」
真白は微笑みながら首をかしげた。
「私も、一緒に働きます! 一朗さんもお母さんも、手伝わせてください!」
母は驚きながらも、優しく微笑む。
「……まあ、そうね。頼もしいことね」
一朗も、少し笑みを浮かべながら頷いた。
「わかった。真白が一緒なら、心強いな」
居間には、雪の白さと朝の光に混じり、新しい三人の日常が静かに息を吹き返していた。
雪がゆっくりとやみ、窓から差し込む光がロッジの木の床をやさしく照らしていた。
朝食を終えると、母が椅子を立ち上がる。
「さて、今日は客室の掃除をしておかないとね」
その言葉を聞いた真白が、ぱっと顔を上げた。
「私もやります!」
一朗は少し笑って言った。
「おいおい、掃除って言っても、蛇のときみたいにスルスルっとはいかないぞ?」
真白は真剣な顔で頷く。
「大丈夫。人間のやり方、ちゃんと覚える」
母はおかしそうに微笑んだ。
「じゃあお願いしようか。真白ちゃん、ほうきは使える?」
「ほうき……?」
真白は首をかしげた。
一朗が物置からほうきを持ってきて渡すと、真白はまるで不思議な道具を手にしたようにじっと見つめた。
「これで……床をなでるの?」
「なでるっていうか、掃くんだよ。こうやって。」
一朗が軽く動かして見せる。
真白は真似をしてみるが、力加減がわからず、ほうきの先が勢いよくバサッと舞い上がり、埃がふわっと広がった。
「わっ……!」
真白が思わずくしゃみをする。
一朗は笑いをこらえきれず吹き出した。
「ははっ、やりすぎだって!」
母も笑いながら近寄る。
「焦らなくていいのよ。掃除はゆっくり、丁寧にね」
真白は少し照れくさそうに頬を赤らめ、「うん、頑張る」と言って、もう一度丁寧にほうきを動かした。
その動きはぎこちなかったが、どこか一生懸命で、見ている二人の心を自然と温かくしていく。
——昼前。
真白は掃除だけでなく、洗濯や食器洗いにも挑戦していた。
蛇だったころには想像もできなかった水の冷たさ、泡の感触、布の重さ。すべてが新鮮だった。
一朗が食器棚に皿を戻していると、真白が背後から顔を出した。
「ねぇ一朗。人間って、手をたくさん使うんだね」
一朗は笑いながら左手を軽く動かした。
「そうだな。俺は片手が少し不自由だけど、慣れればなんとかなる!」
真白はその言葉を聞いて、静かに彼の手を優しく掴んで微笑んだ。
「……私、もっと覚える。もっと手伝えるようになる」
一朗は少し照れくさそうに頷いた。
「ありがとな。助かるよ、真白」
母は台所の方から二人を見つめ、穏やかな笑みを浮かべながら小さく呟いた。
「まるで……昔の家族が戻ってきたみたいね」
窓の外では、雪がきらめきながら太陽の光を反射していた。
ロッジの中には、笑い声と木の香り、そして小さな新しい絆の温もりが、静かに広がっていた。
雪はまだ静かに降り積もり、外の世界を白く包んでいる。
一朗は台所で朝食を準備し、真白はすでにパーカーとジャージを着てテーブルの向こうでじっと立っていた。
そのとき、母が居間から出てきた。
「おはよう、一朗。朝日が眩しいね」
母の視線がテーブルの向こうに、自然に流れる。
しかし、そこに立つ真白を見た瞬間、母の手がぴたりと止まった。
「……え?」
一朗は少し焦ったように、母の方に目を向ける。
「母さん、大丈夫……これは……」
真白はにこりと微笑み、少し首をかしげた。
「おはようございます」
母の眉がゆっくりと上がる。
言葉は出ないが、目は真白を追っている。
その瞳には驚きと、どこか計り知れない存在への好奇心が混ざっていた。
一朗はゆっくりと説明を始めた。
「昨日の夜、山で不思議なことがあって……この子は、ただの蛇じゃなくて、人の姿にもなれるんだ」
母はしばらく黙って真白を見つめる。
その沈黙に、一瞬、時間が止まったような感覚が漂った。
真白は少し恥ずかしそうに目を伏せながら、
「少し前に、一朗さんに助けてもらったんです」
母は深く息をつき、やっと口を開いた。
「……そう……そうなのね」
声には戸惑いと、しかしどこか受容する響きがあった。
一朗は少しほっとして微笑む。
「母さん、びっくりするけど、危なくはないんだ。ちゃんと僕が面倒を見る」
母はゆっくり頷き、微笑んだ。
「わかったわ。あなたがそう言うなら、信じる」
真白も、安心したように小さく微笑んだ。
「一朗さんと一緒なら、安心です」
一朗がトーストを皿に盛り、母が紅茶を注ぐと、真白が少し照れくさそうに口を開いた。
「……あの、私、一朗さんとお母さんの手を握ってもいいですか?」
母は眉をひそめ、少し驚いた顔をした。
「え、どうしたの?」
真白は小さく笑って目を伏せた。
「その……握ると、その人の過去がわかるんです」
一朗と母は目を見合わせ、息をのむ。
「……過去が?」
一朗は半信半疑だが、真白の真剣な表情に押され、頷いた。
「わかった。いいよ、握ってみろ」
母も小さく息をつき、手を差し出した。
「じゃあ……握らせてもらうね。」
真白は慎重に二人の手を取ると、目を閉じた。
指先に伝わる微かな温度と心の鼓動を感じながら、視界の中でなく、感覚の中で過去の断片を追う。
そのまま、じっと一分ほど。
居間には、静かな呼吸と、雪が舞い落ちる音だけが響いていた。
やがて、真白が目を開けた。
金色の瞳は深く温かく、二人を見つめていた。
「お二人のこと、よくわかりました」
声は落ち着いていて、静かに部屋に広がる。
「お父様のこと……一朗さんが小さい時に亡くなって、お母さんが一人でロッジを守ってきたこと……毎日の仕事がどんなに大変か、どんな気持ちでやってこられたか……一朗さんが、昔、雪山で事故に遭って左手の指が動かなくなったことも……」
一朗は目を見開き、少し照れたように眉をひそめた。
「……お前、よく見えたな」
真白は微笑みながら首をかしげた。
「私も、一緒に働きます! 一朗さんもお母さんも、手伝わせてください!」
母は驚きながらも、優しく微笑む。
「……まあ、そうね。頼もしいことね」
一朗も、少し笑みを浮かべながら頷いた。
「わかった。真白が一緒なら、心強いな」
居間には、雪の白さと朝の光に混じり、新しい三人の日常が静かに息を吹き返していた。
雪がゆっくりとやみ、窓から差し込む光がロッジの木の床をやさしく照らしていた。
朝食を終えると、母が椅子を立ち上がる。
「さて、今日は客室の掃除をしておかないとね」
その言葉を聞いた真白が、ぱっと顔を上げた。
「私もやります!」
一朗は少し笑って言った。
「おいおい、掃除って言っても、蛇のときみたいにスルスルっとはいかないぞ?」
真白は真剣な顔で頷く。
「大丈夫。人間のやり方、ちゃんと覚える」
母はおかしそうに微笑んだ。
「じゃあお願いしようか。真白ちゃん、ほうきは使える?」
「ほうき……?」
真白は首をかしげた。
一朗が物置からほうきを持ってきて渡すと、真白はまるで不思議な道具を手にしたようにじっと見つめた。
「これで……床をなでるの?」
「なでるっていうか、掃くんだよ。こうやって。」
一朗が軽く動かして見せる。
真白は真似をしてみるが、力加減がわからず、ほうきの先が勢いよくバサッと舞い上がり、埃がふわっと広がった。
「わっ……!」
真白が思わずくしゃみをする。
一朗は笑いをこらえきれず吹き出した。
「ははっ、やりすぎだって!」
母も笑いながら近寄る。
「焦らなくていいのよ。掃除はゆっくり、丁寧にね」
真白は少し照れくさそうに頬を赤らめ、「うん、頑張る」と言って、もう一度丁寧にほうきを動かした。
その動きはぎこちなかったが、どこか一生懸命で、見ている二人の心を自然と温かくしていく。
——昼前。
真白は掃除だけでなく、洗濯や食器洗いにも挑戦していた。
蛇だったころには想像もできなかった水の冷たさ、泡の感触、布の重さ。すべてが新鮮だった。
一朗が食器棚に皿を戻していると、真白が背後から顔を出した。
「ねぇ一朗。人間って、手をたくさん使うんだね」
一朗は笑いながら左手を軽く動かした。
「そうだな。俺は片手が少し不自由だけど、慣れればなんとかなる!」
真白はその言葉を聞いて、静かに彼の手を優しく掴んで微笑んだ。
「……私、もっと覚える。もっと手伝えるようになる」
一朗は少し照れくさそうに頷いた。
「ありがとな。助かるよ、真白」
母は台所の方から二人を見つめ、穏やかな笑みを浮かべながら小さく呟いた。
「まるで……昔の家族が戻ってきたみたいね」
窓の外では、雪がきらめきながら太陽の光を反射していた。
ロッジの中には、笑い声と木の香り、そして小さな新しい絆の温もりが、静かに広がっていた。
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