「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ

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第15話 真白のいたずら

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テレビの中のミキが、笑顔で手を振りながら番組のエンディングを迎えていた。

スタジオの拍手が響き、画面がゆっくりとCMへと切り替わる。

一朗はリモコンを手に取り、テレビの音量を少し下げた。

そのまま背もたれに寄りかかり、ふと独り言のように呟く。

 「……一度でいいから、会ってみたいなぁ」

その言葉に、真白の耳がぴくりと動いた。

表情が少しだけ固くなり、隣で静かに問い返す。

 「そんなに会いたいの?」

一朗は、いたずらっぽく口の端を上げた。

 「ん? まぁ、会えるもんならな。ミキだぞ、ミキ。人気モデルだし。ちょっと話してみたいし、握手とかしてもらえたら……最高だなぁ」

そう言って、わざとらしく夢見るような顔をしてみせる。

まるで子どものように無邪気な笑顔だった。

しかし、真白の瞳はじっと動かなかった。

何かが胸の奥で小さくざわついている。

 「……どんな人かも、わからないのに?」

一朗は肩をすくめて笑う。

 「それでも会ってみたいもんなんだよ。テレビで見るだけじゃ、わからないだろ? 本物をこの目で見たいっていうかさ。」

 「……会って、どうするの?」

真白の声は小さく、少しだけとがっていた。

一朗はその調子に気づいたのか、ニヤリと笑って言う。

 「どうするって……そうだな。握手するだけ。『いつも見てます!』って言って、サインでももらうくらいだ。」

その軽い調子に、真白は少しむっとして口を尖らせた。

けれど、その顔を見て一朗はおかしそうに笑う。

 「なんだよ、その顔。まるで怒ってるみたいじゃないか。」

 「怒ってないもん……」

真白は視線を逸らしながら、小さな声で言った。

でもその頬はほんのり赤い。

一朗はしばらく真白の横顔を眺めていたが、ふっと優しく笑って、軽く頭を撫でた。

 「冗談だよ。ミキなんかより、今はここで十分だ。」

真白はその言葉に、少しだけ目を丸くした。

「……ほんとに?」

 「ほんとだって。」

一朗がそう言うと、真白はふっと表情をゆるめた。

しかし、その目の奥に、いつもの無邪気さとは少し違う光が灯る。

 「——じゃあ」

真白はいたずらを思いついた子どものように、唇をきゅっと上げた。

 「会わせてあげるよ。」

一朗は瞬きをした。

 「……え?」

 「だって、一朗、握手したいんでしょ?」

真白はニコッと笑いながら、まっすぐに言う。

一朗は固まった。

 「いやいやいや……何急に? え、どういう……?」

 「ちょっと待ってて。」

真白は立ち上がると、そのまま部屋をすっと出て行った。

ぱたん、と扉が閉まる。

一朗は取り残され、呆然と天井を見つめた。

 「……なんだ? まさか、呼んでくるわけじゃないよな?いや、呼べるわけ……ないだろ……?」

言いながら、しかし真白なら何かやるかもしれない……という不安というか期待というか、複雑な気持ちが胸によぎる。

数分後——

扉が、そっと開いた。

 「お待たせ。」

一朗は息を飲んだ。

そこに立っていたのは——

ミキ。



さっき、テレビの中で見ていた、あのミキ。

金髪、長い手足、きらりとした瞳。

堂々とした立ち姿。

だけど、よく見ると、どこか真白のあどけなさが残っている。

 「ど、ど、どう……?」

その声も、どこかミキらしいし、どこか真白だった。

一朗は目を丸くし、言葉が出ない。

 「お前……いや、真白……いや、ミキ……え? どうなってんの?」

ミキ姿の真白は、わざと雑誌モデルらしいポーズをとる。

 「じゃーん♡握手会でーす。いらっしゃいませ、お客様~」

その調子が本当にミキっぽくて、逆にシュールだった。

一朗は額を押さえた。

 「いやいやいやいや……やりすぎだろ!!」

 「え? だって握手したいって言ってたから。」

真白はケロッとして、手を差し出してくる。



一朗は困惑しながらも、その手をそっと握った。

柔らかい。確かにそこにある。

でも、目の前の存在はテレビの中の人気モデルではなく——

真白だった。

一朗はゆっくりと笑った。

 「……お前さ。ほんっとに、そういうとこ……ずるいよな。」

ミキ姿の真白は、首をかしげる。

 「ずるいって、褒め言葉?」

 「褒めてるよ。」

そう言うと、一朗はその手を離さず、優しく微笑んだ。

 「俺が会いたかったのは——ミキじゃなくて。“お前に” そういうことをしてほしいって意味だったんだよ。」

真白の表情が、ふわっと緩んだ。

そして、ミキの姿のまま、声だけが真白のあたたかさを含んで言った。

 「……じゃあ、この姿じゃなくてもいいんだね。」

一朗はうなずいた。

 「うん。真白がいい。」

次の瞬間、真白は満面の笑みになり——

ぱあっと白い光に包まれながら、元の真白の姿に戻った。

 「ただいま!」

一朗は笑った。

 「おかえり。」

その言葉を聞いた瞬間だった。

真白の胸の奥で、さっきまできゅっと締め付けられていた痛みが、ふっと溶けるように消えた。

まるで、そこにやわらかい光が差し込んだような感覚。

真白は、その変化に自分でも驚いていた。

 「……あれ?」

一朗が首を傾げる。

 「どうした?」

真白は胸に手を当て、ゆっくりと息を吸った。

 「さっきまで……ここが苦しくて、ぎゅってなってたの。でもね……今は、あったかい。」

一朗は真白の言葉を聞き、何かを理解したように目を細めた。

真白はそのまま、ふわっと微笑む。

そして次の瞬間——

ぎゅっ

一朗の胸に、迷いなく抱きついた。



一朗は驚いたが、すぐに腕をそっと真白の背中に回す。

真白は小さな声で続ける。

 「私、わかったの。さっきの痛いの、いやだった。でもね……今は、嬉しいの。一朗が“真白がいい”って言ってくれたから。」

一朗は真白の髪にそっと手を置き、ゆっくりと言った。

 「それなら……よかった。」

真白は顔を上げる。

その瞳は、涙ではなく、きらきらとした光で満ちていた。
 
「うん。一朗が言ってくれる言葉はね、あったかいんだよ。」

一朗は照れたように頬をかきながら笑う。

 「……そんな大げさなもんじゃないだろ。」

真白は首を振った。

 「大げさじゃないよ。だって、ほんとにあったかい。」

そう言って、もう一度ぎゅっと抱きしめた。

一朗も、そっと抱き返した。

その抱擁は長く、やさしく、まるで二人のあいだに流れていた名前のない感情がようやく「形」になり始めたかのようだった。
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