19 / 47
第19話 撮影場所の下見
しおりを挟む
暖炉の火のぱちりという音だけが、静かに部屋に残っていた。
スタッフの一人が書類をまとめながら、遠慮がちに口を開く。
「では……撮影場所の下見に行かせていただいてもよろしいでしょうか?山の光の入り方や風の感じを先に見ておきたくて。」
美佐子が「ええ、もちろん」と頷こうとした、その時。
「――わたしも行きます。」
ミキがすっと立ち上がった。
その声は柔らかいのに、言葉の芯だけは強く通っていた。
スタッフたちは少し驚いたように顔を見合わせる。
「ミキさんが? いいんですか? 疲れてません?」
「大丈夫。山の空気、吸いたいし……」
そこでミキは、なぜか真白の方へゆっくりと視線を向ける。
そして、まるで遊びを仕掛ける子どものように、笑った。
「ねぇ、真白ちゃん。ちょっとだけ……彼氏、借りてもいい?」
真白の心臓が大きく跳ねた。
(か、かれ……し……? かれ……しって……何の……だれの……?)
真白は自分に言い聞かせるように、小さくこくこくと頷く。
「……お客様……だから……えっと……ど、どうぞ……」
声は震え、目は笑えていなかった。
「ありがとう。」
ミキは微笑み、くるりと一朗の方へ向く。
「一朗くん、案内してくれる?」
「お、俺!?」
完全に一朗の顔は“前からの夢、叶ってしまった少年”の顔だった。
目が輝き、口元はゆるみ、胸はどきどきでいっぱい。
「い、いいっすよ!もちろんっすよ!あの、全然っすよ!!」
(なにそのニヤニヤ顔ッッ!!)
真白の胸の奥で、メラメラとわかりやすい炎が上がる。燃え盛る。
もう見た目にも出ている。
眉はへの字。頬はぷくっとふくらむ。
背中からオーラがアニメに描けそうだった。
美佐子はすぐに気づいた。
「あら真白ちゃん。ちょっと、こっち手伝ってくれる?」
「……はい。」
真白は素直に、美佐子に促されるまま台所の方へ歩いていく。
背中は、ゆっくりしょんぼりと。
しかし――その手はぎゅっと握られ、歩く一歩ごとに、胸の奥で何かが熱くなっていた。
(……いやだ。連れて行かれたくない……。)
でも言えない。
「お客様」という言葉が、真白の口を封じていた。
一朗はそんな真白の表情に――まだ、気づいていない。
ミキだけが、なにもかも知っているような、静かな笑みを浮かべていた。
スタッフがカメラバッグの準備をし、外の雪の様子を確認している。
ミキが軽く肩を伸ばしながら言った。
「明日の衣装で、どれくらい寒いか確かめておきたいの。ちょっと着替えてくるね。」
そう言って、二階へ上がっていく。
一朗はまだ夢の続きのような表情で階段を見上げていた。
真白はタオルをたたみながら、ちらりとその姿を見やる。
美佐子は小さく息をつきながら、湯呑みにお茶を注いだ。
しばらくして、軽い足音が階段を降りてきた。
ミキが姿を現す。
白いロングニットに淡いスカート。
ふわりとした柔らかさを帯びた冬の装い。
ただ――ほんの少しだけ、生地の下に身体のラインを引き締める何かがあるようにも見える。
だが、それは“寒冷地用の高性能インナー”と言われれば誰も疑わない。
自然な、けれどどこか整ったシルエット。
そして――足元。
「…………ヒール?」
一朗は思わず言葉を漏らした。
「さすがに、その靴じゃ山道は無理ですよ。
凍ってるところもあるし、足挫いちゃいます。」
ミキはふわりと笑う。
柔らかいのに、どこか挑発的な笑み。
「じゃあ――」
一歩、彼の方へ踏み出し、
「一朗さんに、おんぶしてもらおうかな?」
一朗は一瞬だけ固まった。
そして。
「っ……!もちろん!全然!おんぶとか、余裕っす!!」
声のトーンは上がり、表情はすっかり少年に戻っている。
頬は緩み、胸は高鳴り、その姿は見ているだけでわかるほど。
真白は、台所からそっとその様子を見つめていた。
指先が、タオルをぎゅっと握る。
胸の奥が、きゅうと締め付けられる。
美佐子はそれに気づき、柔らかな声で呼びかける。
「真白ちゃん、ちょっと手伝ってくれる?」
「……はい。」
真白は静かに立ち上がり、美佐子の隣へ歩み寄る。
背中には、小さな影がついているような気配。
でも足取りは、ちゃんと前へ。
ミキはそんな真白の背中を、ほんの一瞬、見送った。
その瞳には、優しさか、意図か、試すような光か――読み取れないものが揺れていた。
外の空気は、白く冷たく澄んでいる。
「じゃあ、行こうか。」
ミキは軽く息を吐き、一朗は胸を張り、扉はきしりと音を立てて開く。
雪山へ向かう足音が、また始まろうとしていた。
三人それぞれの胸に、違う鼓動を抱えて。
スタッフの一人が書類をまとめながら、遠慮がちに口を開く。
「では……撮影場所の下見に行かせていただいてもよろしいでしょうか?山の光の入り方や風の感じを先に見ておきたくて。」
美佐子が「ええ、もちろん」と頷こうとした、その時。
「――わたしも行きます。」
ミキがすっと立ち上がった。
その声は柔らかいのに、言葉の芯だけは強く通っていた。
スタッフたちは少し驚いたように顔を見合わせる。
「ミキさんが? いいんですか? 疲れてません?」
「大丈夫。山の空気、吸いたいし……」
そこでミキは、なぜか真白の方へゆっくりと視線を向ける。
そして、まるで遊びを仕掛ける子どものように、笑った。
「ねぇ、真白ちゃん。ちょっとだけ……彼氏、借りてもいい?」
真白の心臓が大きく跳ねた。
(か、かれ……し……? かれ……しって……何の……だれの……?)
真白は自分に言い聞かせるように、小さくこくこくと頷く。
「……お客様……だから……えっと……ど、どうぞ……」
声は震え、目は笑えていなかった。
「ありがとう。」
ミキは微笑み、くるりと一朗の方へ向く。
「一朗くん、案内してくれる?」
「お、俺!?」
完全に一朗の顔は“前からの夢、叶ってしまった少年”の顔だった。
目が輝き、口元はゆるみ、胸はどきどきでいっぱい。
「い、いいっすよ!もちろんっすよ!あの、全然っすよ!!」
(なにそのニヤニヤ顔ッッ!!)
真白の胸の奥で、メラメラとわかりやすい炎が上がる。燃え盛る。
もう見た目にも出ている。
眉はへの字。頬はぷくっとふくらむ。
背中からオーラがアニメに描けそうだった。
美佐子はすぐに気づいた。
「あら真白ちゃん。ちょっと、こっち手伝ってくれる?」
「……はい。」
真白は素直に、美佐子に促されるまま台所の方へ歩いていく。
背中は、ゆっくりしょんぼりと。
しかし――その手はぎゅっと握られ、歩く一歩ごとに、胸の奥で何かが熱くなっていた。
(……いやだ。連れて行かれたくない……。)
でも言えない。
「お客様」という言葉が、真白の口を封じていた。
一朗はそんな真白の表情に――まだ、気づいていない。
ミキだけが、なにもかも知っているような、静かな笑みを浮かべていた。
スタッフがカメラバッグの準備をし、外の雪の様子を確認している。
ミキが軽く肩を伸ばしながら言った。
「明日の衣装で、どれくらい寒いか確かめておきたいの。ちょっと着替えてくるね。」
そう言って、二階へ上がっていく。
一朗はまだ夢の続きのような表情で階段を見上げていた。
真白はタオルをたたみながら、ちらりとその姿を見やる。
美佐子は小さく息をつきながら、湯呑みにお茶を注いだ。
しばらくして、軽い足音が階段を降りてきた。
ミキが姿を現す。
白いロングニットに淡いスカート。
ふわりとした柔らかさを帯びた冬の装い。
ただ――ほんの少しだけ、生地の下に身体のラインを引き締める何かがあるようにも見える。
だが、それは“寒冷地用の高性能インナー”と言われれば誰も疑わない。
自然な、けれどどこか整ったシルエット。
そして――足元。
「…………ヒール?」
一朗は思わず言葉を漏らした。
「さすがに、その靴じゃ山道は無理ですよ。
凍ってるところもあるし、足挫いちゃいます。」
ミキはふわりと笑う。
柔らかいのに、どこか挑発的な笑み。
「じゃあ――」
一歩、彼の方へ踏み出し、
「一朗さんに、おんぶしてもらおうかな?」
一朗は一瞬だけ固まった。
そして。
「っ……!もちろん!全然!おんぶとか、余裕っす!!」
声のトーンは上がり、表情はすっかり少年に戻っている。
頬は緩み、胸は高鳴り、その姿は見ているだけでわかるほど。
真白は、台所からそっとその様子を見つめていた。
指先が、タオルをぎゅっと握る。
胸の奥が、きゅうと締め付けられる。
美佐子はそれに気づき、柔らかな声で呼びかける。
「真白ちゃん、ちょっと手伝ってくれる?」
「……はい。」
真白は静かに立ち上がり、美佐子の隣へ歩み寄る。
背中には、小さな影がついているような気配。
でも足取りは、ちゃんと前へ。
ミキはそんな真白の背中を、ほんの一瞬、見送った。
その瞳には、優しさか、意図か、試すような光か――読み取れないものが揺れていた。
外の空気は、白く冷たく澄んでいる。
「じゃあ、行こうか。」
ミキは軽く息を吐き、一朗は胸を張り、扉はきしりと音を立てて開く。
雪山へ向かう足音が、また始まろうとしていた。
三人それぞれの胸に、違う鼓動を抱えて。
2
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
