「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ

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第18話 大ファンです!

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ワゴン車のエンジン音が、雪に包まれた静かな山にゆっくりと近づいてくる。

ロッジの前で、一朗と真白、美佐子、そしてスタッフの二人が外に出て待っていた。

風は冷たいのに、胸の奥はざわついて熱い。

車が止まる。ドアが開く。

ブーツが雪に触れ、そして――

降りてきたのは、テレビで、雑誌で、無数の人が憧れている「ミキ」その人だった。

光をまとったように美しい。

雪景色の中に立つと、その存在感はさらに際立っていた。



柔らかい栗色の髪、品のある仕草、微笑む口元。

画面の中の人が、いま、目の前にいる。

一朗は、息を飲んだ。

心臓が一瞬だけ跳ねる。

――本当に、ミキだ。

真白は、その一瞬の揺れを、見逃さなかった。

胸の奥が、ぎゅう、と締め付けられる。

昨夜、タブレットの画面に映った同じ笑顔。

「好きなの?」と自分が問いかけた記憶。

「会ってみたいな」と言っていた一朗の声。

思い出しただけで、胸が痛くなる。

ミキはスタッフに軽く会釈しながら前に出て、まっすぐ一朗の方を見る。

その歩みには迷いがなく、まるで最初から目的地を知っているみたいだった。

そして、ほんの少し、いたずらっぽい笑みで言った。

「――はじめまして。」

一朗は反射的に背筋を伸ばす。

声が少し上ずりそうになるのを、必死に抑えた。

「は、はじめまして……!ようこそ、山あかりロッジへ。」

ミキはふわりと微笑む。その笑顔だけで、雪が溶けてしまいそうだった。

「写真で見るより、ずっと素敵な場所ですね。来られて嬉しいです。」

その“丁寧な言葉”が、まるで誰にでも向けられる親切のようでありながら――

一朗には特別に聞こえてしまう。

その横で、真白は小さくうつむく。

気づかれないように、両手の指をぎゅっと組む。
(……わたし、また分からない気持ちになってる。)

美佐子が優しく場をまとめるように笑う。

「ようこそ。長旅でお疲れでしょう?中で温まりましょう。暖炉もつけてあります。」

ミキは、柔らかい仕草で頷く。

「ありがとうございます。助かります。」

しかし、その横顔を見つめながら――

真白の胸には、言葉にできないひりつく感情がうずまいていた。

昨日知った「恋」という言葉が、まるで形を持ち始めていくように。

その形はまだ、痛いほど透明だった。

美佐子が用意した湯気の立つお茶が、テーブルに置かれる。

ミキは両手でそっと包み、香りを楽しむように目を細めた。



「はぁ……あったかい……。山の空気って、やっぱり特別ですね。」

その穏やかな声に、部屋の空気までもが柔らかくなる。

だが――

その空間の中、一朗だけは明らかに様子が違った。

姿勢はやたらと正しく、顔は少し赤く、落ち着きなんてない。

まるで息をするのも忘れそうな勢いで、ミキを見ている。

真白は、隣でその様子をちらりとうかがう。

胸に、また小さな痛みが走った。

そんな中、一朗はついに我慢できず、前のめりに言った。

「き、今日は……本当に来てくださってありがとうございます!あ、あの……今日のことは、絶対、誰にも言いません!それと、ずっと……ずっとファンでした!!もし、あの……よかったら……握手……してください!!」

言ったあと、自分でも恥ずかしくなったのか、耳まで真っ赤。

ミキは一瞬、ぽかんとしたあと――

「えっ……ファン? え、あなたが?」

と目をぱちぱちさせ、次の瞬間。

「はははははっ!」

と、声を出して笑い始めた。

それは意地悪ではなく、むしろどこか嬉しそうな、肩の力が抜けるような笑い。

「ごめん、ごめん! 驚いちゃって。だって、さっきまで普通に話してたのに、急にファン宣言なんだもん!」

一朗はしどろもどろになり、

「い、いや、その……! ち、違うんじゃなくて……合ってるんだけど、その……!」

言葉がうまく出てこない。

ミキはにっこり笑って、手をそっと差し出した。

「ありがとう。そう言ってもらえるの、嬉しいよ。」

一朗は息を呑むようにして、その手を両手で握った。

「…………っ。」

その瞬間、真白は、胸の奥が「きゅうっ」と音を立てたように感じた。

でも、目をそらさなかった。
(大丈夫。これは……ただの“憧れ”。恋じゃない。そう……言い聞かせなきゃ。)

暖炉の火が、ゆら、ゆら、揺れる。

手を離した一朗は、顔を真っ赤にしたまま、座り直したが――心の鼓動までは、まだ落ち着きそうになかった。

暖炉の火は、相変わらず優しい音を立てていた。

だけど――真白の胸の中だけは、ざわざわと落ち着かない。

一朗とミキが握手を終えた瞬間、心の奥に沈んでいた何かが、またふっと揺れた。
(……これじゃ、だめ。顔に出ちゃう。)

真白は、少しだけ息を吸い込んで、笑顔を作る。

「じゃ、じゃあ……私も……握手、してほしいです。」

言葉は、ほんの少しだけ震えていた。

ミキは驚いたように目を丸くしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「うん、もちろん。よろしくね。」

二人の手が、そっと触れ合う。

――その瞬間。

真白の視界が、白い光に吞まれた。

***

吹き抜ける風。
眩しい太陽。
そして――雪の山道で、まだ幼い一朗が泣いている。
その横に、母親に寄り添うように立つ少女。
その少女は――ミキ。
(……この人……知ってる。一朗を……ずっと……前から……)
理由も、関係も、時間の感覚さえも曖昧なのに。
確かに「つながって」いた。

***

真白のまつげが、かすかに震える。

「……っ」



真白ははっと息を呑んで、手を離した。

ミキは不思議そうに首をかしげたが、気にした様子は見せずに微笑む。

「ありがとう。あなた、手……あったかいね。」

真白は笑い返そうとするが、表情が少し強張る。

そこへ――ミキが軽い調子で問いかけた。

「もしかして……彼女さん?」

真白の動きが止まった。

頬が、ぱああっと一気に赤へと染まる。

「ち、ちがっ……そのっ……!」

言葉にならない言葉を重ねて、真白は視線を落としたまま俯いた。

耳まで真っ赤。

一朗は、ぎょっとして真白を見るが、言うべき言葉が見つからない。

「……あの……」

ようやく漏れた声は、小さな小さなもの。

ミキはその様子を見て、「あぁ、そうなんだ」とでも言うように、穏やかに微笑んだ。

どこか、どこかで、なにかを飲み込んだような優しい笑顔。

暖炉の火が静かに揺れる。

真白の胸の奥では、まるで雪がしんしんと積もるように、新しい感情と、説明できない不安が重なっていた。

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