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第19話 撮影場所の下見
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暖炉の火のぱちりという音だけが、静かに部屋に残っていた。
スタッフの一人が書類をまとめながら、遠慮がちに口を開く。
「では……撮影場所の下見に行かせていただいてもよろしいでしょうか?山の光の入り方や風の感じを先に見ておきたくて。」
美佐子が「ええ、もちろん」と頷こうとした、その時。
「――わたしも行きます。」
ミキがすっと立ち上がった。
その声は柔らかいのに、言葉の芯だけは強く通っていた。
スタッフたちは少し驚いたように顔を見合わせる。
「ミキさんが? いいんですか? 疲れてません?」
「大丈夫。山の空気、吸いたいし……」
そこでミキは、なぜか真白の方へゆっくりと視線を向ける。
そして、まるで遊びを仕掛ける子どものように、笑った。
「ねぇ、真白ちゃん。ちょっとだけ……彼氏、借りてもいい?」
真白の心臓が大きく跳ねた。
(か、かれ……し……? かれ……しって……何の……だれの……?)
真白は自分に言い聞かせるように、小さくこくこくと頷く。
「……お客様……だから……えっと……ど、どうぞ……」
声は震え、目は笑えていなかった。
「ありがとう。」
ミキは微笑み、くるりと一朗の方へ向く。
「一朗くん、案内してくれる?」
「お、俺!?」
完全に一朗の顔は“前からの夢、叶ってしまった少年”の顔だった。
目が輝き、口元はゆるみ、胸はどきどきでいっぱい。
「い、いいっすよ!もちろんっすよ!あの、全然っすよ!!」
(なにそのニヤニヤ顔ッッ!!)
真白の胸の奥で、メラメラとわかりやすい炎が上がる。燃え盛る。
もう見た目にも出ている。
眉はへの字。頬はぷくっとふくらむ。
背中からオーラがアニメに描けそうだった。
美佐子はすぐに気づいた。
「あら真白ちゃん。ちょっと、こっち手伝ってくれる?」
「……はい。」
真白は素直に、美佐子に促されるまま台所の方へ歩いていく。
背中は、ゆっくりしょんぼりと。
しかし――その手はぎゅっと握られ、歩く一歩ごとに、胸の奥で何かが熱くなっていた。
(……いやだ。連れて行かれたくない……。)
でも言えない。
「お客様」という言葉が、真白の口を封じていた。
一朗はそんな真白の表情に――まだ、気づいていない。
ミキだけが、なにもかも知っているような、静かな笑みを浮かべていた。
スタッフがカメラバッグの準備をし、外の雪の様子を確認している。
ミキが軽く肩を伸ばしながら言った。
「明日の衣装で、どれくらい寒いか確かめておきたいの。ちょっと着替えてくるね。」
そう言って、二階へ上がっていく。
一朗はまだ夢の続きのような表情で階段を見上げていた。
真白はタオルをたたみながら、ちらりとその姿を見やる。
美佐子は小さく息をつきながら、湯呑みにお茶を注いだ。
しばらくして、軽い足音が階段を降りてきた。
ミキが姿を現す。
白いロングニットに淡いスカート。
ふわりとした柔らかさを帯びた冬の装い。
ただ――ほんの少しだけ、生地の下に身体のラインを引き締める何かがあるようにも見える。
だが、それは“寒冷地用の高性能インナー”と言われれば誰も疑わない。
自然な、けれどどこか整ったシルエット。
そして――足元。
「…………ヒール?」
一朗は思わず言葉を漏らした。
「さすがに、その靴じゃ山道は無理ですよ。
凍ってるところもあるし、足挫いちゃいます。」
ミキはふわりと笑う。
柔らかいのに、どこか挑発的な笑み。
「じゃあ――」
一歩、彼の方へ踏み出し、
「一朗さんに、おんぶしてもらおうかな?」
一朗は一瞬だけ固まった。
そして。
「っ……!もちろん!全然!おんぶとか、余裕っす!!」
声のトーンは上がり、表情はすっかり少年に戻っている。
頬は緩み、胸は高鳴り、その姿は見ているだけでわかるほど。
真白は、台所からそっとその様子を見つめていた。
指先が、タオルをぎゅっと握る。
胸の奥が、きゅうと締め付けられる。
美佐子はそれに気づき、柔らかな声で呼びかける。
「真白ちゃん、ちょっと手伝ってくれる?」
「……はい。」
真白は静かに立ち上がり、美佐子の隣へ歩み寄る。
背中には、小さな影がついているような気配。
でも足取りは、ちゃんと前へ。
ミキはそんな真白の背中を、ほんの一瞬、見送った。
その瞳には、優しさか、意図か、試すような光か――読み取れないものが揺れていた。
外の空気は、白く冷たく澄んでいる。
「じゃあ、行こうか。」
ミキは軽く息を吐き、一朗は胸を張り、扉はきしりと音を立てて開く。
雪山へ向かう足音が、また始まろうとしていた。
三人それぞれの胸に、違う鼓動を抱えて。
スタッフの一人が書類をまとめながら、遠慮がちに口を開く。
「では……撮影場所の下見に行かせていただいてもよろしいでしょうか?山の光の入り方や風の感じを先に見ておきたくて。」
美佐子が「ええ、もちろん」と頷こうとした、その時。
「――わたしも行きます。」
ミキがすっと立ち上がった。
その声は柔らかいのに、言葉の芯だけは強く通っていた。
スタッフたちは少し驚いたように顔を見合わせる。
「ミキさんが? いいんですか? 疲れてません?」
「大丈夫。山の空気、吸いたいし……」
そこでミキは、なぜか真白の方へゆっくりと視線を向ける。
そして、まるで遊びを仕掛ける子どものように、笑った。
「ねぇ、真白ちゃん。ちょっとだけ……彼氏、借りてもいい?」
真白の心臓が大きく跳ねた。
(か、かれ……し……? かれ……しって……何の……だれの……?)
真白は自分に言い聞かせるように、小さくこくこくと頷く。
「……お客様……だから……えっと……ど、どうぞ……」
声は震え、目は笑えていなかった。
「ありがとう。」
ミキは微笑み、くるりと一朗の方へ向く。
「一朗くん、案内してくれる?」
「お、俺!?」
完全に一朗の顔は“前からの夢、叶ってしまった少年”の顔だった。
目が輝き、口元はゆるみ、胸はどきどきでいっぱい。
「い、いいっすよ!もちろんっすよ!あの、全然っすよ!!」
(なにそのニヤニヤ顔ッッ!!)
真白の胸の奥で、メラメラとわかりやすい炎が上がる。燃え盛る。
もう見た目にも出ている。
眉はへの字。頬はぷくっとふくらむ。
背中からオーラがアニメに描けそうだった。
美佐子はすぐに気づいた。
「あら真白ちゃん。ちょっと、こっち手伝ってくれる?」
「……はい。」
真白は素直に、美佐子に促されるまま台所の方へ歩いていく。
背中は、ゆっくりしょんぼりと。
しかし――その手はぎゅっと握られ、歩く一歩ごとに、胸の奥で何かが熱くなっていた。
(……いやだ。連れて行かれたくない……。)
でも言えない。
「お客様」という言葉が、真白の口を封じていた。
一朗はそんな真白の表情に――まだ、気づいていない。
ミキだけが、なにもかも知っているような、静かな笑みを浮かべていた。
スタッフがカメラバッグの準備をし、外の雪の様子を確認している。
ミキが軽く肩を伸ばしながら言った。
「明日の衣装で、どれくらい寒いか確かめておきたいの。ちょっと着替えてくるね。」
そう言って、二階へ上がっていく。
一朗はまだ夢の続きのような表情で階段を見上げていた。
真白はタオルをたたみながら、ちらりとその姿を見やる。
美佐子は小さく息をつきながら、湯呑みにお茶を注いだ。
しばらくして、軽い足音が階段を降りてきた。
ミキが姿を現す。
白いロングニットに淡いスカート。
ふわりとした柔らかさを帯びた冬の装い。
ただ――ほんの少しだけ、生地の下に身体のラインを引き締める何かがあるようにも見える。
だが、それは“寒冷地用の高性能インナー”と言われれば誰も疑わない。
自然な、けれどどこか整ったシルエット。
そして――足元。
「…………ヒール?」
一朗は思わず言葉を漏らした。
「さすがに、その靴じゃ山道は無理ですよ。
凍ってるところもあるし、足挫いちゃいます。」
ミキはふわりと笑う。
柔らかいのに、どこか挑発的な笑み。
「じゃあ――」
一歩、彼の方へ踏み出し、
「一朗さんに、おんぶしてもらおうかな?」
一朗は一瞬だけ固まった。
そして。
「っ……!もちろん!全然!おんぶとか、余裕っす!!」
声のトーンは上がり、表情はすっかり少年に戻っている。
頬は緩み、胸は高鳴り、その姿は見ているだけでわかるほど。
真白は、台所からそっとその様子を見つめていた。
指先が、タオルをぎゅっと握る。
胸の奥が、きゅうと締め付けられる。
美佐子はそれに気づき、柔らかな声で呼びかける。
「真白ちゃん、ちょっと手伝ってくれる?」
「……はい。」
真白は静かに立ち上がり、美佐子の隣へ歩み寄る。
背中には、小さな影がついているような気配。
でも足取りは、ちゃんと前へ。
ミキはそんな真白の背中を、ほんの一瞬、見送った。
その瞳には、優しさか、意図か、試すような光か――読み取れないものが揺れていた。
外の空気は、白く冷たく澄んでいる。
「じゃあ、行こうか。」
ミキは軽く息を吐き、一朗は胸を張り、扉はきしりと音を立てて開く。
雪山へ向かう足音が、また始まろうとしていた。
三人それぞれの胸に、違う鼓動を抱えて。
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