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第20話 「その時間」の一朗と真白。
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~~一朗の描写~~
山道は、朝の光にまだ白く霞んでいた。
木々の枝には薄い雪が残り、足元はしっとりと湿っている。
ひんやりとした空気の中、静かに吐いた息だけが白く揺れた。
先頭を歩く一朗、その後ろにカメラ機材を抱えたスタッフ、そしてミキ。
だが、しばらく進んだところで――ミキは足を止めた。
「う……この道、細いね……」
足元を見ると、そこは獣道のように細く、斜面は傾いている。
ヒールでは、ほんの一歩で滑り落ちてしまいそうだった。
一朗は振り返り、困ったように、でもどこか照れくさそうに言った。
「やっぱり、ヒールじゃ無理です。……おんぶ、します。」
言いながら、背中を差し出す。
ミキはふわりと笑んだ。
「言われるの待ってた。」
一朗は一瞬むせそうになった。
「いや、その……俺、左手があんまり力入らないから、しっかり……右側に寄る感じで、首のあたりをつかんでくれると助かる。」
「わかってる。」
ミキはそっと一朗の背中に腕を回し、肩越しに身体をあずける。
軽い――けれど「人の気配」をはっきりと感じる重さ。
一朗はゆっくりと歩き出した。
そのたびに、腰につけたウエストポーチに括りつけられた熊よけの鈴が、からん、ころん、と澄んだ音を鳴らす。
高く、やさしく、遠くまで響く音。
その鈴の音を聞きながら、ミキはふと、腕に力をこめた。
一朗の背中に、自分の額を寄せるようにして――ぎゅっと抱きしめる。
一朗の足が、ほんの一瞬止まる。
「……ミキさん?」
ミキの声は、背中からそっと降りてきた。
「ううん……なんでもない。鈴の音、いいね。……安心する。」
一朗は少しだけ息を飲んだ。
自分の心臓の音まで、ミキに伝わってしまいそうで。
「……そう、ですか。」
返事は短い。
だが声は、ほんの少しだけ震えていた。
ミキは、静かに微笑む。
「一朗くん、あったかいね。」
その言葉は、ただの感想ではなかった。
何か、もっと深い温度を含んでいた。
鈴はまた、ころん、ころんと鳴り続ける。
スタッフは少し後ろからその光景を見つつ、気配を壊さないように足音を落とした。
山の冷たい空気の中で、確かに三人は同じ道を進んでいた。
しかし――その胸の中にある温度は、それぞれ、まったく違っていた。
~~真白の描写~~
ロッジのキッチンには、まだ朝の湯気が立ちのぼっていた。
真白は、震えそうになる指先を必死に止めながら、皿を拭き続けていた。
拭いて、重ねて、拭いて、重ねて――
ただ手を動かしていないと、胸の奥が溢れてしまいそうだった。
(……行っちゃった。)
笑っていた一朗の横顔。
ミキに向ける、あの無防備な好意。
真白は唇を噛む。
ぐっと、涙が浮かんで、でも落とさない。
そのとき。
「ねえ、真白ちゃん。」
後ろから、静かな声。
振り返ると、美佐子が湯呑みを布巾で拭きながら、いつもの穏やかな顔のまま、ふっと微笑んでいた。
そして――
「あなた、蛇なんでしょ?」
真白の肩がびくりと跳ねた。
「……っ!!」
手から皿を落としそうになる。
思わず言葉がつまって、喉が震えた。
美佐子は慌てるでもなく、驚くでもなく、ただ、知っている人の顔だった。
「驚くことじゃないわよ。一朗だって、いろいろ背負ってる。ここは、そういう人が集まる場所だから。」
真白はゆっくりと視線を落とす。
そして、小さな声で――
「……はい。私は、蛇です。」
言った瞬間、胸がすっと軽くなる。
嘘をしまっていた息が、ようやく吐き出されたようだった。
美佐子は、にこりと優しく笑う。
「やっぱり、気になるんでしょ?」
真白は、今度は隠さなかった。
「……はい。」
声は震えていたけど、しっかり返事だった。
美佐子は拭いていた湯呑みをそっと置き、真白の肩に手を置いた。
「いいの。仕事なんてあとでどうとでもなる。後、追っかけてきなさい。」
真白の目がぱっと見開かれる。
「……! でも……」
「そのままじゃダメ。蛇の姿で。気づかれないように、そっとね。」
真白の胸に、熱いものが溢れた。
次の瞬間、真白は美佐子にぎゅっと抱きついた。
「美佐子さん……ありがとうございます……っ」
美佐子は、まるで子どもを抱くように背中を撫でながら言う。
「行っておいで。」
真白は涙をぬぐい、深くうなずいた。
「……はい。少しだけ、行ってきます。」
その瞳は、もう迷っていなかった。
そして、真白の影は、静かに床へと溶けるようにすべり――しなやかな白蛇の姿へと変わっていった。
山道は、朝の光にまだ白く霞んでいた。
木々の枝には薄い雪が残り、足元はしっとりと湿っている。
ひんやりとした空気の中、静かに吐いた息だけが白く揺れた。
先頭を歩く一朗、その後ろにカメラ機材を抱えたスタッフ、そしてミキ。
だが、しばらく進んだところで――ミキは足を止めた。
「う……この道、細いね……」
足元を見ると、そこは獣道のように細く、斜面は傾いている。
ヒールでは、ほんの一歩で滑り落ちてしまいそうだった。
一朗は振り返り、困ったように、でもどこか照れくさそうに言った。
「やっぱり、ヒールじゃ無理です。……おんぶ、します。」
言いながら、背中を差し出す。
ミキはふわりと笑んだ。
「言われるの待ってた。」
一朗は一瞬むせそうになった。
「いや、その……俺、左手があんまり力入らないから、しっかり……右側に寄る感じで、首のあたりをつかんでくれると助かる。」
「わかってる。」
ミキはそっと一朗の背中に腕を回し、肩越しに身体をあずける。
軽い――けれど「人の気配」をはっきりと感じる重さ。
一朗はゆっくりと歩き出した。
そのたびに、腰につけたウエストポーチに括りつけられた熊よけの鈴が、からん、ころん、と澄んだ音を鳴らす。
高く、やさしく、遠くまで響く音。
その鈴の音を聞きながら、ミキはふと、腕に力をこめた。
一朗の背中に、自分の額を寄せるようにして――ぎゅっと抱きしめる。
一朗の足が、ほんの一瞬止まる。
「……ミキさん?」
ミキの声は、背中からそっと降りてきた。
「ううん……なんでもない。鈴の音、いいね。……安心する。」
一朗は少しだけ息を飲んだ。
自分の心臓の音まで、ミキに伝わってしまいそうで。
「……そう、ですか。」
返事は短い。
だが声は、ほんの少しだけ震えていた。
ミキは、静かに微笑む。
「一朗くん、あったかいね。」
その言葉は、ただの感想ではなかった。
何か、もっと深い温度を含んでいた。
鈴はまた、ころん、ころんと鳴り続ける。
スタッフは少し後ろからその光景を見つつ、気配を壊さないように足音を落とした。
山の冷たい空気の中で、確かに三人は同じ道を進んでいた。
しかし――その胸の中にある温度は、それぞれ、まったく違っていた。
~~真白の描写~~
ロッジのキッチンには、まだ朝の湯気が立ちのぼっていた。
真白は、震えそうになる指先を必死に止めながら、皿を拭き続けていた。
拭いて、重ねて、拭いて、重ねて――
ただ手を動かしていないと、胸の奥が溢れてしまいそうだった。
(……行っちゃった。)
笑っていた一朗の横顔。
ミキに向ける、あの無防備な好意。
真白は唇を噛む。
ぐっと、涙が浮かんで、でも落とさない。
そのとき。
「ねえ、真白ちゃん。」
後ろから、静かな声。
振り返ると、美佐子が湯呑みを布巾で拭きながら、いつもの穏やかな顔のまま、ふっと微笑んでいた。
そして――
「あなた、蛇なんでしょ?」
真白の肩がびくりと跳ねた。
「……っ!!」
手から皿を落としそうになる。
思わず言葉がつまって、喉が震えた。
美佐子は慌てるでもなく、驚くでもなく、ただ、知っている人の顔だった。
「驚くことじゃないわよ。一朗だって、いろいろ背負ってる。ここは、そういう人が集まる場所だから。」
真白はゆっくりと視線を落とす。
そして、小さな声で――
「……はい。私は、蛇です。」
言った瞬間、胸がすっと軽くなる。
嘘をしまっていた息が、ようやく吐き出されたようだった。
美佐子は、にこりと優しく笑う。
「やっぱり、気になるんでしょ?」
真白は、今度は隠さなかった。
「……はい。」
声は震えていたけど、しっかり返事だった。
美佐子は拭いていた湯呑みをそっと置き、真白の肩に手を置いた。
「いいの。仕事なんてあとでどうとでもなる。後、追っかけてきなさい。」
真白の目がぱっと見開かれる。
「……! でも……」
「そのままじゃダメ。蛇の姿で。気づかれないように、そっとね。」
真白の胸に、熱いものが溢れた。
次の瞬間、真白は美佐子にぎゅっと抱きついた。
「美佐子さん……ありがとうございます……っ」
美佐子は、まるで子どもを抱くように背中を撫でながら言う。
「行っておいで。」
真白は涙をぬぐい、深くうなずいた。
「……はい。少しだけ、行ってきます。」
その瞳は、もう迷っていなかった。
そして、真白の影は、静かに床へと溶けるようにすべり――しなやかな白蛇の姿へと変わっていった。
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