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第21話 撮影リハーサル
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一朗の案内で、三人は林道を抜け、小さな開けた場所にたどり着いた。
雪に覆われた斜面の向こうには、澄み切った青空と、遠くの稜線がくっきりと伸びている。
「……ここです。」
一朗は息を弾ませながら、肩ごしに振り返る。
ミキはその景色を見て、ゆっくりと微笑んだ。
さっきより、ずっと柔らかい笑顔だった。
「うん。すっごく良い感じ。」
そして一朗を振り返り、少し照れたように言う。
「だって、一朗さんが連れてきてくれた場所だもの。」
その言葉に、一朗の胸がほのかに熱くなる。
「よかった……気に入ってくれて。」
少し照れながら、耳まで赤い。
スタッフは景色をカメラで確認したり、光の入り方をチェックしたりしながら声を上げる。
「ここ、いいですね。風もそこまで強くないし、背景も映える。……使えます。」
「本当に? よかったぁ!」
ミキがぱっと明るく笑う。
一朗は胸をなでおろした。
だが――その少し離れた木陰の下。
雪の白に溶け込むようにして、小さな白い影がじっとこちらを見ていた。
しなやかに息づく、白蛇。
真白。
(…………。)
その瞳は、一朗だけを映していた。
ーーーー
「じゃあ。」
ミキが小さく息を吸って、一朗のほうを向く。
「撮影の姿になろっかな。」
ほんのわずかに、いたずらっぽく笑いかける。
一朗の心臓が軽く跳ねる。
「え……ここで?」
「うん、すぐだし。」
ミキは迷いが一切ない。
プロの、動作が速い。
そして――迷いなく、上着のファスナーに手をかけた。
すっと下げると、雪の光を受けて黒が艶やかに現れた。
中から現れたのは、ぴたりと身体に沿う黒い光沢のラバースーツ。
肌が見えるわけではないのに、なぜか大胆に見える。
雪景色の中で、その黒は異様なほど美しく際立っていた。
一朗は息を呑む。
「え……それ……」
「撮影衣装。」
ミキは肩をすくめ、くるんと一度回って見せる。
光が走る。
上質で、冷たく、けれど女らしいライン。
「寒いけど、なんとかなるかなって。」
そう言いながら、笑う。
その笑顔は、強い。
遠くからスタッフが声をかける。
「ミキさん、温かいコートだけ羽織って、撮影場所へ移動しましょう!」
「はーい。」
ミキは応えるけれど、足はすぐには動かない。
まだ一朗の前に立っていた。
「ねえ、一朗さん。」
「……はい。」
「連れてきてくれて、ありがとう。」
その言葉には、妙な重さがあった。
“今日この場所に一緒にいる”ということ以上の意味を含んでいるように。
一朗は言葉を失い、ただ頷く。
その様子を――雪の中の真白は、ただ静かに見つめていた。
胸に、冷たいものと熱いものが同時に宿っていく。
雪は静かに降り積もる。
まだ、誰も気づかないまま。
雪はやんでいたが、空気は張りつめるように冷たかった。
撮影場所として選ばれた小高い丘は、白い斜面がなだらかに続き、背景には針葉樹の森が黒い影を落としている。
ミキはスタッフにコートを預け、ふわりと肩を震わせながらも、すっと姿勢を整えた。
さっきの柔らかな表情とは違う。
レンズの前に立つと、彼女は一瞬で「仕事の顔」になる。
黒いラバーキャットスーツは光を反射して、雪景色の中にくっきりとした曲線を描いた。
「……すごい。」
一朗は、ただ見惚れていた。
口元には、止まらないニヤけた笑み。
(まるで…本物の芸能人が俺の目の前に… いや、ほんとに目の前にいるんだけどさ……)
スタッフはカメラを構えながら、最適な角度を探すように身じろぎする。
「そのまま、顔少し右。そう、目線は上。いいですね!」
ミキはそれに合わせて、柔らかく、時に鋭く、ポーズを変えていく。
雪景色と黒のコントラストが絵画のようだった。
――その時。
真白は、雪に埋もれてじっとその様子を見ていた。
小さく身をかがめ、雪に姿を溶かしながら。
(……いやだ……いやだ……)
胸がきりきりと痛い。
声にならない声が喉で震える。
(どうして……なんで……一朗はそんな顔を……)
限界は、もうすぐそこだった。
「――っ!?」
突然、空気が裂けるような音がした。
ザザッ、と雪を踏みしめる重い足音。
最初に動きを止めたのはミキだった。
視線が雪の向こうを捉えた瞬間、彼女の顔色がみるみる変わる。
「……っ、なに……あれ……」
黒い影。
大きい。
人間よりはるかに。
次の瞬間、ミキは鋭い悲鳴をあげた。
「きゃああああああああっ!!!」
「ミキさん声出しちゃダメだ!!」
一朗が叫ぶ。
だがミキには届かない。
恐怖で視界が震えていた。
「ひ、ひぐま……っ、いや……いやだ……!助けて!!」
スタッフの一人が振り返る。
顔が青ざめる。
「マジかよ!逃げろ!!」
「おい、待て!!ミキさんを――!」
一朗の制止より早く、スタッフ2人は振り返って走り出した。
ミキを置いて。
ミキは立ち尽くしている。
足がすくんで、動けない。
「た、助けて……っ……いや……いや……!」
熊は低く喉を鳴らし、ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてくる。
雪の上に、重い足跡が響く。
一朗の背中を冷たい汗がつたう。
(……まずい。本当に、まずい……!)
しかし――
「真白」は、それをただ見ているわけではなかった。
雪の中で、白い影が――すっと、形を変え始めていた。
冷たい空気に、白い息がひとつ、ひらりと舞う。
次に動くのは、誰か。
一朗か。
ミキか。
それとも――
白蛇か。
雪に覆われた斜面の向こうには、澄み切った青空と、遠くの稜線がくっきりと伸びている。
「……ここです。」
一朗は息を弾ませながら、肩ごしに振り返る。
ミキはその景色を見て、ゆっくりと微笑んだ。
さっきより、ずっと柔らかい笑顔だった。
「うん。すっごく良い感じ。」
そして一朗を振り返り、少し照れたように言う。
「だって、一朗さんが連れてきてくれた場所だもの。」
その言葉に、一朗の胸がほのかに熱くなる。
「よかった……気に入ってくれて。」
少し照れながら、耳まで赤い。
スタッフは景色をカメラで確認したり、光の入り方をチェックしたりしながら声を上げる。
「ここ、いいですね。風もそこまで強くないし、背景も映える。……使えます。」
「本当に? よかったぁ!」
ミキがぱっと明るく笑う。
一朗は胸をなでおろした。
だが――その少し離れた木陰の下。
雪の白に溶け込むようにして、小さな白い影がじっとこちらを見ていた。
しなやかに息づく、白蛇。
真白。
(…………。)
その瞳は、一朗だけを映していた。
ーーーー
「じゃあ。」
ミキが小さく息を吸って、一朗のほうを向く。
「撮影の姿になろっかな。」
ほんのわずかに、いたずらっぽく笑いかける。
一朗の心臓が軽く跳ねる。
「え……ここで?」
「うん、すぐだし。」
ミキは迷いが一切ない。
プロの、動作が速い。
そして――迷いなく、上着のファスナーに手をかけた。
すっと下げると、雪の光を受けて黒が艶やかに現れた。
中から現れたのは、ぴたりと身体に沿う黒い光沢のラバースーツ。
肌が見えるわけではないのに、なぜか大胆に見える。
雪景色の中で、その黒は異様なほど美しく際立っていた。
一朗は息を呑む。
「え……それ……」
「撮影衣装。」
ミキは肩をすくめ、くるんと一度回って見せる。
光が走る。
上質で、冷たく、けれど女らしいライン。
「寒いけど、なんとかなるかなって。」
そう言いながら、笑う。
その笑顔は、強い。
遠くからスタッフが声をかける。
「ミキさん、温かいコートだけ羽織って、撮影場所へ移動しましょう!」
「はーい。」
ミキは応えるけれど、足はすぐには動かない。
まだ一朗の前に立っていた。
「ねえ、一朗さん。」
「……はい。」
「連れてきてくれて、ありがとう。」
その言葉には、妙な重さがあった。
“今日この場所に一緒にいる”ということ以上の意味を含んでいるように。
一朗は言葉を失い、ただ頷く。
その様子を――雪の中の真白は、ただ静かに見つめていた。
胸に、冷たいものと熱いものが同時に宿っていく。
雪は静かに降り積もる。
まだ、誰も気づかないまま。
雪はやんでいたが、空気は張りつめるように冷たかった。
撮影場所として選ばれた小高い丘は、白い斜面がなだらかに続き、背景には針葉樹の森が黒い影を落としている。
ミキはスタッフにコートを預け、ふわりと肩を震わせながらも、すっと姿勢を整えた。
さっきの柔らかな表情とは違う。
レンズの前に立つと、彼女は一瞬で「仕事の顔」になる。
黒いラバーキャットスーツは光を反射して、雪景色の中にくっきりとした曲線を描いた。
「……すごい。」
一朗は、ただ見惚れていた。
口元には、止まらないニヤけた笑み。
(まるで…本物の芸能人が俺の目の前に… いや、ほんとに目の前にいるんだけどさ……)
スタッフはカメラを構えながら、最適な角度を探すように身じろぎする。
「そのまま、顔少し右。そう、目線は上。いいですね!」
ミキはそれに合わせて、柔らかく、時に鋭く、ポーズを変えていく。
雪景色と黒のコントラストが絵画のようだった。
――その時。
真白は、雪に埋もれてじっとその様子を見ていた。
小さく身をかがめ、雪に姿を溶かしながら。
(……いやだ……いやだ……)
胸がきりきりと痛い。
声にならない声が喉で震える。
(どうして……なんで……一朗はそんな顔を……)
限界は、もうすぐそこだった。
「――っ!?」
突然、空気が裂けるような音がした。
ザザッ、と雪を踏みしめる重い足音。
最初に動きを止めたのはミキだった。
視線が雪の向こうを捉えた瞬間、彼女の顔色がみるみる変わる。
「……っ、なに……あれ……」
黒い影。
大きい。
人間よりはるかに。
次の瞬間、ミキは鋭い悲鳴をあげた。
「きゃああああああああっ!!!」
「ミキさん声出しちゃダメだ!!」
一朗が叫ぶ。
だがミキには届かない。
恐怖で視界が震えていた。
「ひ、ひぐま……っ、いや……いやだ……!助けて!!」
スタッフの一人が振り返る。
顔が青ざめる。
「マジかよ!逃げろ!!」
「おい、待て!!ミキさんを――!」
一朗の制止より早く、スタッフ2人は振り返って走り出した。
ミキを置いて。
ミキは立ち尽くしている。
足がすくんで、動けない。
「た、助けて……っ……いや……いや……!」
熊は低く喉を鳴らし、ゆっくりと、しかし確実に距離を詰めてくる。
雪の上に、重い足跡が響く。
一朗の背中を冷たい汗がつたう。
(……まずい。本当に、まずい……!)
しかし――
「真白」は、それをただ見ているわけではなかった。
雪の中で、白い影が――すっと、形を変え始めていた。
冷たい空気に、白い息がひとつ、ひらりと舞う。
次に動くのは、誰か。
一朗か。
ミキか。
それとも――
白蛇か。
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