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第22話 真白の怒り
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ヒグマは、低い唸り声を上げながら、ゆっくりとミキに近づいていた。
ミキは後ずさりしたが、足は雪にとられ、震え、動かない。
「あ……あ……っ」
一朗は駆け出そうとした。しかし、反射的に伸ばした左手が思うように握れず、身体がわずかに遅れる。
その一瞬だった。
雪が、波打った。
しん、と静まり返る空気。
どこからともなく、白く巨大な影が、地面と同化するように滑り出す。
――真白。
人間の姿ではない。
あの日、一朗の前に現れたとき時の姿……いや、その何倍も大きい。
まるで、山そのものが形を変えたかのような、太くしなやかな白い大蛇。
雪の光を飲み込みながら、冷たく美しい鱗が、光を反射してきらりと震えた。
「し……ろ……?」
一朗の声は、かすれた。
ミキは息を飲むどころか、声さえ忘れたように、ただその存在を見つめるしかなかった。
白い巨体は、音もなく地を滑り――
次の瞬間、ヒグマへと一閃するように巻きついた。
「ギャッ!」
熊が悲鳴を上げる。
雪が舞い上がり、枝が揺れ、あたりが震えた。
真白の締め付けは、力だけではない。
怒りだった。
あの日、一朗の腕を抱きしめるように触れた優しい力ではない。
ミキと一朗を守るためでもある。
けれどそれ以上に――
胸の奥からせり上がる、焼けるような感情。
(奪わないで。)
(触れないで。)
(わたしの大切なひとを――)
大蛇の身体はヒグマの巨体を完全に包み込み、雪に押し伏せた。
ヒグマは暴れる。
けれどその力は徐々に弱く、恐怖に震え始める。
真白の瞳――深い琥珀色の眼が、じっとヒグマを見下ろす。
その視線は、言葉よりも静かに、しかし圧倒的に告げていた。
「これ以上は許さない。」
ヒグマはついに悲鳴も喉の奥で凍りつき、大蛇の気迫に押し負けるように、逃れる隙を見つけて身を翻した。
白い鱗がふわりと緩む。
ヒグマは雪を蹴って森の奥へ、よろめくように――逃げていった。
ーーーー
静寂。
木々のざわめきだけが戻ってくる。
ミキは座り込んだまま、震える声で呟いた。
「……助け……てくれた……?」
一朗は息を詰めたまま、ただその背中を見ていた。
大蛇は振り返る。
琥珀の瞳が、一朗に向けられる。
そこに宿っていたのは――怒りでも、嫉妬でも、孤独でも。
その全部が混じり合った、熱い何か。
ゆっくりと、ゆっくりと、真白の身体は小さくなり、人の姿へと戻っていく。
雪の中に膝をつき、肩で息をしながら。
「……傷つけたくなかった。でも……怖かった……」
それは、震える少女の声だった。
白い世界の中で、真白は半分だけ人間、半分はまだ白い鱗を残した姿で、膝をついていた。
呼吸は浅く、肩は震え、今にも崩れそうだった。
そんな真白に、そっと近づく足音。
ミキだった。
黒いラバーキャットスーツの姿で、寒さなんて気にしていないように、真っ直ぐに真白のもとへ歩み寄ってくる。
真白は驚き、怯えたように顔を伏せた。
……でも、ミキはふわりと微笑んだ。
「――真白ちゃん、だよね?」
その声は、やさしかった。
真白はゆっくり顔を上げる。
雪の中で、涙がひと粒だけこぼれる。
「……ミキ…さん…」
「さっきは、助けてくれてありがとう。」
ミキは迷いなくしゃがみこみ、まだ鱗の残る真白の肩に、そっと両腕を回して――抱きしめた。
真白の身体が小さく震えた。
その震えは寒さではない。
「わ、たし……一朗が……好き……」
声はかすれていた。
「蛇だけど……人間じゃ、ないけど……でも……」
「大好きなの……どうしようもないくらい……」
言葉を吐き出した瞬間、真白の顔はくしゃりと歪んだ。
堪えていた想いが、涙となってあふれ出る。
ミキはその涙を受け止めるように、真白の背をやさしく撫でた。
「――うん。知ってるよ。」
真白は目を見開く。
ミキは微笑んだまま、少し頬を寄せる。
「だって、真白ちゃん……ずっと目が、あの人のほうを見てるもの。」
その言葉は、責めでも皮肉でもなかった。
ただ、まっすぐな、やさしい事実だった。
ミキはさらに言葉を続ける。
「真白ちゃんは、まっすぐで、きれいだよ。誰かをちゃんと好きになるって、すごいことだよ。」
真白の瞳が揺れる。
ミキは、ぎゅっと抱きしめる腕に力を込めながら――
「だからね……」
「わたしも、真白ちゃんが大好き。」
その言葉は、雪の上にそっと落ちるように響いた。
真白は一度だけ、ひくっと喉を鳴らしながら、小さな声で答えた。
「……うん……ありがとう……」
雪は静かに降り続け、真白の涙と一緒に、そっと溶けていった。
ミキは後ずさりしたが、足は雪にとられ、震え、動かない。
「あ……あ……っ」
一朗は駆け出そうとした。しかし、反射的に伸ばした左手が思うように握れず、身体がわずかに遅れる。
その一瞬だった。
雪が、波打った。
しん、と静まり返る空気。
どこからともなく、白く巨大な影が、地面と同化するように滑り出す。
――真白。
人間の姿ではない。
あの日、一朗の前に現れたとき時の姿……いや、その何倍も大きい。
まるで、山そのものが形を変えたかのような、太くしなやかな白い大蛇。
雪の光を飲み込みながら、冷たく美しい鱗が、光を反射してきらりと震えた。
「し……ろ……?」
一朗の声は、かすれた。
ミキは息を飲むどころか、声さえ忘れたように、ただその存在を見つめるしかなかった。
白い巨体は、音もなく地を滑り――
次の瞬間、ヒグマへと一閃するように巻きついた。
「ギャッ!」
熊が悲鳴を上げる。
雪が舞い上がり、枝が揺れ、あたりが震えた。
真白の締め付けは、力だけではない。
怒りだった。
あの日、一朗の腕を抱きしめるように触れた優しい力ではない。
ミキと一朗を守るためでもある。
けれどそれ以上に――
胸の奥からせり上がる、焼けるような感情。
(奪わないで。)
(触れないで。)
(わたしの大切なひとを――)
大蛇の身体はヒグマの巨体を完全に包み込み、雪に押し伏せた。
ヒグマは暴れる。
けれどその力は徐々に弱く、恐怖に震え始める。
真白の瞳――深い琥珀色の眼が、じっとヒグマを見下ろす。
その視線は、言葉よりも静かに、しかし圧倒的に告げていた。
「これ以上は許さない。」
ヒグマはついに悲鳴も喉の奥で凍りつき、大蛇の気迫に押し負けるように、逃れる隙を見つけて身を翻した。
白い鱗がふわりと緩む。
ヒグマは雪を蹴って森の奥へ、よろめくように――逃げていった。
ーーーー
静寂。
木々のざわめきだけが戻ってくる。
ミキは座り込んだまま、震える声で呟いた。
「……助け……てくれた……?」
一朗は息を詰めたまま、ただその背中を見ていた。
大蛇は振り返る。
琥珀の瞳が、一朗に向けられる。
そこに宿っていたのは――怒りでも、嫉妬でも、孤独でも。
その全部が混じり合った、熱い何か。
ゆっくりと、ゆっくりと、真白の身体は小さくなり、人の姿へと戻っていく。
雪の中に膝をつき、肩で息をしながら。
「……傷つけたくなかった。でも……怖かった……」
それは、震える少女の声だった。
白い世界の中で、真白は半分だけ人間、半分はまだ白い鱗を残した姿で、膝をついていた。
呼吸は浅く、肩は震え、今にも崩れそうだった。
そんな真白に、そっと近づく足音。
ミキだった。
黒いラバーキャットスーツの姿で、寒さなんて気にしていないように、真っ直ぐに真白のもとへ歩み寄ってくる。
真白は驚き、怯えたように顔を伏せた。
……でも、ミキはふわりと微笑んだ。
「――真白ちゃん、だよね?」
その声は、やさしかった。
真白はゆっくり顔を上げる。
雪の中で、涙がひと粒だけこぼれる。
「……ミキ…さん…」
「さっきは、助けてくれてありがとう。」
ミキは迷いなくしゃがみこみ、まだ鱗の残る真白の肩に、そっと両腕を回して――抱きしめた。
真白の身体が小さく震えた。
その震えは寒さではない。
「わ、たし……一朗が……好き……」
声はかすれていた。
「蛇だけど……人間じゃ、ないけど……でも……」
「大好きなの……どうしようもないくらい……」
言葉を吐き出した瞬間、真白の顔はくしゃりと歪んだ。
堪えていた想いが、涙となってあふれ出る。
ミキはその涙を受け止めるように、真白の背をやさしく撫でた。
「――うん。知ってるよ。」
真白は目を見開く。
ミキは微笑んだまま、少し頬を寄せる。
「だって、真白ちゃん……ずっと目が、あの人のほうを見てるもの。」
その言葉は、責めでも皮肉でもなかった。
ただ、まっすぐな、やさしい事実だった。
ミキはさらに言葉を続ける。
「真白ちゃんは、まっすぐで、きれいだよ。誰かをちゃんと好きになるって、すごいことだよ。」
真白の瞳が揺れる。
ミキは、ぎゅっと抱きしめる腕に力を込めながら――
「だからね……」
「わたしも、真白ちゃんが大好き。」
その言葉は、雪の上にそっと落ちるように響いた。
真白は一度だけ、ひくっと喉を鳴らしながら、小さな声で答えた。
「……うん……ありがとう……」
雪は静かに降り続け、真白の涙と一緒に、そっと溶けていった。
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