「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ

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第23話 ミキの正体

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ロッジに戻ると、玄関の前までスタッフが駆け寄ってきた。

雪を払う暇もないほど慌てた足取りだった。

「ミキさん! 本当に……無事でよかった……!」

ところがミキは、その言葉を聞いた瞬間、ふっと笑うこともなく、冷たい視線をスタッフに向けた。

「――何が“無事でよかった”よ。」

その声は、冬の空気より鋭かった。

スタッフの表情が一瞬で強ばる。

「わたしを置いて逃げたよね? 現場、見てたよね?」

スタッフは口を開いたが、言い訳は出てこなかった。

ただ、唇だけが震えていた。

「……す、すみません……。本当に……申し訳ありません……。」

ミキは大きく息を吸い、そして吐いた。

怒鳴らず、ただ冷たく、はっきりと告げる。

「この件、社長に言ったらどうなるか、わかってるよね?」

スタッフ二人は同時に青ざめた。

「ど、どうか……! どうか社長には……!」

「無理だよ。このままじゃ。」

ミキは腕を組んで、ほんの少しだけ意地悪そうに微笑んだ。

「――でも、取引ならしてあげる。」

スタッフは一気に顔を上げる。

「と、取引……?」

ミキは真白の方へ視線を向け、ふわりと微笑んだ。

真白は、まだ少し怯えた様子で一朗の後ろに立っていた。

「写真集の一ページ。わたしと真白ちゃん、二人のツーショットを入れる。」

スタッフは目を見開く。

「そ、そんな……社長が許すかどうか……」

「許させなさい。」

ミキはさらりと言った。

「“命を救ってくれた子との写真”なら、話題性も、ストーリー性も、商品価値もあるわ。むしろ社長、喜ぶと思うけど?」

スタッフは一瞬で計算し、うなずきかけ――

次の言葉で完全に固まった。

「それから――真白ちゃん用のラバーキャットスーツ、すぐに準備して。」

「……え?」

スタッフ二人の声がきれいに重なる。

真白は「ラ……バー……?」と耳まで赤くなる。

ミキは楽しそうに両手を腰に当て、ゆらりと微笑んだ。

「当たり前でしょ。だって――」

ミキは真白の肩に手を乗せた。

「真白ちゃんは、わたしの大切な人なんだから。」

真白は息を呑んだ。

一朗はその光景に胸がきゅっと締め付けられた。

スタッフは完全に覚悟したように背筋を伸ばした。

「……社長、説得します……!」

「うん。よろしく。」

ミキはまるで勝利が決まっていたかのように微笑む。

ミキは立ち止まり、振り返って真白に微笑む。

「真白ちゃん。ちょっと、二人で話そう?」

真白はうなずき、一朗と美佐子に軽く会釈してから、ミキの後ろをついていった。

ミキが泊まる客室に入ると、暖炉の火が揺れて、部屋はあたたかい。

二人はベッドの縁に並んで座った。

ミキは、まるで友だちに話しかけるように、優しい声で言う。

「真白ちゃんは、命の恩人だよ。」

その言葉は、真白の胸の奥にまっすぐに響いた。

落ち着きかけていた心が、また少し揺れる。

真白は、自分の手をそっと握りしめながら尋ねる。

「……私が、怖くないの?」

ミキは、少しだけ肩を揺らして、明るく笑った。

「全然。むしろ、かっこよかったよ。」

「……かっこ、いい?」

真白は思わず瞬きをする。

ミキは頷き、窓の外に広がる雪山に視線を向けた。

「白蛇は、この山の神様だって、昔から言われてるんだよ。守り神。純粋で、強くて、やさしい存在。」

その言葉は、一朗の母・美佐子が話していた伝承と同じだった。

真白は驚いたようにミキを見る。

その瞬間――

真白の脳裏に昨日の握手の記憶がよみがえった。
(あのとき、私は感じた……けれど形にできなかった……)

真白は、そっと自分の両手をミキへ差し出す。

「ミキ……手を、握ってもいいですか?」

ミキは少しだけ驚いたが、すぐに微笑む。

「もちろん。」

二人の手が重なる。

真白はそっと目を閉じる。

部屋は静まり、暖炉の火の音だけが柔らかく弾ける。

――1分ほど、時が止まったようだった。

ミキはじっと見守っている。

やがて、真白の長いまつげが震え、そっと目が開いた。

その瞳の奥には、震えと確信が同時に宿っていた。

真白は、小さな声で、しかしはっきりと告げた。

「……ミキさんは――“陽子さん”ですよね。」



ミキが息を呑む。

その表情には驚きも、否定も、迷いもなかった。

ミキ――いや、陽子は、ゆっくりとまばたきをして、真白を見つめた。

真白は両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、震える声で続ける。

「……昔も……そして今も……ミキさんは一朗が好き、なんですよね?」

言葉にすると、自分の胸に刺さる気持ちが、はっきりしてしまう。

真白の声は、少しだけかすれていた。

「写真集の撮影場所……この山を選んだのも……“陽子さん”が一朗に会いたかったから……ですよね。」

ミキは、ふっと息を小さく吐いて、微笑んだ。

その笑みは、強がりでも挑発でもなく――とても人間らしい、あたたかい微笑みだった。

「……神様には、嘘はつけないね。」

ミキは視線を落とし、手の上で自分の親指をそっと動かした。

「うん。私、一朗が好き。昔も……今も。」

その告白は、あまりにも静かで、でもまっすぐだった。

真白は苦しくて胸がぎゅっと締まったが、同時に、どこか救われてもいた。

それは、敵意のない、透明な想いだったから。

ミキはゆっくり顔を上げる。

「でもね――」

暖炉のオレンジ色の火が、ミキの瞳に映り込む。

「私が好きな一朗は、“昔のままの一朗”なの。時間が止まってるの。」

「……。」

「今の一朗を、一番近くで見てるのは真白ちゃんだよ。」

真白の目が揺れる。

ミキはそっと真白の手に触れた。

「だから……私は、真白ちゃんを嫌いになれない。むしろ、すごく好きだよ。」

真白は唇を噛み、目に涙がにじむ。



「……でも、私……蛇だから……」

するとミキは、真白の手を両手で包み込んだ。

あたたかい、人の体温。

「神様なんだよ。白い蛇は、守り、繋ぎ、導くもの。」

真白の涙が、ほろりとこぼれ落ちた。

ミキはやわらかく微笑む。

「だから―― 一朗を好きでいていい。好きで、いいんだよ。」

その言葉は、許しではなく、祈りのようだった。
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