「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ

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第24話 ミキの変身願望

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暖炉の火がまたパチ、と音を立てた。

少しの沈黙ののち――

真白は、そっとミキを見つめた。

その瞳には、迷いや不安といっしょに、ほんの小さな希望が揺れていた。

「……あの……」

真白は指先をぎゅっと重ねる。

「もし……もしまた、わからないこととか……不安になって……どうしていいかわからなくなったら……」

ミキは、やさしく待つように微笑んで聞いている。

真白は、恥ずかしそうに、でも真っ直ぐに言った。

「……ミキさんに、相談しても……いいですか……?わたし、友達……いないから……」

声は小さかったけれど、隠していない、本当の声だった。

ミキは一瞬目を見開き――

次の瞬間、ぱあっと表情が明るくなった。

「当然でしょ!」

ぽふっと、真白の肩を軽く両手で掴んで揺らす。

「今日から私たちは――親友だ!」

にこぉっと満面の笑み。

「な、なんでも聞いていい!悩みでも、一朗のことでも、なんでも!」

「……えっ……ほんとに……?」

真白の頬が、ふわっと赤く染まる。

そして――

「ほんとに……!」

じわっと笑顔が広がった。

「う、嬉しい……っ!」

ぽろりと今度は笑顔の涙。

ミキも笑う。

「うん、ほんと。これからは一人じゃないよ。」

真白は鼻をすんと鳴らして、笑いながら涙を拭った。

「……親友……」

その言葉を大切に、ゆっくり胸に沈めるように、繰り返した。

ミキは小さく手を差し出す。

「改めて――よろしくね、真白ちゃん。」

真白もそっと手を伸ばす。

「……うん……!ミキさん!」

二人の手が、あたたかく、しっかりと繋がった。

ミキは、立ち上がると真白に向き合って、声を落として言った。

「でも、一つだけ約束ね。」

真白は瞬きをして、素直に聞き返す。

「……なに?」

ミキは小さく笑って、しかしその目はまっすぐだった。

「一朗さんには、私が“陽子”だってことは絶対に内緒。言ったら、あの人きっと困っちゃうから。」

真白は少し考えて――すぐに、真剣にうなずいた。

「わかった。言わない。約束する。」

「ありがとう。」

二人の間に、しずかな信頼の空気が落ち着いて染みていく。

しかし次の瞬間――

真白は、さっきから気になっていた疑問をぽそっとこぼす。

「ねえ……さっきの“ラバー”って何?写真撮るんでしょ?一緒にって……」

ミキは「ああ、そうそう」と、肩の力が抜けたように笑った。

「見せた方が早いね。」

そう言って、ミキは上着(コートとセーター)をそっと脱ぎ始める。

真白は目を丸くする。

現れたのは――身体にぴったり沿う、深い黒の光沢のラバースーツのミキ。

光の角度でつやっと反射する、なめらかな膜のような質感。

「……わぁ……」

真白は思わず声を漏らした。

驚きよりも、興味と好奇心が勝っていた。

「これが、ラバー……?」

ミキは自分の胸元を軽く押さえて、くすりと笑う。

「うん。ラバースーツ。動いたりするとね、身体のラインがきれいに映るの。あと、雪の中だと光が反射して写真が映えるんだって。」

真白はそっと手を伸ばす前に、ちらっとミキの顔を見る。

「……触ってもいい?」

「もちろん。」

真白は、少しだけ指先でなぞる。

つるり、すべり――そこで止まる。

布とは違う。皮とも違う。

どこか“生きている”みたいな、そんな手触り。

「不思議……」

「でしょ?最初は慣れないけど、着てると落ち着くんだよね。」

ミキは冗談めかして肩をすくめる。

真白はその黒を見つめたまま、小さく言った。

「……なんか、強そう。」

ミキはにっこりと笑う。

「うん。強くなるための服でもあるの。」

真白も、ふっと微笑んだ。

ミキは黒いラバーの胸元にそっと手を添えながら、真白に向けて柔らかく微笑んだ。

「ねえ、真白ちゃん。私ね――変身願望があるんだ。」

真白は目を瞬かせる。

「……変身、願望?」

「そう。」

ミキはベッドの端に腰を下ろし、言葉を丁寧に選ぶように続ける。

「いろんな姿になれる仕事って、面白いの。モデルってさ、衣装も、髪型も、雰囲気も、みんな変わるでしょう?
 そのたびに“今までと違う自分”になれる。だから、私この仕事が好き。」

真白はゆっくりと隣に座る。

ミキの声は静かで、しかし芯があった。

「でもね。本当は……“本当に違う姿”になってみたかった。」

ミキは視線を真白に向ける。

澄んだまなざしだった。

「だからね、真白ちゃんのこと……ちょっと羨ましいんだ。」

真白の手が、膝の上で小さく動いた。

「羨ましい……?」

「うん。」

ミキは優しく、けれど真っ直ぐに言う。

「だって真白ちゃんは、自分の意思で姿を変えられる。“なりたい自分”に、ちゃんと変身できるんだもの。」

真白はその言葉に、息を呑んだ。

自分はただ、そういうものだと思っていた。

当たり前のこととして、生まれた姿と力を受け入れてきただけだった。

しかし――“なりたい自分になれる”という言い方をされたのは初めてだった。

その言葉は真白の胸の奥に、じんわり温かく染みていく。

ミキはそっと目を伏せ、指で黒いスーツの表面をなぞりながら言う。

「ラバーが好きなのもね……“全身が違うものに包まれて、ぜんぜん別の自分になる”感じがするからなの。」

そして顔を上げる。

「今日、雪の上で見た真白ちゃんの姿……人間みたいで、人間じゃなくて……あれ、本当に……すごく綺麗だった。」

真白は頬が熱くなるのを感じた。

ミキは小さく笑う。

「それでね……ちょっと聞いてみたかったの。」

一瞬、間が落ちた。

その沈黙はあたたかい緊張の色を帯びていた。

ミキは真白の手をそっと取る。



「真白ちゃんの変身って……“誰かを包み込んで、その人を変える”ことって、できるの?」

真白の心臓が、どくん、と跳ねた。

自分が誰かを包み込む――

それは、蛇としての生来の本能に近いこと。

けれど、
“怖がらせるため”じゃない。
“守る”、
“分け合う”、
“ひとつになる”ために――。

真白は、ゆっくりと息を吸って、ミキの瞳を見つめ返した。

「…………できるよ。」

ミキはかすかに目を見開いて、すぐに微笑む。

その微笑みは、怖れの影が一切ない、ただひたすらにまっすぐな期待の光だった。
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