「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ

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第25話 ミキの変身

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ミキは小さく息を整え、ゆっくりと立ち上がった。

黒いラバーのスーツのジッパーに指をかけると、ためらいなく下ろしていく。

ラバーが離れるたび、柔らかな空気が肌に触れ、何も纏っていないミキの姿が静かに現れた。

その仕草には恥じらいよりも、「これから起こること」への覚悟と高揚があった。

真白はミキを見つめ、静かに頷く。

「……大丈夫。親友のお願いだもん。断らない。」

ミキも同じように笑って頷いた。

目の奥が少しだけ震えている。

怖さではなく――期待で。

真白は深く息を吸う。

「じゃあ……はじめるね。絶対に、怖がらないでね。」

「うん。」

次の瞬間――

真白の身体が淡い白光に包まれた。

肌がすっと透けるように輝き、髪が揺らぎ、輪郭がほどけていく。

柔らかく、静かで、けれど抗えない力だった。

光が収まったとき、そこには――

雪のように白い大蛇がいた。

美しく、静かで、ただそこにいるだけで空気が澄むような存在。

ミキは一歩も引かなかった。

むしろ、歩み寄るように息を吸う。

「……きれい……」

声は震えていたが、恐怖ではない。

胸の奥がときめきで締めつけられる震え。

真白は蛇の姿のまま、ゆっくりとミキへ近づき、その白い体をやわらかく、優しく巻きつけた。

冷たすぎず、温かすぎず、ちょうど「生きているぬくもり」の感じ。

ミキの腕、腰、脚、そして最後に背中を包むように。

ミキは目を閉じ、全身を受け入れるように肩の力を抜いた。

呼吸が合う。
鼓動が合う。
体温が合う。



その瞬間、真白の白い鱗が――

光の薄い膜のように柔らかくなり、ミキの肌に沿って溶け込むように広がっていった。

まるで、真白が「一枚の美しい肌」へと姿を変え、ミキの全身へ寄り添うように覆っていく。

腕も、脚も、胸元も、喉元も、最後に――顔までも、そっと。

苦しさはない。

怖さもない。

ただ、静かな幸福感だけがあった。

ミキの呼吸は深く、目を閉じた表情には――圧倒的な安らぎと、生まれ変わるような高揚が浮かんでいた。

そして――

ミキは、もうミキだけの姿ではなくなっていた。真白とミキ、二人がひとつになった姿がそこにあった。

新しい「形」として。



ミキはゆっくりと目を開けた。

呼吸が、いつもと違う。

胸の奥――心臓のすぐそばに、もうひとつの鼓動がある。

「……真白?」

声に出してそう言った瞬間、胸の乳房から、ふわりとした感触が返ってくる。

(うん…ここにいるよ。)

言葉というより、想いがそのまま響く。

ミキはそっと立ち上がり、部屋に置かれた姿見の前へと歩いた。

鏡に映った自分の姿は――

ミキだった。だけど、ミキだけではなかった。



肌は淡い白銀に輝き、細かな鱗の模様が光を反射して流れるように揺れていた。

手を動かすたび、表面がしっとりと滑らかに波打つ。

「……すごい……これ……わたし?」

驚きと、興奮と、喜びが混ざった声。

胸に手を当てると――そこに確かに真白の温度がある。

(ミキの心臓の隣…とってもあたたかい…)

真白の声が直接胸の奥に響く。

ミキは笑った。

頬がゆっくりと緩む。

瞳が潤むほどの、初めての感覚。

「……全部、伝わってくるんだね。わたしが感じたこと、そのまんま。」

(うん…ミキが嬉しいと、私も嬉しい。ミキが息を吸うと、私も息ができる。)

ミキは鏡の前で、指先をそっと滑らせる。

鱗は生きているように光を返し、白い蛇の気配が、自分の中に静かに、確かに宿っている。

胸の乳房で真白が、小さく丸くなるように身を寄せている気配。

(ミキ……ありがとう。私を、こわがらなかった。)

ミキは胸元をそっと押さえ、微笑んだ。

「こわいわけないよ。だって、これは……」

言葉を探し、ゆっくり、丁寧に見つける。

「わたしが、“真白と一緒でいたい” って思った結果なんだから。」

胸の奥で――

真白の感情が、柔らかい光の波となって広がった。

(……わたしも……嬉しい……)

二人の声は、どちらのものでもあり、両方でもあった。

鏡の中に映る姿は、ミキであり、真白であり、そして――二人が重なり生まれた、まったく新しい“ひとり”。

呼吸はひとつ。
鼓動もひとつ。
意思は、二つでひとつ。

胸の奥で真白がそっと問いかける。

(……ミキ。)

ミキは鏡に映る自分へ、少し照れたように微笑む。

「ねえ、真白ちゃん。」

(なあに?)

「一朗には……抱かれたこと、ある?」

その言葉に、胸の中の真白が“思い出”の形をふわりと揺らす。

頬が熱くなる感覚が、ミキにもゆっくりと伝わる。

(……ぎゅーって……したことは、あるよ。)

ミキは肩を揺らして、柔らかく笑った。

「んふふ……そっか。“ぎゅー”ね。」

(それ……変?)

「ううん、可愛いよ。」

ミキは鏡を見つめたまま、優しく、どこか少し大人びて言う。

「でもね、それだけじゃ――まだ“はじまり”だよ。」

真白は意味をつかみきれず、胸の中で小さく揺れる。

(はじまり……?)

「うん。“好き”ってね……ぎゅっとしたその先に、もっといろんな温度があるの。」

声はおどけていない。
からかいでもない。
ただあたたかい。

真白は言葉を探すように、静かに息を渡した。

(……ミキは、知ってるの?)

「うん。大人だからね、いちおう。」

ミキは鏡の中の“二人”にそっと手を触れる。

指先が自分の頬に触れるのに、真白もその温度を感じる。

「ありがとう、真白ちゃん。わたしに――触れてくれて。」

胸がふわりと、ひとつ揺れた。

(わたしこそ……ありがとう。)

ミキは静かに目を閉じる。

「じゃあ……元に戻ろうか。」

(うん。)

その答えは、迷いがなかった。

――白い光がほどけていく。

ミキの身体から、薄い皮膜のようにまとっていた“蛇の肌”がやわらかく離れ、光のきらめきの中、真白が元の形へと返っていく。

ミキはベッドに腰を下ろしながら、優しく言った。

「ね、真白ちゃん。」

真白は少し照れくさそうに立っていた。

けれど、目元には確かな笑みがあった。

「これからさ。友達じゃなくて――親友ね。」

真白の顔がぱっと明るくなる。

「……うん!本当に?」

ミキは笑う。

今度はあどけない、同い年に戻った笑顔で。

「本当に。」

二人の手が、そっと触れた。

“ぎゅっ”と、短く、でも確かな強さで。

二人は並んで廊下を歩き、リビングへ戻ってきた。

暖炉の火はまだ静かに揺れていて、一朗はソファに腰を下ろしたまま、じっと入口の方を見ていた。

ミキは、軽やかな足取りで一朗の正面へ歩み寄ると、少しイタズラっぽく笑って言った。

「ほら。一朗さんの大好きな彼女、ちゃんとお返しするわ。」

真白は、その言葉に肩をすくめ、視線をそらして頬を赤くした。

一朗は照れたように頭の後ろを掻きながら、立ち上がって真白の前に向き合う。

「……ごめんな。」

真白は驚いて一朗を見上げる。

「え……?」

「気になって……後をつけてたんだろ?それでも、何も言わずに戻ってきてくれて……。ありがとう。心配かけた。」

真白は唇を噛み、でもすぐにほころぶように笑って、小さくこくりと頷いた。

「……うん。」

その空気を和らげるように、ミキが明るく声を上げる。

「そうそう!真白ちゃんが一朗さんのこと大好きで、気になって追いかけてきたおかげで――私の命、助かったんだよ?」

ミキは大げさに両手を広げながら笑顔で言う。

「つまり!これは運命です。山の神様のお導き。ロマンチックでしょう?」

真白は恥ずかしそうにミキの言葉を否定も肯定もできず、ただ黙って微笑んだ。

ミキは自分の胸元を軽く指で弾くように触れながら、冗談めかして続ける。

「それに今日は私のラバー姿、しっかり見たでしょ?明日は真白ちゃんが同じラバースーツで変身する番だから――
一朗さん、楽しみにしてなさいよ?」

一朗はその言葉に、またすぐ顔がニヤついてしまう。

「……そっか。真白が……。」

真白はその視線に耐えられず、ぷいっと横を向いた。

「……ミキさんばっかり見てないで……ちゃんと、私のことも……見てね。」

声は小さいのに、気持ちは真っ直ぐで。

一朗はその言葉に、胸の奥がきゅっと締まるように温かくなり、ゆっくりと真白の手を取った。

「見るよ。ちゃんと。」

ミキはその様子を見て、安心と嬉しさが混ざった顔で微笑んだ。

「……よし。今日は、いい日だ。」

暖炉の火が柔らかく三人を照らし、外は静かに雪が降り続いていた。
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