「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ

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第26話 初めて着るラバースーツ

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翌朝。

まだ太陽が山の端から姿を見せたばかりで、空は淡い桃色と薄い藍色が溶け合っていた。

ロッジの中は薪ストーブの優しい熱が満ち、木の香りがゆっくり漂っている。

真白は目を覚ますと、胸の奥が少しだけそわそわしていることに気づいた。

――今日、私はラバースーツを着る。

そう思うと、緊張と期待が入り混じった息が漏れた。

部屋を出ると、リビングにはもうミキがいて、テーブルの上には黒い箱が置かれていた。

箱は艶やかに光沢を放ち、妙に存在感がある。

ミキは真白を見つけると、にっこり笑った。

「おはよう、真白ちゃん。」

「おはよう、ミキさん。」

ミキは箱を軽く指で叩いた。

「届いたよ。真白ちゃん用のラバースーツ。」

真白の心臓が、ほんの少し跳ねた。

「……これ、私の?」

「うん。サイズは昨日の“変身した時”に合わせておいたから、きっとぴったりだよ。」

ミキの瞳はどこか楽しそうで、どこか優しい。

真白はそっと箱の蓋を開く。

中には、深い黒が光を柔らかく吸い込むような素材の、身体に沿うスーツが丁寧に畳まれていた。

指先で触れると、まるで水面のように滑らかで、でもしっかりと形を保つ、未知の感触。

「……きれい。」

小さく、自然に言葉が漏れた。

ミキは満足そうに頷く。

「そう。これは“隠す”服じゃなくて、“包む”服。本当の自分をぎゅっと抱きしめてくれる服。」

真白は、その言葉を胸の中でゆっくり噛みしめた。

ミキは周囲を見回して、声を少し落とす。

「試着してみよっか。私、手伝ってあげる。」

真白は顔が少し赤くなる。

「……うん。」

ーーーーミキが泊まった客室

真白はスーツを両手で持ち、深呼吸をひとつ。

ミキは優しい声で言う。

「焦らなくていいよ。ゆっくりで。」

スーツは思ったよりも体に吸い付くようで、肌に沿わせるたびにぴたり、ぴたりと馴染んでいく。

背中、腕、胸、腰、脚——

真白の形をなぞるように、丁寧に、綺麗に。

ミキは紐を整えながら言う。

「似合うよ、真白ちゃん。」

最後のファスナーをミキがそっと上げると、真白は、静かに息を呑んだ。

鏡に映るのは――昨日までの自分ではなかった。

黒い光沢が身体のラインを優しく包み、細くて、柔らかくて、しなやかな真白がそこにいた。

「……わたし……」

言葉がうまく出てこない。

ミキが隣に立つ。

「ね、綺麗でしょ?」

真白はゆっくり頷いた。

「……うん。ちょっと、変な感じ。でも……すごく、好きかも。」

ミキは満足げに微笑む。

「うん。その気持ち、大事にして。」

そのとき、

「真白ー!朝ごはんできたよー!」

一朗の声が、廊下から聞こえてきた。

真白はビクッとし、肩をすぼめる。

ミキは、口元を手で押さえてくすっと笑った。

「ふふ、見たいんだって。絶対。」

真白は頬を真っ赤にして言う。

「……まだ……まだ見せない。」

ミキは嬉しそうに頷いた。

「うん。まずは自分でゆっくり味わおう。」

ーーーーー

朝食の香りが、柔らかく部屋に満ちていた。

スクランブルエッグと焼き立てのパンの匂い。

薪ストーブの温もり。

日常の、いつもの朝。

けれど——その朝の空気は、真白がリビングへ入った瞬間に、静かに揺らいだ。
 
真白は、ラバースーツの上に薄いニットを羽織っていた。

けれど黒い光沢は袖口や首元から、控えめに、しかし確かに覗いている。

歩き方がいつもより少しおそるおそるで、だけど目はどこか誇らしげだった。
 
一朗はソファに腰をかけたまま、湯気の立つカップを口に運ぼうとしていた。

そして——そのまま固まった。

本当に、呼吸すら止まったように。
 
「……ま、しろ……?」

声は裏返り、喉の奥でひっかかり、かすれた。

真白は、両手を胸の前でぎゅっと揃えて、小さく頷いた。

「……うん。ミキさんが、用意してくれた……の。」

言い終えると、ほんの少し、俯いてしまう。


 
一朗は数秒、言葉を探した。

目は真白の首元へ、袖口へ、そして手と脚のラインへと、何度も行き来する。

「……似合ってる。」

その声は、驚きと、照れと、息を呑むような感情がまじっていた。

真白は、ほっとしたように微笑む。

「ほんと……?」

「ほんとだ。……なんか……すげぇ綺麗だ。」
 
ミキがキッチンからひょこっと顔を出した。

にやにや、という言葉がそのまま顔になったような表情で。

「あら~、いい反応~。真白ちゃん、100点満点だね。」

真白は頬を真っ赤にして、ミキの袖をちょんとつまむ。

「み、ミキさん……!」
 
一朗は、真白を見つめたまま、ふと息を吐くように笑った。

「なんかさ……大人っぽいな。」

その言葉は、ゆっくりと真白の胸に染みていった。

真白は、少しうつむいて、でもちゃんと前を向いて言う。

「……一朗。ちゃんと、見ててね。ミキさんだけじゃなくて……わたしのことも。」
 
一朗は一瞬、目を見開いた。

そして今度は、照れも言い訳も逃げ道もなく、ただ真っ直ぐに返す。

「見るよ。ちゃんと。ずっと。」
 
ミキはそのやりとりを見て、両手を腰にあててニヤッと笑った。

「はいはい、甘いの終わり~。朝ごはん冷める~。今日は撮影本番なんだから、しっかり食べなさい。」
 
真白と一朗は向かい合って座る。

けれど二人の心の距離は、昨日より確かに近かった。

着ているものが変わっただけじゃない。

真白の「自分」への気持ちが、変わった朝だった。


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