「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ

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第28話 「ぎゅ〜」のその先

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撮影が終わると同時に、真白はぱっと振り向いた。

 「一朗!」

駆け寄ってくる足音が雪を踏みしめるたびに、軽やかな音を立てる。

真白は勢いのまま一朗の胸に飛び込んだ。



 「私、頑張ったよ!」

ラバースーツの上からでも伝わる熱。

真白の身体は雪の冷たさとは対照的に、驚くほど温かかった。

一朗は一瞬、何が起きたのか理解できず、固まったまま両腕を宙に浮かせていた。

 「ま、真白……」

ようやく言葉を絞り出すと、真白が顔を上げた。

その瞳は、子どものようにまっすぐで、少し潤んでいる。

 「一朗、見てくれてた? ちゃんとできてた?」

一朗は照れくさそうに視線を逸らし、頬をかきながら小さく笑った。

 「ああ……うん。すごく、よかったよ。真白、ほんとに頑張ったな。」

 「えへへ……嬉しい!」

真白はさらに抱きつく力を強めた。



一朗の顔はますます真っ赤になる。

ミキが少し離れたところから、にやにやと二人を見ている。

その様子に気づいた一朗は、思わず真白の肩をそっと押し離そうとしたが、真白は離れようとしなかった。

一朗の顔は、ますます真っ赤になっていた。

真白のラバー生地の衣装は、雪の光を反射してきらりと輝き、抱きつくたびにかすかにきゅっと音を立てた。

 「ど、どうしたんだよ真白……」

一朗が慌てて腕を離そうとすると、真白は首をかしげてじっと彼の顔を見つめた。

 「一朗、顔、赤いよ?どうしたの?」

 「ち、違うって……」

その時、真白の頭の中に昨日の会話がよみがえる。

――“ぎゅーの、その先のお話”。

ミキが何かを楽しそうに言っていた。

でも、あれってどういう意味だったっけ?

真白は一朗の顔を見上げ、無邪気に口を開いた。

 「ねぇ一朗、“ぎゅーのその先”ってなに? 一緒にやってみよう!」

 「ぶはっ!?」

一朗は思わず変な声を出して、顔を真っ赤にしたまま後ずさった。

それを見たミキが腹を抱えて笑いだす。

 「ちょ、ちょっと真白ちゃん! それはねぇ……!」

涙を拭いながら笑い転げるミキに、真白はきょとんとする。

 「え? 何か変なこと言った?」

 「もう最高! 一朗さん、完全にノックアウトじゃない!」

一朗は耳まで真っ赤にして、頭を抱えるしかなかった。

ふと、真白の表情が「はっ」と変わった。

その大きな瞳がぱちくりと瞬くと、まるで夢から覚めたように声を上げる。

 「――あっ! 美佐子さんのお手伝い! 忘れてた!」

真白は慌てて雪の上をバタバタと駆け出そうとするが、ピタリと足を止めて振り返った。

 「ミキさん、撮影、頑張ってね!」

ミキは笑顔で手を振る。

 「うん! 真白ちゃんもお手伝い、頑張って!」

真白はにこっと笑って、両手でぎゅっと拳を握る。

 「うんっ!」

そして、そのまま駆け出した――が、途中でまた立ち止まり、慌てたように一朗の方を振り向く。

 「――あっ! 一朗!」

一朗はびっくりして「え?」と声を上げる。

真白は雪を蹴りながら、少し恥ずかしそうに言った。

 「タブレット、借りるねー!」

ミキが吹き出す。

 「ふふ、可愛い彼女ね。」

一朗は頬をかきながら、少し照れたように笑う。

 「ほんと、あいつには敵わないな……。」

ラバースーツの光沢が雪の反射を受けてきらりと光る。

小さな背中が、白い息を残してロッジの方へ駆けていった。

ーーーー

真白の姿が遠ざかり、白い風の中に溶けていくのを見届けると、ミキはすっと背筋を伸ばした。

柔らかく笑みを浮かべながら、手袋の上から軽く手を叩く。

 「――さあ、仕事仕事。気持ち切り替えなきゃね。」

その声は、まるで現実へ戻る合図のように響いた。

一朗も「あ、はい」と慌てて姿勢を正す。

 「撮影場所、また別の候補見たいんですよね。案内します。」

 「助かるわ。一朗さんの感覚、信頼できそうだもの。」

ミキがにこっと微笑んだ瞬間、冷たい風が頬をかすめた。

一朗は雪に足を踏み入れながら、何気なく言葉を続ける。

 「荷物、持ちますよ。こっち坂もありますし。」

ミキは首を横に振って、軽く笑った。

 「大丈夫よ。一朗さん、左手の指、動かないでしょ?」

――その一言に、一朗の足が止まった。

 「……え?」

振り返ると、ミキは何事もなかったように雪を見つめている。

けれど、その横顔には、どこか懐かしい光が宿っていた。

吹きつける風の音の中で、一朗の鼓動が妙に大きく響く。

どうして彼女が、そのことを知っている?

ただの人気モデル。今日、初めて会ったはずの人。

けれど――胸の奥で、何かが微かにざわつき始めていた。

 「……今、なんで……そのことを?」

一朗の問いかけに、ミキはちらりと微笑を返す。

それは、どこか懐かしくもあり、切なくも温かい笑みだった。

 「さ、行きましょう。一朗さん。」

その一言で、雪の上の空気がまた動き出す。

一朗は首をかしげながらも、無言でその背中を追い始めた。

胸の中に残る、奇妙な違和感とともに――。
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