「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ

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第40話 東京へ

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軽トラックのエンジン音が、冬の夜を切り裂いていた。

国道の街灯が、リズムを刻むようにフロントガラスを照らしては流れていく。

助手席の真白は、白い手を膝の上で強く握りしめていた。

 「ねえ、一朗さん……ミキさん、そんなにひどいケガなの?」

一朗はハンドルを握る手に力を込め、唇をかすかに震わせた。

 「……ああ。ニュースで見た通りだ。背中を刺されて……下半身が動かないらしい」

真白の呼吸が一瞬止まる。

車内に、ヒーターの音だけが低く響いた。

 「……でも、なんでそんなことになったの……? 記者会見で何かあったの?」

一朗は、しばらく黙ったまま、前方の赤信号を見つめていた。

赤い光が彼の頬を照らし、その目の奥で何かが揺れた。

 「……陽子が……妊娠してるんだ」

 「え……?」

 「……陽子のお腹の子は――真白と陽子が、あの時…“新しい形”のときにできた子供なんだ…」

真白はその言葉の意味をすぐには理解できなかった。

だが、やがて視界が滲み、心臓の奥で何かが弾けた。

 「……それって……私が、陽子さんの身体を借りていたときに……?」

一朗は、静かに頷いた。

 「そうだ。あの夜……俺は、真白でもあり、陽子でもある“おまえたち”を抱いた。あの時、命が……」

真白の頬を涙が伝う。

 「そんな……そんなことって……。私が……陽子さんの身体で……」

言葉が途中で詰まり、声にならなかった。

 「真白……」

一朗が呼びかけるが、真白は顔を両手で覆い、震える声で続けた。



 「それでも……陽子さんは……下半身が動かなくなって……苦しいのに……記者会見で……“この子は希望です”って……言ってた……」

嗚咽混じりに言葉を吐き出す。

 「そんな強い人……なのに……私、何も知らなくて……」

赤信号が青に変わる。

一朗はゆっくりとアクセルを踏み込みながら、静かに言った。

 「だから行くんだ。陽子に、もうひとりじゃないって伝えに」

真白は涙を拭い、頷いた。

 「うん……私も伝える。一朗と一緒に……」

車は夜の街を抜け、新幹線の駅へと向かって走り続けた。

新幹線の座席に深く腰を下ろした真白は、車窓の向こうに流れる景色をただ無言で見つめていた。

一朗は隣の席で目を閉じ、じっと何かを噛み締めるように黙っていた。

その横顔を見つめるうちに、真白の胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

――どうしてこんなに好きなんだろう。

出会ってからの日々が、走馬灯のように頭をよぎる。

ロッジの薪の匂い、朝の白い霧、一朗の笑い声、そして、あの優しい手のぬくもり。

そのすべてが、今の自分を支えている。

けれど、同時に思う。

私は蛇。人間じゃない。

人として生きられる時間は、あと十年しかない――。

その事実が、冷たい刃のように心をかすめる。

でも、不思議と涙は出なかった。

涙の代わりに、胸の奥で小さな灯がゆらりと揺れた。

――白蛇は、昔から“守り神”と呼ばれてきた。

災いを取り払い、人を守る存在。

美佐子さんから聞いた話をふと思い出す。

「そっか……」

真白は、小さく呟いた。

白蛇は恐れられるだけの存在じゃない。

“守る”ために生まれたんだ。

なら、私も――。

一朗さんと陽子さん、そしてお腹の中の命。

みんなを守ることが、私にしかできないこと。

そう思った瞬間、真白の中で何かが静かに定まった。

それは、ひとつの覚悟のようでもあり、祈りのようでもあった。

――でも、それはきっと、一朗との別れを意味する。

胸が締めつけられる。

けれど、その痛みの中に、不思議な穏やかさもあった。

真白は窓の外を見つめながら、そっと手を合わせた。



「どうか……二人が、幸せでありますように――」

風がトンネルを抜け、新幹線の車体がかすかに揺れる。

真白の頬を、ひと筋の涙が静かに伝い落ちた。
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