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第39話 ミキの記者会見
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翌日。都内のホテルの大会見場。
壁一面にフラッシュが弾け、報道陣のざわめきが空気を震わせていた。
壇上の中央には、純白のカーテンを背景にした長机。その上に置かれたマイクの前に、ミキが静かに座っていた。
黒のシンプルなジャケットに身を包み、髪を後ろでひとつにまとめている。
車椅子に座るその姿は、華やかさよりも凛とした強さを帯びていた。
社長が冒頭の挨拶を終えると、会場の視線は一斉にミキへと注がれる。
記者たちがマイクを構え、カメラのシャッター音が次々と鳴り響いた。
ミキは小さく息を吸い、マイクの前に顔を上げた。
「――まずは、私のことで皆さんにご心配とご迷惑をおかけしましたことを、心からお詫び申し上げます」
その声は、静かで、よく通った。
会場のざわめきが止み、すべての音が消えたように感じられた。
「先日のイベントで、私はファンの方の手により刺傷事件に遭いました。幸い、命は助かりましたが……医師からは、下半身に麻痺が残ると告げられています」
ミキは一瞬、言葉を詰まらせた。
深く息を吸ってから、再び前を向いた。
「私は、もう以前のようにモデルとして活動することはできません。でも――最後までプロとして、自分の言葉でお伝えしたかったんです」
客席の前列に座るスタッフの誰かが、ハンカチを目元に当てた。
ミキは続けた。
「そして、もう一つ。私に関する“熱愛報道”についてお話しさせてください」
ざわめきが走った。
カメラのライトが一斉にミキを照らす。
ミキはまっすぐにマイクへ顔を向けた。
「報道にありました“男性アイドルのケンジさん”との交際は、事実ではありません。食事をしたのは、撮影の打ち上げで――多くのスタッフと一緒でした。私は、ケンジさんのファンの方々を傷つけるようなことはしていません」
その言葉に、記者たちは一斉にメモを走らせた。
ミキは、目を伏せ、少し間を置いてから再び語りはじめる。
「そして……私には、どうしても話しておきたい“もう一つの真実”があります」
会場の空気が再び張り詰めた。
ミキは小さく微笑む。
「私は、“ミキ”という名前で活動してきましたが……本名は“陽子”といいます。中学を卒業してから、夢を追いかけて、芸能界でいろんな名前を使って生きてきました。でも、あの事件を通して、もう隠す必要はないと思いました。
いまの私は、過去の私が積み重ねてきたすべてでできている――そう思うからです」
社長はそっとうなずき、ミキの背中を見守っていた。
「最後に――私は今、新しい命を授かっています」
その瞬間、記者たちの間にどよめきが広がった。
ミキは、それでも穏やかな声で続けた。
「この子は、私に生きる力をくれました。どんな未来が待っていても、私は母として、この子を守っていきます。この子は、希望です。それを伝えるために、今日ここに立ちました」
フラッシュが、まるで雪のように舞い降りる。
涙をこらえながらも、ミキは最後まで笑顔を崩さなかった。
「どうか、私のことを忘れないでください。“モデルのミキ”としても、“陽子”としても。――私は、これから自分が信じる未来に向かって進みます。」
ミキは深く頭を下げた。
その姿に、会場の中から自然と拍手が起こった。
それは同情でもなく、称賛でもなく――
ただ、ひとりの女性が真実を語りきった勇気に対する、静かな敬意だった。
ミキは、深く頭を下げたまま、長い拍手の音を聞いていた。
フラッシュが何度も瞬き、記者たちのざわめきが次第に遠のいていく。
ーーーーーー
胸の奥で小さく息を吐き、震える手でテーブルの上のスマートフォンをつかんだ。
――今、彼にだけは、伝えたい。
震える指で画面を開き、履歴の中の「一朗」の名前をタップする。
数秒の呼び出し音が永遠に感じられた。
「……陽子……!」
受話口から聞こえたその声は、掠れて震えていた。
ミキは喉の奥が詰まりながら、なんとか声を絞り出す。
「記者会見、見てくれた?」
返ってきたのは、怒鳴るような叫びだった。
「バカヤロウ!! 一人で抱え込むなって昔から言ってるだろ!!」
一朗の声が涙で濡れていた。
「なんでだよ……なんで俺に言わなかったんだよ、陽子!」
ミキは唇を噛み、声を震わせながら言った。
「……ごめん。一朗……辛いよ……苦しいよ……」
受話口の向こうで、椅子を引く音が聞こえた。
「今すぐ行く。どこにいる!」
「……〇〇病院……」
ミキがその言葉を言い終えるより早く、通話の向こうでドアの開く音が響いた。
――プツン。
電話が切れた。
ミキはスマホを胸に抱きしめ、嗚咽をこらえながら天井を見上げた。
白い蛍光灯の光が、滲んで揺れて見えた。
***
そのころ、ロッジ。
一朗はスマホを握りしめたまま、荒い息を吐いていた。
「真白! 東京に行く!」
キッチンで片づけをしていた真白が振り向く。
「えっ? ミキさんのところ……?」
一朗は頷く。
「今、電話があった。病院にいるんだ」
真白は胸に手を当てた。
「私も行きたい……ミキさん、心配だもん……」
一朗は真白を真っすぐ見つめ、短く頷いた。
「一緒に行こう」
雪の中、二人は急いでロッジを飛び出した。
息を切らしながら軽トラックに乗り込むと、ヘッドライトが夜の雪を切り裂くように前を照らした。
真白は助手席で震える手を握りしめながら呟いた。
「お願い……ミキさん、無事でいて……」
一朗はアクセルを強く踏み込み、白い闇の中へと車を走らせた。
その眼差しには、迷いも恐れもなく、ただひとりの女性を救いたいという強い意志だけが宿っていた。
壁一面にフラッシュが弾け、報道陣のざわめきが空気を震わせていた。
壇上の中央には、純白のカーテンを背景にした長机。その上に置かれたマイクの前に、ミキが静かに座っていた。
黒のシンプルなジャケットに身を包み、髪を後ろでひとつにまとめている。
車椅子に座るその姿は、華やかさよりも凛とした強さを帯びていた。
社長が冒頭の挨拶を終えると、会場の視線は一斉にミキへと注がれる。
記者たちがマイクを構え、カメラのシャッター音が次々と鳴り響いた。
ミキは小さく息を吸い、マイクの前に顔を上げた。
「――まずは、私のことで皆さんにご心配とご迷惑をおかけしましたことを、心からお詫び申し上げます」
その声は、静かで、よく通った。
会場のざわめきが止み、すべての音が消えたように感じられた。
「先日のイベントで、私はファンの方の手により刺傷事件に遭いました。幸い、命は助かりましたが……医師からは、下半身に麻痺が残ると告げられています」
ミキは一瞬、言葉を詰まらせた。
深く息を吸ってから、再び前を向いた。
「私は、もう以前のようにモデルとして活動することはできません。でも――最後までプロとして、自分の言葉でお伝えしたかったんです」
客席の前列に座るスタッフの誰かが、ハンカチを目元に当てた。
ミキは続けた。
「そして、もう一つ。私に関する“熱愛報道”についてお話しさせてください」
ざわめきが走った。
カメラのライトが一斉にミキを照らす。
ミキはまっすぐにマイクへ顔を向けた。
「報道にありました“男性アイドルのケンジさん”との交際は、事実ではありません。食事をしたのは、撮影の打ち上げで――多くのスタッフと一緒でした。私は、ケンジさんのファンの方々を傷つけるようなことはしていません」
その言葉に、記者たちは一斉にメモを走らせた。
ミキは、目を伏せ、少し間を置いてから再び語りはじめる。
「そして……私には、どうしても話しておきたい“もう一つの真実”があります」
会場の空気が再び張り詰めた。
ミキは小さく微笑む。
「私は、“ミキ”という名前で活動してきましたが……本名は“陽子”といいます。中学を卒業してから、夢を追いかけて、芸能界でいろんな名前を使って生きてきました。でも、あの事件を通して、もう隠す必要はないと思いました。
いまの私は、過去の私が積み重ねてきたすべてでできている――そう思うからです」
社長はそっとうなずき、ミキの背中を見守っていた。
「最後に――私は今、新しい命を授かっています」
その瞬間、記者たちの間にどよめきが広がった。
ミキは、それでも穏やかな声で続けた。
「この子は、私に生きる力をくれました。どんな未来が待っていても、私は母として、この子を守っていきます。この子は、希望です。それを伝えるために、今日ここに立ちました」
フラッシュが、まるで雪のように舞い降りる。
涙をこらえながらも、ミキは最後まで笑顔を崩さなかった。
「どうか、私のことを忘れないでください。“モデルのミキ”としても、“陽子”としても。――私は、これから自分が信じる未来に向かって進みます。」
ミキは深く頭を下げた。
その姿に、会場の中から自然と拍手が起こった。
それは同情でもなく、称賛でもなく――
ただ、ひとりの女性が真実を語りきった勇気に対する、静かな敬意だった。
ミキは、深く頭を下げたまま、長い拍手の音を聞いていた。
フラッシュが何度も瞬き、記者たちのざわめきが次第に遠のいていく。
ーーーーーー
胸の奥で小さく息を吐き、震える手でテーブルの上のスマートフォンをつかんだ。
――今、彼にだけは、伝えたい。
震える指で画面を開き、履歴の中の「一朗」の名前をタップする。
数秒の呼び出し音が永遠に感じられた。
「……陽子……!」
受話口から聞こえたその声は、掠れて震えていた。
ミキは喉の奥が詰まりながら、なんとか声を絞り出す。
「記者会見、見てくれた?」
返ってきたのは、怒鳴るような叫びだった。
「バカヤロウ!! 一人で抱え込むなって昔から言ってるだろ!!」
一朗の声が涙で濡れていた。
「なんでだよ……なんで俺に言わなかったんだよ、陽子!」
ミキは唇を噛み、声を震わせながら言った。
「……ごめん。一朗……辛いよ……苦しいよ……」
受話口の向こうで、椅子を引く音が聞こえた。
「今すぐ行く。どこにいる!」
「……〇〇病院……」
ミキがその言葉を言い終えるより早く、通話の向こうでドアの開く音が響いた。
――プツン。
電話が切れた。
ミキはスマホを胸に抱きしめ、嗚咽をこらえながら天井を見上げた。
白い蛍光灯の光が、滲んで揺れて見えた。
***
そのころ、ロッジ。
一朗はスマホを握りしめたまま、荒い息を吐いていた。
「真白! 東京に行く!」
キッチンで片づけをしていた真白が振り向く。
「えっ? ミキさんのところ……?」
一朗は頷く。
「今、電話があった。病院にいるんだ」
真白は胸に手を当てた。
「私も行きたい……ミキさん、心配だもん……」
一朗は真白を真っすぐ見つめ、短く頷いた。
「一緒に行こう」
雪の中、二人は急いでロッジを飛び出した。
息を切らしながら軽トラックに乗り込むと、ヘッドライトが夜の雪を切り裂くように前を照らした。
真白は助手席で震える手を握りしめながら呟いた。
「お願い……ミキさん、無事でいて……」
一朗はアクセルを強く踏み込み、白い闇の中へと車を走らせた。
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