「真白」〜〜雪と蛇の女〜〜

まへまへ

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第41話 最後の夜

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東京駅のホームに新幹線が滑り込むと、車内にアナウンスが流れた。

「まもなく終点、東京です――」

真白は膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。

胸の奥に、まだ温かく響く決意の余韻が残っている。

一朗は立ち上がり、荷物を持って出口へ向かう。

真白もそのあとを静かに追った。

人の流れに押されながら、二人は改札を抜け、東京の街の冷たい空気に触れた。

「陽子がいるのは、〇〇病院だ。タクシーで行こう」

一朗の声は焦りを含んでいた。

真白は頷きながら、その横顔をそっと見つめる。

――この人のことを、こんなに想う気持ちは、きっと一生変わらない。

けれど、その想いを抱いたままでは、陽子さんも、一朗さんも前に進めない。

タクシー乗り場に着くと、ちょうど一台の車が止まった。

ドアが開き、一朗が真白に手を差し出す。

「乗って」

真白はその手を取る。

その手の温もりが、心の奥まで染み込むように伝わってきた。

車が走り出す。

高層ビルの影をすり抜けながら、街の喧騒が窓の外を流れていく。

「……一朗…」

「ん?」

「私、陽子さんにちゃんと会って、話したいの」

「もちろんだ。あいつもきっと真白に会いたがるさ」

真白は微笑もうとしたが、口元がかすかに震えた。

――“会う”のはきっと、これが最後。

その言葉を胸の奥で飲み込む。

病院の建物が見えてきたとき、真白はそっと目を閉じた。

心の中で、もう一度小さく祈る。

「どうか、陽子さんと一朗さん、そしてお腹の子が無事でありますように」

タクシーが病院の前で止まり、ドアが開いた。

真白は静かに息を吸い込み、微笑みを作った。

「一朗、行こう」

彼女の瞳には、まだ涙の跡が残っていたが――その奥には、強く澄んだ光が宿っていた。

ーーーーー

夜の病院は、昼間とはまるで違う静けさに包まれていた。

消灯した廊下には、わずかに非常灯のオレンジ色が灯り、どこか遠くでナースシューズの音だけが響いている。

受付で事情を話すと、若い看護師が申し訳なさそうに頭を下げた。

 「すみません……面会時間はもう過ぎてしまっていて。でも、陽子さんの容体は安定しています。今は、ぐっすり眠っていらっしゃいますよ」

一朗は胸をなでおろした。

真白も、ほっと小さく息をつく。

二人は案内された待合室の長いベンチに腰を下ろした。

外は冷たい雨が降っており、ガラス越しに夜の街の灯が滲んで見える。

しばらく沈黙が続いた。

一朗は両手を組み、ただじっと床を見つめていた。

その横で、真白は静かに寄り添い、肩をそっと預ける。

――時計の針の音が、やけに大きく聞こえた。

やがて真白が、ぽつりとつぶやいた。

 「……ねえ、一朗」

 「ん?」

 「私……陽子さんを助けられるかもしれない」

一朗は顔を上げた。

 「え……?」

真白は膝の上で手を握りしめ、視線を落としたまま言葉を続けた。

 「私の力、まだ全部を使ったことがないの。生きる力を分けることができるのかもしれない……。でも、それをやったら――きっと、私はもうこの世界にいられなくなる」

一朗は一瞬、息を飲んだ。

彼女の横顔を見つめ、かすれた声で問い返す。

 「それって……どういう意味だよ」

真白は微笑んだ。

どこかあの日の雪山で見せた、あの笑顔だった。

 「私、白蛇の神様だから。人を優しく包み込んだり、自分の身体を人に差し出すこともできる。でもね、差し出すときは――たぶん、元には戻れないの」

一朗の喉が締めつけられるように痛んだ。

 「やめろ、そんなこと言うな。真白、お前がいなくなったら……俺、どうすりゃいいんだよ」

真白は首を横に振った。

 「私ね、一朗が悲しむのがいちばんつらいの。でも……陽子さん、あなたにとっても、私にとっても大切な人でしょ?」

その声は穏やかだったが、決意の色がにじんでいた。

一朗は何も言えず、ただ真白の手を握った。

その手は、あたたかく、少し震えていた。

静寂の中に、時計の針の音だけが小さく刻まれていた。

真白は、一朗の手を握ったまま、しばらく何も言わなかった。

その瞳は揺れていたが、どこかに覚悟の光が宿っている。

 「……今夜だけは、一緒に眠ろう。一朗…」



一朗は驚いたように顔を上げたが、真白の表情を見て、ゆっくりとうなずいた。

二人は長いベンチに身を寄せ合い、真白はそっと一朗の胸に顔を埋めた。

そのまま、真白はかすかに唇を震わせながら言った。

 「一朗……ありがとう。私、あなたと出会えて幸せだった」

一朗はその意味を深く考えず、ただ彼女の温もりを抱きしめるように、腕を回した。

 「何言ってるんだよ。これからもずっと一緒だろ」

真白は微笑みながら、その胸に顔を押しつけた。

そして小さく囁く。

 「うん……今夜はね」

唇が触れ合う。

短いけれど、深く、心の底から愛し合うようなキスだった。

一朗の手が、真白の髪をやさしく撫でた。

やがてその動きが止まり、穏やかな寝息が聞こえてくる。

―― 一朗が眠ったのを確かめると、真白はゆっくりと身体を離した。

彼の手を胸に抱きしめ、しばらくその顔を見つめる。

 「……一朗、ごめんね。ありがとう」

その声は涙でかすれていた。

頬を伝う一粒の涙が、一朗の手の甲に落ちる。

真白は震える指でその涙を拭い、静かに立ち上がった。

夜の病院の廊下に足を踏み出す。

背中を向けた瞬間、もう一度だけ振り返る。

ベンチで穏やかに眠る一朗の顔を見て、微笑みながら、唇を噛みしめた。

 「じゃあ……私、行くね」

声にならないほどの想いが胸の奥で溢れ、瞳からこぼれる涙が止まらなかった。







――さよなら、一朗。



その言葉は心の中で静かに響き、真白は足音も立てずに、夜の廊下の奥へと消えていった。

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